彼を幸せに
真司の言葉を聞いたアリスは、そんなに彼との体の関係にこだわることはないのかと考えた。
だが、彼の子供を授かりたいのは事実だ。愛おしくて彼との愛の結晶が欲しい。このままではその願いはかなわない。自分にできることはないのかと自問自答するがなにも思い浮かばない。
せいぜいそういったビデオを見て行為に対する恐怖心を緩和するくらいしか思いつかない。
世のギャルがどうやってあんな簡単にまぐあうことができるのか彼女は聞いてみたい気分だった。自分もあんなに思い切りがよければこんなに悩まなくていいのだろう。
「アリス、あんまり思いつめるなよ」
「あなたはもう少し欲望を出しなさいよ。あなたのためにできることが少ないのよ」
「―――じゃあ、手を繋ぐとき恋人つなぎにしてくれないか?」
「いいわよ。それくらい、どうってことないわ」
真司のお願いを聞き入れたアリスは迷わずに即座に手を握り返た。
より密着する握り方。
お互いの指の隙間までくまなく触れ合うその形は、胸のあたりをきゅっと締め付けるほど心地が良いものだった。
その感覚を深く味わいながら彼らが歩いていると、近くから恫喝のような声が聞こえてきた。
「おめえからぶつかってきたんだろ!」
「ち、違います……」
「ああ?言い訳すんじゃねえよ!兄さんの肩折れちまったじゃねえかよ!」
「そんなわけ……」
「とりあえず慰謝料100万!」
これまた古風なヤンキーが絡んでいた。
ただ、ほかのゴロツキと違うのは、彼らの頬のあたりから腕―――果ては少しだけ見える背中には刺青が入っている。
それを見て考えると、ただのヤンキーと言うよりも時代遅れのヤクザと言う感じだった。
「真司……」
「わかってる―――あの、おっさんを……」
ブシャア!
真司が助けに行くと言おうとした瞬間、3人組の男のうちのリーダーであろう男の頭が破裂した。
その場にいたおっさんと死んだ男の仲間二人―――そして、アリスにはなにが起きたのか理解できなかった。
しかし、真司は見ていた。男が叫んでいる途中に後頭部を中心に消滅していったのを。まるで、なにかに撃たれたかのように……
そしてこの中でそれができるのはただ一人―――真司だけ。
だというのに、彼には全く覚えのない攻撃だった。
そもそも彼は攻撃の予備動作はとっていなかった。
だというのに、彼のものと思われる攻撃が発動した。その事実に、真司はその場から走り出した。
助ける云々を言っている場合ではなくなった。
「あ、ちょっと真司!」
「……っ!」
アリスを振り切ることはしなかったが、それでも結構な距離を走ってある公園にたどり着いた。
しばらくすると、遅れてアリスもそこについた。
はあはあと息を切らす二人は、公園のベンチに座り息を整える。
そうすると、アリスがいきなり聞いてきた。
「なにがあったの?」
「……さっきの、やったの俺だ」
「うん……まあなんとなくわかってたよ。でも、あんな急に攻撃しないよね、真司は」
「ああ……身に覚えがない。まだあの段階では、攻撃しようとも考えてなかったのに……」
「そう……なにか心当たりはある?」
心当たりと聞かれて、真っ先に思い浮かんだのは、先日のクリムゾンの暴走。
彼の意思に関係なく突如発動し、すべてを力のままに破壊する。そんな恐ろしい力が頭をよぎる。そして、その一瞬の動揺を彼女は見逃さなかった。
「なにかあるのね?」
「まあ……確証はないけど」
「話して」
そう言われて真司は話した。
クリムゾンのこと、暴走していることの詳細、発動条件が全く分からないこと―――そして、それが今回のことに関与しているのかもしれないということ。
どの事実もアリスの頭を痛めることには変わりなかった。
元々暴走状態に入ってしまうことは聞いていたが、条件もわからないうえに突如発動する。それどころか、非変身状態でも発動しているのかもしれないとまで言われたら、頭を抱えたくなってしまう。だが、それを彼女は言わない。
なんせ、一番つらいのは真司以外に存在しないはずだからだ。
そう考える彼女は、たった一言だけ彼に伝える。
「考えるのはやめなさい」
「は?」
そのあまりにも無責任すぎる言葉に、真司も意味を理解できなかった。
「あなたは考えすぎ。万人を救うことはどうやっても無理。あなたは一般人に手を出さないと言っていたけど、その一般人になんにんの悪人がいると思う?あなたは、今日それを裁いただけ」
「バカなこと……」
「そういう馬鹿なことでも言わないと、あなたは納得しないでしょ?―――これはあなたの心を守るため。そのための救済措置なの―――お願いだからわかって」
「……わかった。今回はあのおっさんを助けるために力を使った。それでいいか?」
「ええ、なんの問題もないわ」
ひとまず彼女はこの場を落ち着かせると、続けて言う。
「ほら、早くいくわよ。もうそろそろパパとママが帰ってきちゃうわ」
「はいよ」
そう言って立ち上がる時、彼は一応青龍に聞いておく。
(あの力、お前が出したのか?)
(そんなはずがないだろう。お前の意思がなければ、我は力を使わない。だから、我も驚いているところだ―――だが、今回お前は、あの集団に一瞬の怒りを覚えていた。もしかしたら、その感情の高ぶりが原因かもしれないな)
(じゃあ、もっと冷静にしていろと?)
(そういうことになるな。だが、日常生活で覚える程度の喜びなどの感情は大丈夫なはずだ。まあ、お前がそんな感情を覚えるのはアリスと一緒の間だけだろうがな)
(うるせえ)
頭の中もうるさくなったところで、彼は外の世界に意識を戻す。
その隣には、なにも言わずに手だけを握ってくれている。なにがあっても、彼女は隣にいてくれる。そう思うと心強く、大きな背中が隣にあるのだと思えてくる。
しばらく歩いていると、アリスの自宅に到着する。
「家の明かりがついてないな。まだ帰ってきてないみたいだな」
「そうね―――じゃあ、ここでお別れ」
「また明日な。明日の体育祭応援してるよ」
「……それ、もう一回私の耳元で囁いてくれない?」
「は?―――いいけどさ」
「応援してる―――頑張れ」
耳元で囁かれたアリスは、頬を真っ赤にしながら俯き、一歩だけ下がる。
「あなたの声、好きだわ。この世界で誰よりも優しくて、力強い声―――」
「そうか……アリスのお気に入りか」
「だからね、私からもお礼よ」
彼女は頬を真っ赤にしたまま、真司の唇を奪う。
一瞬びっくりしたが、彼はそれを受け入れて少しの間だけ互いの温度を感じあう。
その時―――
「な、なにをしているんだ……?」
「あらあら……」
アリスの母と―――父らしき人物が驚きの表情を見せていた。
それを見たアリスは、彼の唇から離れて、こう言った。
「帰ってきちゃったみたいね。私も覚悟を決めるから!あなたも、腹くくって待っときなさい!」
いつか、彼女が真司を幸せにする。それも遠くない未来に。
そう言える関係性が、今日本当の意味で作られた気がする。




