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救世のディアフトライ  作者: 波多見錘


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セカンドキス

 ほんの一瞬ではあったが、エルダー級との戦闘で真司はかなり消耗した。

 彼は気づいていないが、エルダー級レベルの魔物になると、放つプレッシャーが大きくなり、知らぬ間に精神力を削っていくのだ。わずかな戦闘時間であっても、知らぬ間に疲弊していることなど珍しいことでもない。


 そんな疲れを癒すには家で風呂に入るくらいしかないだろう。


 これからのことを考えながら学校に戻ると、そこには荷物を持ったまま校門前で呆けている女生徒が目に入った。

 アリスだ。


 彼女が真司のカバンを持ってくれているのだ。

 今頃、いつの間にかいなくなっていた真司にキレ散らかしている教職がいる。それを回避するために、彼女は真司が学校の中まで戻る必要がないようにしてくれている。


 もはや怒られることが日常と化している真司は、すぐさまそれを察するとアリスに言った。


 「荷物、ありがとな」

 「あら、帰るまで持ってあげてもいいわよ―――もう、ちらっと見えたけど、背中がボロボロじゃない」

 「まあ、奇襲を受けたからな」

 「ねえ―――」

 「なんだ?」

 「うちに寄ってかない?お風呂―――よさげな入浴剤とかあるわよ」

 「うーん……」


 魅力的な提案と言っていいのだろうかわからない。

 生まれてこの方入浴剤を使って風呂に入ったことがない真司は、どれほどのものなのかわからない。温泉に入ったことはあれどだ、それももう何年前かもわからない古い記憶だ。


 普通に風呂に入るだけなら、別にこの提案に乗る理由はない。


 だが、それ以外になにか話したそうな―――なにかしたそうな彼女の目を見ると無為に断ることもできなかった。


 「入浴剤入れると、なんかちがうのか?」

 「匂いとか?あんまり感じたことないけど、リラックス効果もあるらしいよ?」

 「感じたことないならダメじゃん」

 「じゃあ、あなたの家のお風呂より何倍も広いわよ」

 「広い……」


 浴槽が広い。その誘惑は彼の心を揺さぶった。

 決して彼の家の浴槽が狭いわけではない。ちゃんと普通の家庭くらいの大きさはある。ただそれでも、温泉の時のあの広い空間にあこがれはある。


 それに、もしかしたらアリスの家の風呂なら体を目いっぱい伸ばしてもいけるのではないか。

 何倍も大きいというのなら、そそられるものはたくさんある。


 「それって、目一杯―――」

 「あなたの体格なら、全身を大の字にしても余りあるわ」

 「行く!」

 「わかったわ。ほら、行くわよ」


 そう言うと、アリスは真司の手を取って走り出した。

 この間、不良に絡まれた道―――思い出したくないこともあるが、それよりもいつ何時でも真司に見せる彼女の子供のような笑顔が、彼の心をどうしようもなく温めていく。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 アリスの家に着くと、家の中には誰もおらず静かな空間があった。アリスは、風呂を沸かすために風呂場に行っていたが、すぐに戻ってくる。


 「両親は?」

 「今日は、二人で飲みに行くって」

 「へー、じゃあ今日の晩飯は?」

 「あなたの家に行くわ。もう、お義母さんにも許可はもらってるわ」

 「そうか。なら、すぐ上がるから……」

 「いいわよ。多少遅くなってもいいって、言われてるから」

 「はあ、うちの母さんと仲良くなり過ぎだろ」

 「女同士ってのもあるのよ」


 そう言って彼女は真司の方にもたれかかる。

 やはり、彼をお風呂に誘っても自分も付かれていることに変わりはない。体育祭の予行―――すごく本気でやっていた彼女の体は、明日が本番だというのに、少しオーバーワーク気味だった。


 「ちょっと、こうさせて……」

 「疲れたか?」

 「大丈夫よ―――あなたに比べれば……」

 「俺、その言葉嫌いだ」

 「……へ?」

 「俺が他人より辛い目に遭うのも、痛い目に遭うのも当たり前だ―――でもな、覚悟の上なんだ。それを他人の物差しで測られるのは、気分がよくない。アリスは疲れてる。労わるのは当然だ。俺より、だなんて言うな。俺が甘えさせてもらってる分、お前も俺に甘えてくれ―――恋人ってのは、そういう対等な関係なんだろ?」

 「―――そうね。恋人関係になった経験がなかったから、知らなかったわ。じゃあ、少し楽にさせて……」


 そう伝えると、アリスはソファに座る真司の膝の上に寝転がった。

 ただの筋肉疲労。寝れば治る場合もある。ただ、今彼女が甘えてきている。その事実のほうがよっぽど大事だ。


 しばらくして―――


 真司は、濡れた髪をタオルでぬぐいながらリビングに戻ってきた。


 「はあ……」

 「気持ちよかった?」

 「そうだな。久しぶりに体を思いっきり伸ばせたよ」

 「そう―――じゃあ、早くマットの上にうつ伏せになりなさい」

 「……?わかった」


 誘導されてうつ伏せになると、彼の上にアリスが乗っかった。

 なにをするのかと思えば、彼女は真司の凝り固まった筋肉をほぐすように指圧を始めた。


 「本とネットで見ただけだから、プロの施術にはかなわないけど―――どうかしら?」

 「ああ―――気持ちいい……うん、十分体に効く」

 「本当に凝ってるわね。硬すぎるわよ」


 マッサージなど―――受けたことはあった。

 彼の幼馴染が、中学の頃に何度もやってくれていた。水泳で疲れた体を、次の日に響かせないように何度もケアしてくれた。


 あの時もすごく気持ちよかったし、嬉しかった。彼女が自分のためになにかをしてくれるのが。


 その時の気持ちを思い出してしまった。幼馴染とは違う人がやってくれているというのに。

 それが申し訳なくなって、真司はアリスにマッサージをやめさせて体を起こした。


 「ど、どうしたの?―――痛かった?」

 「いや、そんなことはない」

 「じ、じゃあ、なんで……」

 「ごめんアリス……」


 そう言って、真司はぎゅっと彼女を抱きしめる。突然のことで、彼女は頭が真っ白になったが、すぐに正気を取り戻して彼を抱き返した。


 あまり力を強くしてこないが、それでも彼女には真司の強い思いが伝わってきた。


 「どうしたの?」

 「悪い、アリスが恋人なのに、美穂のこと考えてた……」

 「―――そんなこと……いいのよ。こうして、あなたは私を愛してくれてる。ほかの女のことを考えるななんて言うわけないじゃない。あなたが好きだってこと、ちゃんと伝わってるから」

 「ほんと、ごめん」


 ぎゅっと、締め付ける力が一段階だけ強くなった。

 アリスも、ここで思った。―――今なら、自然にキスができる。


 そう考えた彼女は、顔が真っ赤だっただろう。だが、彼女は真司の顔を見上げると、物欲しそうに目を閉じて―――
















 ―――自身の唇に真司のものを落としてもらうのだった。

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