歓迎されるカップルの登場
パン!
スターターの合図が鳴り、選抜のメンバーの先頭が一気に走り始める。全員が白熱した走りを見せて、先頭の走者は全く格差を感じさせることのない走りだった。
しかし、今日は体育祭本番ではない。前日―――つまり、リハーサルの日だ。
真司は熱中症対策をしっかりと取り、クラスのベンチで一人ポツンと過ごしていた。
ほかのクラスメイトは楽しそうに談笑したり恋人関係であろうものたちが談笑しているが、真司に話しかけるものはいない。
唯一彼と関係を持っているアリスは、選抜リレーのメンバーであるのでこの時間は真司と一緒にいることができない。
そんな彼は、リレーを誰よりも注視していた。というより、彼は誰よりも真面目に競技を観覧していた。
運動の出来ない彼の出来ることと言えば、見ることくらい。それをやらなかったら本格的に真司は何もすることがない。それに、好きな人が出ているのだ。注目くらいはするだろう。
そうしてみていると、第2走者組の中に見知った顔を見つけた。
もちろんアリス―――と、言いたいところだが、第2走者は男子群。アリスの出る幕ではない。
そうなると、誰がいたのかとなるが―――それは元ライバルの加藤だった。
彼は運動神経もよく、足が速い。
彼にバトンが渡った瞬間に一気に後続を引きはがし先頭に躍り出る。
その姿に一部の女子が騒いでいるが、真司にはもう加藤の姿は目に映っていなかった。
すでに、次の走者にアリスが控えているのだ。
そして加藤のクラスがそれなりのリードを守ったまま第3走者にバトンが渡る。その後、1秒ほど遅れてアリスにもバトンが渡る。―――そこからがすごかった。
アリスは前にいる走者に半周する前に追いつき、そのまま抜いていった。
あまりの速さに真司も驚いたが、素直に彼女の走る姿に拍手を送っていた。やはり恋人の輝く姿は美しい。その上に、走っているアリスは楽しそうだった。
一瞬しか見えなかったが、その横顔がとても綺麗で子供っぽい可愛さがあった。そんな姿に真司は見惚れてしまった。やはり、自分はすごい人を恋人にしたのだと。
その後は特に問題もなくリレーは進んでいき、真司のクラスは最後のほうの選手が速さが伸びずに2位になってしまった。だが、それでもいい結果であることに変わりはない。
クラス内は大きく盛り上がることになり、真司を含めないメンバーで万歳など楽し気にやっている。
「どうだったかしら、私の走り」
「よかったよ。アリスも結構子供っぽい顔するんだな」
「はぇ?」
「いいよ、気にしなくて。惚れ直しただけだよ」
「もお、こいつぅ……」
「なんだそのおっさんみたいな絡み方」
そんな感じでイチャつく二人はクラスの誰の目にも映らない。ただ、ほかのクラスとなると話は別だった。
「大丈夫?唯咲さん」
「あ、あはは……大丈夫だよ」
「そ、そう?全然そうは見えないんだけど……」
二人の背中を美穂は目撃してしまい、本当に自分がフラれたのだと思うと、心が締め付けられるような思いをしていたのだ。彼女のクラスの人間は不本意ながらも美穂の気持ちを知っていて、それに答えない真司にいら立ちを覚えているものも多かった。
なので、今回のアリスと真司がくっついているのを見て落ち込んでいる美穂の姿に、クラスから彼女に多くの同情が寄せられていた。
彼女のクラスの人たちは美穂に聞こえないところで言う。
「ほんと、椎名って最悪だよね。こんなに思ってくれる人を放ってぽっと出の転校生になびくなんて」
「それな。授業とかサボってばっかのいけ好かないやつだったけど、こんなに薄情なやつなのか」
もはや真司にとってこれ以上評判が下がることなど気にすることでもなかったが、それが面白くないのが彼ら。その態度にさらに反感を覚えてしまうのは必然だ。
だが、その感情とは違った感情を覚える生徒もいる。
それが加藤という男だった。
前々から美穂の恋がかなわないことはわかっていた。それでも、自分の好きな人のためだと真司に何度も彼女を見るように仕向けた。
しかし、最後に彼が選んだのはアリスという転校生。
正直複雑だった。
彼女がフラれれば、自分にもチャンスが回ってくる。でも、あんな苦しそうな表情を見たくなかった。
美穂の心の支えは、ほかの何でもない真司そのものだったのだ。それを失った彼女がどうなるのか、感覚で気付いていた。だから、彼はいまいち美穂に手を出しきれなかったのだ。
だが、今こそ攻めるときじゃないのだろうか。彼の恋を成就させたいのなら、今美穂を落としにかかるのが最適解ではないのか。
それに気づいた加藤は、迷うことなく歩みを進めた。
「唯咲、さん……」
「加藤、君?」
「君が好きだ」
「……へ?」
「君のことが好きだ」
突然始まった告白イベントに周りは驚くが、それ以上に告白された本人が驚いていた。正直、困惑も大きいが自分のことを肯定されたような気に慣れて、少しだけ嬉しかった。だが、彼女は何度も加藤の気持ちを断っている。
今更、彼の告白を受け入れるなんて虫がよすぎるだろう。
そんな態度も表に出ていたのだろう。彼は彼女の心情を察して屈んで美穂と同じ視線の高さに合わせる。
「都合よくていいよ。俺は、唯咲さんが笑顔になってくれるなら」
「でも、加藤君は……」
「そう思ってくれてるのなら、俺のことを見てほしい。俺はずっと見てきた。諦めずにあいつを立ち直らせようとする君も、いつも複雑な感情を隠して天真爛漫にふるまう君も―――だからせめて、俺のそばだと気張らなくて居心地がいいと、そう思ってほしい」
「でも、私は……」
「あいつのことを諦めきれない気持ちはわかる。―――だからこそ、少しずつでいいから俺のこと、見てくれない?」
告白―――そう言っていいのかわからないが、彼の好意は彼女に伝わった。というよりも、彼はいつも伝えていた。告白してフラれてを繰り返しても諦めない彼の姿を知っているからこそ、美穂には加藤の本気度は伝わっていた。
そんな彼女は、今や空っぽ。
好きだった人に恋人ができた。一体今までの努力はなんだったのか。真司が泳いでる姿が好きで、せめて一緒に部活のマネージャーができれば……そう思っていた。
だというのに、自分は選ばれなかった。
ほかの誰よりも長い時間をともにし、小さい頃の結婚の約束をお互いに覚えているくらいに思いあっていたはずなのに。
空っぽの美穂はすがるしかなかった。
この体育祭の前日に、自身の心を保つために―――加藤という男の手を取る以外の選択肢はなかった。
「よ、よろしくお願いします……」
「ああ、よろしくなゆいさ……美穂」




