学校暮らし
「賞状―――加藤俊也殿。貴殿は県大会にて優勝という輝かしい成績を残したことをここに表します」
「ありがとうございます」
真司の通う学校の朝礼。その日のものはいつもと違い、生徒の表彰があった。
賞状を受け取ったのは、もちろん真司ではなく、加藤俊也という男子生徒。最近行われた水泳部の春の大会で優勝という輝かしい結果を残している。
学校にとっては嬉しい出来事。でも、真司にとってはキツイことだった。
諦めた水泳。それでも、好きなものだったからこそ未練はある。それが尾を引いて、加藤が結果を残すたびに胸が締め付けられるような感覚にとらわれる。
それに―――
「すげえよな、加藤。本当に1年の頃からあんなに結果を残して……それに比べて、腐って諦めた奴は―――」
「やめなよ。でも、天罰だよねえ」
―――比べられる。
同じ部。同じ年。同じ性別。
それだけで比べられた。水泳をやめたことを馬鹿にされて、事故に巻き込まれたことも、天罰だと言われる始末だ。
本当に真司はつらい思いをしている。
それでも彼は戦い続ける。それだけ傷つけられても、根が優しいから救おうとしてしまうのだ。
はたして彼に、救いはあるのだろうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
キーンコーンカーンコーン
チャイムとともに4時限目の授業が終了を迎え、昼休みに入る。
クラスの各々が昼食のために、友人たちと食堂に行ったり、お弁当エリアと呼ばれるスポットに行ったりと、一日の中で最もうるさい時間だ。
そんな中、真司は一人で屋上で弁当を食べていた。
真司の通う学校は、屋上が解放されているものの、別にアニメとかのように人の出入りが激しいとかそういうことはない。せいぜいイチャつきたいカップルがひっそりとやってくるような場所。
真司が一人になるには、うってつけの場所。
「はぁ……疲れた。しんどい……」
『本当に無理をするんじゃないぞ。そうじゃないと、体に毒が回って―――』
「わかってる。あんまり言うな。今はそういうのを考えたくない……」
『今朝の表彰か?』
「……」
その無言は肯定にしかならなかった。
彼の感情の揺らぎを感じた青龍は、思っていたことを口にした。
『我の力があるのだ。大会程度なら無双できるであろうに』
「ダメだよ……そんなことで優勝しても嬉しくない。―――それにな、もう俺に水泳をやる資格はねえよ」
『ふむ……やはり、人間は面倒だな。魔物なら迷いなく使うというのに』
「知るかよ。少なくとも、日本人はそういう考え方はしないな」
『外国人はそうだというのか?』
「まあ、日本人が謙虚すぎるのもあるんだろうな」
そう言いながら、真司はいつの間にか開けていた弁当を口にしていた。
中には、色とりどりのおかずが入っており、日ごろから彼が母親にどれだけ愛されているかというのがよくわかる。
「ん、これおいしい……」
『我にも食わせてくれ』
「何回も思うんだけど、どうやって食うんだよ……」
『それは、真司と我の感覚を同期して……』
「あ、なんかキモイからやめて……」
『もう遅い!』
「はぁ……そんなもんだろうとは思ったけど」
こうして、青龍も真司の母親の弁当の味を味わいながら、昼休みを過ごしていき、あっという間に次の授業の時間が近づいてきた。
次の時間、彼は見学だが体育着には着替えないといけないので教室に戻らざるを得ない。
「体育行きたくねえ……」
『できないからか?』
「それもあるけど、なにより他クラス合同だからな……」
『ああ、加藤とかいう男か―――消すか?』
「馬鹿言うな。そんなことさせねえよ」
教室に移動した真司は、誰とも話すことなく着替えを始めた。
ちなみに、体育の着替えの際は、男子が各々の教室。そして、人数の少ない女子は少し離れたところにある更衣室ですし詰め状態で着替えることになる。
そうして着替え終わった真司は、自分がするわけではないのに、一番にグラウンドに入っていった。
まあ、教室にいても自分の居心地が悪いだけだが。
「よお、十神。いつも早いな。ボール出してくれるか?」
「わかりました。今日は……サッカーですか?」
「そうだ。男女半面ずつで行う」
「男女……」
「なんだ?狙ってる女子でもいんのか?」
「いませんよ。そんなの……」
体育の川峯。おそらく、教員の中で唯一と言ってもいいのだろうか。真司とちゃんと向き合ってくれている先生は。
正面から話しかけてくれて、真司が心を一人に閉ざさないようにしてくれていた、数少ない人物の一人だ。
その先生の頼みを受けて、重い体に鞭打って真司はボールを運ぶ。
その後に、ほかの生徒たちがやってきて、特にボールが出ていることも気にせずにリフティングを始めたり、ドリブルやパス回しなど始業の鐘がなるまで好きに過ごしている。
「おーい!集まれー!」
チャイムが鳴ると、川峯が号令をかけて点呼をとっていった。
その中には当然真司の名は含まれていない。
彼は遠巻きに授業風景を見るだけ。
動けるとはいえ、彼はケガで部活をやめた。だというのに、体育は出る。おかしな話だろう。
『そんな空しそうな顔をするな』
「でも暇なんだよなあ」
『会話がかみ合わないだと……』
真司は青龍の声が聞こえないくらいには上の空だ。もともと運動は好きだったから、体育の授業はいつもこんな感じだ。
ふと、彼らがコートのもう半面―――女子たちの使っている方を見ると、ひとりの女子がみんなを引っ張ているさまが見て取れる。
「美穂……」
『ああ、真司の幼馴染の女か。相変わらず元気馬鹿だな』
視線の先にいたのは、唯咲美穂。真司の幼馴染で、昨日の一件で真司の母―――明音とともにいた唯咲穂香の娘だ。
昔は、一緒にいて仲が良かったのだが、彼が腐っていくとともに疎遠になっていってしまった。本人は否定しているが、噂では加藤と付き合っているらしい。
そんな彼女も運動神経は抜群で、なにをしても万能に物事をこなす。だが、部活は水泳部のマネージャーだ。
少しだけ未練がましく思う真司だが、これからも関わることはないと視線を戻す。
鳴り響く笛の音。けたましいほどの生徒たちの掛け声。
だが、ちょうどいい雑音。真司が集中状態に入るのは簡単だった。
そうやってしばらく瞑想を続けていると、あっという間に5時限目の体育は終了し、片付けも終えてすぐに教室に戻ることになった。
各々がワイワイと騒ぐ中、一人で着替えをしている真司はかなり早い段階で着替え終わってしまう。
暇になったからと、席についてスマホでもいじろうかとすると―――
『すまない。タイミングは悪いんだが……魔物だ』
ガタンッ!
青龍の言葉を聞いた瞬間に、真司は教室を去っていった。
「強さは?」
『そうでもない。気配だけなら大したことはないはず―――だが……』
「魔界の光……あれは最初から警戒しておく」
『そうしてくれ』
―――学校にて
キーンコーンカーンコーン
「はい、授業始めるぞー。って、十神はどこ行ったー?」
「いつも通りのサボりですよ、先生」
「ちっ、あいつはいつもいつも……今度という今度は―――」
「うわー、鬼の山崎がお怒りだー!」
真司に待ち受けるもの。クラスはそれを想像するだけで、少しだけ笑いに包まれるのだった。
1年の頃からサボりなどで、クラスの調和を乱してきた人に与えられるもの。それはささやかないじめだったりして……