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救世のディアフトライ  作者: 波多見錘


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過去の栄光

 笛の鳴る音とともに、小学生の選手たちが一斉にスタートを切った。

 今は小学生の真司が、初めてスイミングスクール内の水泳大会に参加している。


 ギャラリーには、彼の父との離婚で少しだけ憔悴している母とそれを心配に思う幼馴染親子が観覧に来ている。


 「真司、頑張ってー!」

 「美穂ちゃん、本当に真司のことが大好きなのね……」

 「うん!だから、おばさんも元気出して!―――真司も明音おばさんも大好きだから!」

 「……ありがとうね」


 そんな状況は関係なしに進んでいくレースは、見事に真司の独走状態で1位を取った。

 この結果は、スイミングスクール内である程度ささやかれていたのか、講師たちの間では驚きはなかったが、保護者の間ではそうもいかなかった。


 「なんだあの速い子は」とか「高校生より速くなかったか?」などと若干小学生のレベルとは思えない真司の泳ぎに度肝を抜かれていた。

 同じ時間帯に練習している子供たちが親に彼のことは伝えていたはずだが、それでも子供の戯言―――誇張された表現に過ぎないと思っていた。


 今回の大会の結果によって、自分の子供に才能があると思っていた親の数名が退会手続きをしていったのは、また別のお話だ。


 終了後、待合室にやってきた真司は、早速美穂に抱き着かれていた。


 「すごい!すごい!―――真司、速かったよ!」

 「ぬおお……美穂、疲れてるんだ。あんまり体重かけられると……」

 「なに!?私が重いって言うの!?」

 「真司君、娘に対してその物言いは―――」

 「えぇ……」

 「二人とも、真司君は疲れてるのよ。困らせないの」

 「「いてっ」」


 自身の母親にチョップされた美穂とその父は頭を押さえながら、真司から離れていく。

 二人から解放された彼はというと、少しだけ疲れた様子の母にメダルを見せに行った。


 「……頑張ったよ」

 「―――ああ。さすが私の子供だ。強くて、いい子に育った……」

 「明音さん……」

 「穂香―――余計な気を遣うんじゃないよ」

 「でも……あなたは」

 「真司の前でその話をするな!」

 「母さん?」

 「―――ああ……真司には関係ないよ。それよりもよく頑張ったな。お前はそのまま強くて優しい男になれ」

 「うん!―――母さんみたいにみんなを守れるようになる!」


 そう言って彼は力強く拳を握って見せた。

 それはまるで、自身の母を守ると言わんばかりに。


 もう、頭のいい彼は気づいていたのだろう。

 自分の父がなぜいなくなったのか。なぜこんなにも自分の母親が苦しそうにしているのか。―――そして、なぜこんなにも幼馴染家族が自身の家に干渉してくるのか。それを煩わしいとは思わないが、それでも疑問には思う。


 だが、感覚で答えにたどり着いていたのだろう。

 それでも口に出さないのは、頑張る我が子を見せていれば、自身の母はいつか立ち直ってくれるとわかっていたからだろう。


 それから数年―――


 いつかの少年少女は、すぐに中学へと上がっていった。

 中学の部活ということでマネージャーをやるというのも認められず、真司とは違う部に入っていた美穂だったが、どんなに部が早く終わろうとも、真司の下校時間まで待っている。


 「あ、真司!」

 「……毎日毎日、待ってなくてもいいんだぞ?週の半分くらい俺んちに来てるだろ?」

 「それでもなの!私は水泳部のマネージャーやりたかったのに、学校がマネージャーをやってないって言うから、仕方なく違う部に入ってるんだよ?」

 「いいじゃん。ほかの男たちは、お前の運動姿に興奮してるぞ」

 「真司ってそういうとこデリカシーないよね。気持ち悪いだけだから、次から絶対言わないでね」

 「はいはい―――で、今日はうちくんの?」

 「うーん……晩御飯なに?」

 「今日は木曜だから―――シチューかカレーじゃね?」

 「出た、サイクル献立」

 「やってみればわかるよ。毎日毎日献立変えんのだって面倒なんだぞ?」

 「やったことあんの?」

 「ない」

 「えぇ……」


 まるでやったことがあるような口ぶりで言うので、美穂は少しだけ驚いてしまったが、言っていることは正しいのでそこで引き下がる。

 だが、美穂は明音の作るカレーが大好きなので、彼の家に立ち寄ることにした。


 そんな2分の1の確立に賭けた彼女の勘は見事に的中し、真司の家からはカレーの匂いが立ち込めていた。


 「ただいまー」

 「ただまー」

 「おい」

 「んー?」


 美穂のあんまりにも失礼な入り方に、さすがの真司も言いたいことができたのだろう。少しだけ引く声で美穂を一喝したが、特に響いている様子はなかった。


 「俺より適当なあいさつで入るなよ―――ていうか、お前はここの住人じゃねえんだから、おじゃましますだろ」

 「いいじゃん!私も、もうこの家の家族みたいなもんでしょ?私たち、結婚の約束したもんね!」

 「子供の頃だろ!ほら、お前も青春の一つや二つくらい経験しとけ」

 「ふん!真司だって恋人なんていやしないじゃん!」

 「俺は、ここ数日、連続で告白されてるよ」

 「は……?誰に……」

 「おわっ!?目が怖いぞ!―――そんなにキレる?」


 今日も告白されたとカミングアウトすると、美穂の目からはハイライトが消えてものすごく怖い目に変わってしまった。

 その雰囲気に圧倒された彼は、その場から立ち去ろうとするが、彼女にガシッとつかまれて逃げ出せなくなる。


 「誰?」

 「こ、後輩の女子だよ!」

 「そうだよね。真司は、これでカッコよくて頭もいいし、運動もできる。モテて当然だよね―――で、返事は?」

 「いや、な?―――聞かなくていいだろ?」

 「答えて―――返事は?」

 「断った!断ったよ!」

 「なんて言って?」

 「……今は水泳にしゅうちゅ―――いってっ!?」

 「本当は?」

 「好きな人がいるから!―――ああ、もうわかって言ってんだろ!」


 彼がそう言うと、美穂は簡単に真司を解放した。

 その代わりに、少しだけ満たされて満足したような表情に変わっていた。


 「ふふん!真司も私のこと好きだもんねー―――赤ちゃん作ろっか?」

 「うるっせ……その口閉じろ」

 「あれあれ?耳真っ赤だよー」

 「シャラップ!」


 そうやって日常は過ぎていく。

 幸せなのはこの時だけ―――少しずつこの二人は関係は壊れていく。


 それは人生で普通のことかもしれない。―――だが、それを受け入れきれないのも、ヒトのサガというものだったりする。

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