クリムゾン
クリムゾン―――それは真司が初めて顕現させた形態変化の一つ。
力と防御全振り。それ故に、痛みに鈍感になる。本来感じるはずの痛みを、この状態で感じることはない。
だが、ひとたび変身がとければ、すべての痛みが襲い掛かってくる。
そして、ほかの形態にもこれと同様なデメリットが存在し、使用すればするほど疲労がたまる。
疲労だけだと侮るなかれ、油断して使用を続けると、筋肉痛よりもひどい痛みが走り、動くことすらままならなくなる。
それをわかっていても使う。真司にとっても覚悟がいるし、それだけの状況ということ―――
「知らぬ間に傷つくのはごめんだからな―――さっさと決めるぞ」
「わかってる。来る!」
先ほどと同じように特攻してくる魔物に対して、真司はその剛力を生かして正面から剣で受け止めた。
だが、以前対峙した同型の魔物より明らかに力の差が大きい。
「やっぱ、さっきの光か?」
「そうだろうな……だが、なんなのだ?我の知りえないもの―――やはり、魔界も技術が上がっている?だがこれは……」
「ただの興奮状態にしか見えねえな。むしろこっちのほうが厄介なのは厄介なんだけど、なっ!」
会話をしながら魔物を剣でなぎ倒す真司。
口調こそ余裕だが、確かな焦りが見えていた。
「グオオオオオオオオ!」
「あああああ!うるせえええ!」
ズドン!
咆哮する魔物を上段からの振り下ろしでたたきつける。
だが、剛力が売りのクリムゾンですら相手の装甲を貫けない。
「真司!避けろっ!」
「!?」
シュン!
一瞬、真司の顔の横を突き抜ける。
魔物の背中から射出された高速の針が、彼を貫こうと飛んできたのだ。
青龍のとっさの叫びに、ギリギリで回避することのできた。
急な出来事に、思わず真司は距離をとる。針を使った攻撃を始めた受けたことで、警戒しているのだろう。
「真司、コルバルトだ!」
「ダメだ。確かにスピードには対応できるかも知らないが、クリムゾンでも貫けない装甲を破るには相当の時間が必要だ。そんなに時間をかけていたら、自衛隊が到着してしまう」
「クソ!どうすれば……」
「簡単だ。一点突破で行く!」
一点突破と言った真司は、剣の柄についているクリスタルと手首のものを近づけて共鳴させる。
そうした瞬間、彼の持つ剣の刀身が赤く光り始めて、目に見えてエネルギーをため始めた。
「ふんっ!」
思いっきり踏み込んだ真司はそのまま魔物に剣を突き刺す。相手に向けられた剣は、見事に敵の胸部を捉えて、綺麗な致命傷を与えた。
だが、真司も動けなくなってしまった。
「……真司!」
「かはっ……」
虫の腹の部分。それが、彼の腹に刺さっていた。
―――虫の腹。それは、蜂だと針があり……
「ンぐ……けほっ……」
「グルルル……」
ドォォォン!
苦しむ真司を巻き添えにして、魔物は爆発した。
だが、その程度ではクリムゾンとなった真司を殺すことはできない。しかし、煙の中からはもがき苦しむ真司の姿があった。
とても息苦しそうで、胸を必死に押さえている。
「はぁ……はぁ……ぐっ」
「真司、どうした!?」
青龍も、今まで起こった来なかった、この現象に困惑している。
それもそうだろう。真司は、まずクリムゾンの時に苦しむことがなかった。いつも、変身を解いてからだった。だが、今は変身も解けていない。いや、今しがた解けそうだが、それでも尋常じゃない。
真司からすると、刺された瞬間に、得体のしれない何かが流れ込んでくるのが分かった。
そして、彼は即座に理解した。蜂が針を刺す行為。そんなもの一つしかないだろう。
―――毒を打たれた。
彼が変身を解かないのは、単純にこれ以上の苦しみが来るのを恐れているのだろう。
「真司!しっかりしろ!真司!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ガチャ
「ただいま」
「あ、おかえり―――真司」
戦いを終えた真司は、玄関を開けて家の中に入った。
戦闘終了後に、国の機関―――自衛隊が来て、色々となにかをしていたが、それは彼の知ることではない。
「真司、ケガはない?手当が必要だったら―――」
「大丈夫。見ての通り、ピンピンだよ」
「晩御飯は食べる?風呂に入る?―――それとも」
「母さん」
「ああ、そうだよね。まずは水でも飲む?」
「―――いつも通りにしてくれ。こっちの調子が狂っちまうよ」
そうは言うが、明音にとっては無理難題だろう。
息子が戦って帰ってきたというのだ。気にしないわけがない。
「そうは言ってもな」
「それでも、母さんは母さんでいてほしい。―――ここが俺の帰る場所だからさ」
「そうかい……じゃあ、さっさと手洗って、飯食いな!もう準備してあるから!」
その言葉を聞いた真司は、少しだけ笑みをこぼして洗面所に向かって手を洗う。
洗い終わった彼は、席に着き母親と二人で晩御飯を食べ始めた。
「そういえば、おばさんは?」
「穂香ならとっくに帰ったよ。あっちにも大事な娘がいるんだから」
「……そうだな。あっちにも家庭はあるもんな」
少しだけ重い空気の中、一つのニュースが飛び込んできた。
『続いてのニュースです。今日起きた爆発騒動などについて、政府が発表をしました。
―――政府の発表によりますと、連日起きている爆発騒動と今日の件はつながっているとの見解を示しています。ですが、他国からの攻撃の可能性もあり、今後の外交関係が懸念されています』
連日の爆発騒ぎ―――おそらく魔物の件だろう。
「やっぱり、魔界ってやつの侵攻なのか?」
「そうだな……違う奴もあるかもしれないけど、だいたいそうだと思う」
「侵攻は日本だけなのかい?」
「わからない。そこは青龍も把握しきれてないし、もし海外にしていたとしても、俺だってどうしようもない」
「それもそうか……」
「ごちそうさま」
「もういいのかい?」
「うん。今日はちょっとおなか一杯かな」
そう言って、自分の部屋に姿を消していく息子の姿を見て、明音は自然と漏らした。
「バカ……なに苦しそうな顔してんだよ……」
―――真司の部屋にて
バタン!
「はぁはぁはぁはぁはぁ……」
『真司……大丈夫か?』
「大丈夫……なわけ、ないだろ!」
部屋に入るなり、真司は胸を押さえて倒れこんだ。
我慢していたが、ここにきて限界が来てしまった。
「クソッ、苦しい……」
『あまり無理をするなよ。その状態じゃ、長くはもたない』
「そんなの……言われなくてもわかるよ」
こうして、また一つ、真司は覚悟を強いられるのだった。