束の間の日常
色々とあったが、真司はまたも数日ぶりに学校に登校した。
教室に入ると、自分の席の隣にアリスが一人でポツンと座っていた。真司と関わったばかりに、彼女はクラスでの立場はないのだ。
それも承知で真司にかかわっていたはずなのに、アリスの表情は暗い。だが、原因なんざ真司には考えるまでもなく理解はしていた。むしろ、彼女が学校に来ていることのほうが驚きだ。
しかし、彼は彼女に話しかけることなく席に座る。
その時にアリスがなにかを言おうとしたが、口に出す前に表情が暗くなりなにも言わなくなってしまった。
二人の関係に亀裂が入ったまま、もうすぐになった体育祭の話がクラス内でされることになる。
「じゃあ、うちのクラスのスローガンは『一蓮托生』でいいかな!」
「「「「意義なーし」」」」
そう言ってすぐにスローガンが決まったクラスは、各々が勝手に話を始める。
体育委員が選抜リレーのメンバーを決めたり、玉入れなどの競技にだれを入れるかなど、事前に取ったアンケートであろうものを見ながら話し合ってりしていたり、体育祭なんか面倒だと嘆く者たちが集まり愚痴っていたり。様々ではあるが、授業をしなくて済む行事は大半の生徒が喜ぶものだった。
真司はその体育祭に参加するのは、ほぼ不可能なのだが―――まあ、たいして運動能力を必要としない競技、たとえば玉入れとかならできないことはないが、先生からも生徒からも嫌われている彼を気遣うものはいない。つまりは、彼の高校生活でまともに行事に参加できることはない。
そんな現実に辟易していると、隣から声がかけられた。
「玉入れくらいできるんじゃないの?」
「いいんだよ。どうせ、俺が出ても空気壊すだけだ」
「そう……そうやって最初から諦めてきたのね」
「なんか悪いか?俺のことが嫌いになったから、抉るようなことを言いたいのか?なら、無駄だぞ。他人からなにを言われようが、もうどうでもいいからな」
「そういう意味じゃ……なんであなたは……」
話しかけてきたアリスに、真司はそっけない態度を取った。
傷つけるつもりなんてなかった彼女にとってその対応は少しだけ悲しいものがあった。
昨日放った言葉の手前、彼女が真司に話しかけるのははばかられるものがあったが、それでも彼がふと見せた寂しそうな姿を前に黙っていられなかった。
それでも何を話していいのかわからないアリスは、もう一度下を向いて俯くだけだった。
「喜瀬川さんはなんの競技に出ようと思ってる?―――私たち的には、陸上部ほどじゃないけど足速いし、選抜リレーに出てほしいんだけど」
「頼む!ほかのクラスからは、加藤とかの運動バカがいっぱいいるんだ」
「わ、私は……」
真司と少しだけ距離ができた彼女をクラスメイト達はなにを勘違いしたのか、アリスが彼のことを嫌いになったと思い込み、続々と話しかけてくる。
その途中で真司の席をガコガコと蹴ったりする者もいたが、アリスは気づけなかったし、真司も無視を決め込んだ。
そんな中でアリスは、クラスの選抜リレーに出ることが決定した。彼女としては、真司との仲をなんとか修復したいし、ピアノのコンクールも控えていたために、体育祭の練習に付き合わされるのはごめんこうむりたいところだが、誰かに頼られたときに断るに断れない彼女は、体育祭のトリである3年生の選抜リレーへの参加が決定してしまった。
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昼休みに入り、アリスがまた一緒に弁当を食べようかと思い真司を探すが、彼の姿はどこにもなかった。それもそうだ―――彼は購買にパンを買いに行っているからだ。
しかし彼女は、すでに彼が屋上にいるのではないかと考え、その場所に向かっていった。
だが、屋上に着くと違う人物がいた。
「……あれ?あなたは、転校生の」
「唯咲、美穂……」
そこにいたのは、紛れもない自分と真司の関係を引き裂いた人物だった。
出会ったことによって、アリスは嫌な顔をしたが、それは美穂も同じ。自分の恋路を邪魔する女が目の前に現れたとなれば、嫌な顔の一つや二つ出てしまうもの。しかし、彼女らはなんだかんだで隣に座った。
なんせ、目的の人物は同じだから。
「喜瀬川さんだよね。こうやってちゃんと挨拶するのは初めてだよね」
「あなた、どの面下げて私に普通に話しかけてるの?」
「ごめんね。でも、私も必死なんだ。私だって真司が欲しい。誰よりも幸せになってほしいし、私も真司に幸せにしてもらいたい」
「なんで、あいつにそんなに求めるのよ―――私はあいつが隣にいてくれるだけでいいわよ」
「なんで好きな人にわがまま言っちゃダメなの?―――もちろんさ、奢ってもらったりしてばっかりとかそういうのはダメだと思うけどさ、好きな人に幸せになってもらってしてもらう。それのなにがいけないの?」
「ほんと、そういうとこが嫌い……なんにも知らないで」
「……何か言った?」
「いいえ?ただ、これだけはわかっておきなさい。もう、あいつはどうやっても引き返しがつかないところにいる。だから、あなたと結ばれることは絶対にないわ」
「……っ」
パチン!
アリスが言うと、美穂は彼女の頬を張っていた。
殴るということに慣れていない美穂はの平手はちょっと衝撃がしたくらいでなにも痛くはなかった。だが、なぜだかものすごい重みを感じた。
美穂は俯いていたので、アリスにはわずかにしか見えなかったが、彼女は涙を流しているように見える。
「うるさいよ……真司は、真司は私と一緒に大会に行くって言ったの―――真司は、私と結婚するって中学まで言ってくれるくらい、私のことを愛してくれてた!―――なのに、結ばれないなんて!そんなの認めない!」
その言葉を聞いて、真司が無気力になるわけだと、ある意味で納得してしまった。
それだけ大事にしていたものを大事にできない環境―――傍にいるだけで、傷つけてしまう。それだけで彼が不必要に寂しそうにするのは、なんら不思議なことではなかった。―――だとするのなら
自分の時だって、苦しかったはず。
そう思うと、昨日に、なぜ彼を追い出したのかと後悔をするアリスだった。
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その時、真司は余りものの―――というより、購買のおばちゃんが残してくれていたメロンパンを受け取って教室に向かっていた。
先ほど屋上に入ろうとしたときに、美穂がいるのを見かけたので、行くのをやめたのだ。
そうしてお昼を済ませようとする真司に、声が響く。
『魔物だ。もう、玄武の力は使うなよ』
その言葉に、真司は否定もせず、ただパンを口に押し込んで走り出した。




