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救世のディアフトライ  作者: 波多見錘


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35/214

泣き腫らした彼女

 昼休みで一人、涙を流した真司は、放課後に担任から頼みごとをされていた。

 しかし、頼みとは名ばかりの押しつけに近い。


 「お前、喜瀬川と仲がいいだろ?ほら、今日のプリント―――重要なことが書いてあるから、お前みたいなやつでも届けてくれるよな?」

 「―――誰も頼まれてくれないから押し付けたいだけだろうが……」

 「なんか言ったか?」


 担任の態度に真司はぼやくが、よく詮索されないうちにプリントを受け取った。

 しかし、そのプリントをどう届ければいいのかわからない。


 昨日の今日で、アリスにどんな顔をすればいいのか……


 それか会わないという手段もある。

 ポストに投函すればいいし、それが駄目なら母親に渡す。そうすれば、彼はアリスに出会わなくて済む。


 「ふぅ……どうしたものか」

 『普通に今朝のことを謝ればよい』

 「そんな簡単なことじゃねえんだよ」

 『なにが難しいというのか……お前がアリスのことを想っているのなら、ちゃんとその思いを伝えるべきではないのか?』

 「うるせえ……もういいんだよ」


 そう言って、真司は歩みを進める。

 早々に届けて、帰ろうとしているのだ。途中で魔物が出ても困る。


 そうこうしていると、昨日の不良に絡まれた場所についた。


 あれだけボコボコしたが、特に待ち伏せがあったりしたわけでもなく、ただの普通の道でしかなかった。

 その静かな道を抜けてしばらくすると、昨日の大きな家―――喜瀬川家に到着した。


 相変わらず豪邸とまではいわないが、周りより一回りほど大きな家だ。


 彼はそこのインターホンを押そうとして戸惑った。

 ここで押したらもちろんアリスといやおうなしに話をいしなければならなくなる。


 それが正解なのだろうか……

 あんな辛い思いをして、夕方には何もなかったかのようにふるまうことが正解だというのだろうか。


 そうこうしてインターホンの前で、うろうろしているとある人物が声をかけてきた。


 「あら?十神……真司君?―――ほら、昨日会ったでしょ?」

 「あ、アリスのお母さん……」


 そこには、訪ねようとしていた家の住人であるアリスの母だった。

 昨日、少しだけ顔を合わせただけで、まさか顔をしっかりと覚えられているとは思っていなかった。


 「今日は、なんの用かしら?―――娘なら自分の部屋に閉じこもってるわよ?」

 「いや、今日は欠席分のプリントを渡しに来ただけです」

 「そう……じゃあ、上がっていって」

 「いや、プリントを受け取ってくれれば……」

 「いいのよ。ほら、私があなたとお話ししたいの」


 そう言って強引に家に引きずり込まれていく真司。

 彼がなにかを言うまでもなく中に入れられて、リビングのソファーに座る。


 「あの、俺はなにを……」

 「娘はね、あれでいろいろとため込みやすいのよ」

 「はあ……?」

 「あの子はね、私の挫折の影響をもろに受けたのよ。今でこそ、あの子の才能を喜べるけど、あの子がもっと小さかったころ、私は悪い大人だったのよ」

 「……」

 「殴るとか、暴力はなかったんだけどね―――でも、半分才能に嫉妬して、ピアノができるあの子を―――幼い子供に嫉妬しちゃったのよ。それを、天才のアリスはすぐに見抜いてしまったわ。だから、あの子は、極力私の目の前でピアノをしないようになっていったの。でも、それが原因で夫に怒られちゃったわ。子供に気を使わせるんじゃないってね」


 突然昔のことを話し始めたアリスの母は、そう遠い目をしながら言う。

 真司もその話に納得した。アリスは聡い。音の色を見抜き、それを理解することができる。


 本当に彼女の才能のレベルはほかのそれではない。


 真司もそれはよくわかっていた。


 「あの子は1年くらいじゃピアノの腕は落ちなかった。すぐに感覚を取り戻して、コンクールでいくつも賞を取ったわ。すごいでしょ?今となっては、私の自慢の娘よ」

 「はい……すごいですよね」


 リビングを見渡すと、置ききれない数のトロフィーやら賞状が飾られている。

 これが彼女の努力の証。それを見ると、真司の胸は少しだけ苦しくなった。


 ―――こんな天才が自分のためにそばにいてくれた。だというのに、自分は嘘でも最低なことを言ってしまっていた。


 彼女も嘘にすぐ気づく。彼が言わなくても、真司の発言に彼の本心がついてきていないことなど、アリスは理解しているはず。でも、それとこれとはわけが違う。


 そう考えるも、アリスの母の話はまだ終わらない。


 「そんなあの子が、転校してすぐに乙女の顔をしてたわ。しかも、とんでもなく高価なネックレスを眺めながら……」


 そう言われて、真司は自分の首にかけられているネックレスに手を置いた。


 「そう、あなたのとペアのものよ。だから、昨日すぐにわかったわ。あなたが、娘の彼氏なんでしょ?」

 「い、いや……」

 「彼氏じゃなくても、ものすごく近い存在。少なくとも、それくらいの感情がないとあの子は他人にそういう高価な贈り物はしないわよ」

 「それは……」


 わかっている。わかっているのだ。

 アリスの好意など、わかっている。それをわかった上で、自身の好意にブレーキをかけているのだ。アリスを―――自分が死んで辛い思いをしないように


 「あの子がなんで泣いてるのか、私にはわからないわ。もう、あの子も高校生だし、そろそろあの子の口から言ってくれないと私もわかるものもわからないわ」

 「そう、ですね」

 「だからね、あの子が好意を抱いているあなたなら、心を開いてくれているのかもしれない。だから、そのプリントのついでに話を聞いてあげられないかしら?」

 「い、いや……それは」

 「それは?」


 言えなかった。自分が原因とは。

 だから、彼はなにも言えずにアリスの部屋に向かった。


 コンコンコン


 「はい……」


 ノックの後に返事が返ってきたので、真司は扉を開けて部屋に入った。


 部屋に入ると、まだ彼が入ってきたと思っていないアリスがベッドに寝転がっていた。


 彼女は、上の空でペンダントを掲げて見つめていた。

 しかし、アリスの瞳は赤くなっていて、ついさっきまで泣いていたことが分かった。


 チクリと胸が痛くなったが、それでも逃げ出さずに彼は話しかけることにする。


 「アリス……」

 「……!?し、真司!?なん、で……ここに?」

 「プリントを……」

 「……」

 「アリス?」


 彼女に近づき、プリントを渡そうとするが、アリスは真司の手をはじいて大きく息を吸い込んで叫ぶ。


 「出て行って!」

 「……」

 「早く出ていってよ!私、あなたの顔なんて見たくもない!」

 「アリス……俺はっ」

 「うるさい!あなたなんか大っ嫌いよ!」

 「……っ」


 アリスの言葉が真司に深く突き刺さった。

 ただ痛いだけならよかったが、なんだかよくわからない苦しさも伴ってくる。


 「今朝のことは……ごめん」

 「ごめん、じゃないわよ!私がどれだけあなたのことを好きだったと思ってるの!どれだけあなたが大事だったと思ってるの!なんで……なんであんなことが言えるの……」

 「……ごめん」

 「じゃあ、私を今から抱いて!そうしたら、あなたの言葉が嘘だって認めてあげる!―――ほら、あなたの目の前に無防備な女がいるのよ!抱きなさいよ!」

 「い、いや……お母さんもいるし」

 「関係ないわ!それとも、あの時の言葉は本当だったの?」

 「ちがう!―――でも、今アリスを異性として抱くのは……」

 「うるさい!早くしなさい!」


 内容は子供らしくはないが、真司に対して駄々をこねるアリス。

 しかしそこで、聞きたく言葉が彼の頭を貫いた。


 『魔物だ……』

 「……!?」

 「魔物ね……」

 「あ……うん」

 「そんなの良いから私を抱きなさい」

 「い、いや……それは」

 「そんなの警察に任せればいいわ!今は、今だけはあなたの言葉を本当だと、証明しなさいよ!」


 たぶん、ここでアリスを性的に抱くのが選択肢として正解なのだろう。

 ここで抱けば、アリスは一生に真司のものになって、彼女は自分を一生愛してくれる。


 だが、それは半分呪いと同じだ。

 ここでもし彼女が孕んでしまったら、彼女の将来に大きく響く。もし、真司が死んだ後に好きな人ができたら、子有ってだけで結ばれなくなってしまうかもしれない。


 今は正解かもしれないが、将来を俯瞰して長い目で見るとありえちゃいけない選択肢だ。


 それに、すでに魔物が出現している。真司は行かなければならない。


 「アリス……ごめん。俺だって……いや、もう言う資格なんてないか。とにかく、俺はみんなを守るって決めたんだ。たとえ嫌われても、俺はその人を守る。アリス、お前も同じだ」


 そう言うと、真司はアリスの家を走り去っていった。

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