本当の気持ち
俺は、学校が倒壊しかかってから初めて遅刻登校をした。
2限目の途中に教室に入ってきた俺にクラスメイト達は一切の関心を寄せることなく先生の話を聞いていた。
授業担当の先生も、簿記に遅刻とだけ書き足してすぐに授業を再開し始める。
そうして半ば無視に近い扱いを受けて座った席の隣には、いつもの顔がなかった。
今までの人生で一番と言ってもいいくらいに、自分に対して優しく接してくれた女の子―――喜瀬川アリスは、今日は欠席をしているようだった。
しかし、今朝に彼の家に来ていた彼女が欠席しているのはおかしな話だ。
だが、あの時のことが原因だと考えれば、そう悩む必要もない。
昨日の行動でしっかりと思いを見せつけられた真司は確信していた。
―――自分の発言が、彼女を帰らせてしまったと。
できればあの時に歯の浮くようなセリフを言うことができれば、真司は本当に心も救ってもらえたのかもしれない。ただ、それは彼女を不幸に巻き込むのと同義ということ。そんなことに、真司は彼女を巻き込もうとは考えられない。
(違う……そうじゃない)
そこまで考えを巡らせたところで、真司は思考をやめた。というより、それ以上無理に考え容易としなかった。
(なんで、俺が彼女に救ってもらわなきゃいけないんだ。今まで、俺は一人でやってきた。彼女の助けなんていらない。―――そうだ。アリスの助けなんてなくても、俺はやっていける)
もう取り返しのつかないことをした彼は、自分にそう言い聞かせて諦めるしかなかった。
それを青龍はただ黙ってみることしかできなかった。
「ここを……おい、十神!聞いてるのか!―――個々の問題解いてみろ!」
「……4」
「ちっ、正解だ」
ずっと下を向いて考え事をしていたせいで、突然先生に問題を解くように言われたが、それすらも難なく解いてしまう真司。それによって、またも先生の鬱憤が溜まってしまう。ろくに授業も聞いてもないやつがなにごともないかのように答えてしまうその様にいら立ちを覚えてしまうのだ。
そんなことを知ってか知らずか、彼は昼休みになるとすぐさま購買に向かった。
まあ、当たり前と言えばそうだ。今まで弁当を作ってくれていたアリスが今日、来ていないのだ。
彼は購買でパンかなにかを買って昼休みを乗り切らなければならない。
そう思っていると、教室の前のほうから真司を呼ぶ声が聞こえてきた。
「やっほー、真司いる?」
「……十神なら―――あれ?いない……」
「えぇ……もういないの?せっかく一緒にお昼食べようと思ったのに……」
そう言う美穂は自身のお弁当を持っていた。
アリスと違って自分ひとりのだ。
しかし、それが普通だ。
真司はというと、美穂が来る直前に購買に向かうために教室を出ていた。
もう少し遅ければ、真司は美穂につかまっていたことだろう。
「メロンパンひとつ……」
「あら?久しぶりに来たのね。あいよ、いつものパンだよ」
「ありがとうございます……」
「なんだい、元気ないね―――そりゃ、いつものことか。あははは!」
真司のローテンションに対して、ハイテンションで向かい打つ購買のおばさん。真司が入学しているときから知っていて、日に日に暗くなっていく彼のことを少しだけ気にかけてくれていた人だ。
久しぶりに来てくれたと思ったら、今まで以上に暗くて驚いているだろう。
「で、どうしたんだい?」
「べつになにも……」
「はあ……言いたくなったら、あたしに言うんだよ?」
「……気にしなくていいのに」
「そうは言われてもねえ。気になっちゃうんだよ」
「まあ、気が向いたら話しますよ」
そう言うと、真司は購買から去っていった。
次に彼が向かったのは、屋上だ。
屋上ならば誰もいない。そう思った真司はそこに向かう。
到着すると、案の定そこには誰もおらず、自分ひとりだけの空間になっていた。
「はあ……」
『ため息を吐くくらいなら、アリスを受け入れるべきではなかったのか?』
「急に話しかけんなよ」
『いいだろう……?どうせ誰もいないのだから』
「はあ……あれでいいんだよ。俺を助けるために自らボロボロになる必要はない。そこまでして他人に助けてほしいとは思わない」
『それはお前以外も思っていることじゃないのか?』
「どういうことだ?」
『お前にそんなに命を懸けてまで救ってほしいと思わない人は大勢いると思うぞ。それこそアリスだってそうだろうし、美穂も加藤も―――そして、お前の母も。お前が傷ついて、お前だけ死んで……そんなことになるくらいなら、こいつらはお前と心中するかもな』
「死ぬことになったのは、お前のせいだろ」
『それはそうだが……』
「だったらお前がそのことで説教を垂れるな」
そう言って、真司は青龍を黙らせる。
なにも言葉のない空間―――真司は静かに買ったパンを口にする。
おいしいのはおいしい。だが、どうしても物足りないと感じてしまう。
最近は毎日食べていたお弁当―――彩り豊かで、栄養バランスもいい。そしてなによりアリスなりの愛情が詰まっていた。
真司にとって、そのお弁当は生活の一部になっていて、欠かせない大事な味になっていってしまっていた。
「わかってる……わかってるよ……でも、アリスにだけは―――傷ついてほしくない……」
そうつぶやくと、ぽたぽたとメロンパンの上に水玉が落ちてくる。
それがかかったメロンパンを食べると、ほのかにしょっぱい。
―――泣いていた。
自分が失っちゃ物を失ってしまった後悔と悲しみで、彼は耐えきれなくなってしまった。
アリスが見せてくれた笑顔の数々。抱きしめてくれた時の心地よい温かさ。そして、今も自分の胸にかかっているペンダント。
そのすべてが自分の中のアリスの大きさを示すものになる。
たぶんでもおそらくでもない。
真司は、アリスのことを本気で好きになってしまった。
しかし、そのことに気付くのは、少し遅すぎたのかもしれない。
『ったく、本当に真司は馬鹿だな。そういうこと全部無視して、それを彼女は伝えてほしかったんじゃないのか?』
「うるせえ……もういいんだよ。これで、彼女が俺のごたごたに巻き込まれなくて済む」
『そう言う問題なのだろうか……』
その言葉で思い出すのは、今朝のアリスの涙。
「悪いアリス……大好きだ。だからこそ、お前じゃ俺を救えない」




