幼馴染の襲来
どたどたと玄関を勢いよく開けて帰ってきた真司の姿に、明音は驚いた。
いつもはただいまも言うのに、今日はなにも言ってくれなかった。
明らかになにかあったとわかるのだが、わざわざ自分から踏み込んで彼を追い込むのも嫌だった。
自分に話さないのは男子高校生としては普通のことだというのに、まだ我が子に色々な話を聞きたいと思うのは、子離れができていないのだろうか。
一方、ものすごい勢いで自室に駆け込んだ真司は、部屋に入るとすぐにベッドに倒れ伏せる。
しかし、その勢いとは裏腹に、彼の表情は複雑なものだ。
気づきはしていたものの、面と向かってしっかりと思いをぶつけられたのは初めてだった。
それが嬉しくないはずもなく、正直アリスに心が動きかけているのを自覚しているところにこれだ。おそらく、なにもなければ、身を交えて愛を育んだだろう。
しかし、真司には何もないなんてことはない。
彼には戦う使命があり、そして死ぬ運命を背負ってる。彼と恋人関係になるということは、必ず悲壮な結末を迎える。だからこそ、真司はその先の関係に踏み出せない。
そして、どうしても美穂の顔もちらついてしまい、思うようにいけないのだ。
長年想い続けた幼馴染の女の子と自分を支えてくれる女の子。どちらを選べと言われてもそう簡単にいくものではない。
『逃げるのは良くなかったのではないか?』
「そうだな……でも、こっちだっていっぱいいっぱいだったんだ……」
『お前は、唯一の見方も失うようなことをしたのだぞ?我なら、フラれたと思って次の日からどう接すればいいのか悩むところだ』
「お前に、そんな感情があるのかは疑問ものだけどな」
『一言余計だ』
そう会話をして、青龍は中に引っ込んでいく。
最近、魔物が責めてくることはない。だが、真司の人間関係がどんどんと悪化している。
好きになってしまったアリスにすら申し訳ないことをしてしまう。
彼は段々と孤独の寂しさを自覚していくのだった。
その時、なぜか下の階のほうから、ばたばたと暴れるような音が聞こえてくる。
しかし、そんなことにかまけてるほど余裕のない真司は、ただ下を向いてベッドに座っているだけ。
自分が対処はしないからこういうことになるのだろう。
それを体現するように、今は会いたくない人物が部屋に強行して入ってきた。
「はあ、はあ……しん、じ……」
「美穂……」
やってきた人物は、真司の幼馴染―――唯咲美穂だった。
正直なところ、アリスに押し倒されたせいで、自分が正常な判断を下せるとは思えなかった。
「なにしに来たんだよ……」
「し、真司が、辛そうに走ってるのが見えたから……」
「部活じゃねえのかよ。お前たちのエース様が練習してんだろ?」
「マネージャーは―――ちょっと休みをもらってる。自分でも考えることがあったから……」
「ちっ……帰れよ」
「帰らない。真司、最近―――というか、高校に入って事故にあってからずっと様子がおかしいんだもん」
「本当にそうだとしても、原因はお前たちだろうな。みんなに見放されて、事故にあった情けない俺をお前たちは笑ったんだ。変わらないはずないだろう?」
「私は笑ってない!」
真司の言葉に、彼女は強く否定した。
彼女の言葉の通り、真司を笑っていたのは真司の才能を恨めしく思っていた者たちだけ。
言ってしまえば、美穂や加藤俊也は彼のことを一度も馬鹿にしたことはない。
ただ、逃げた彼を怒っただけ。
しかし、その怒りの言葉も真司にとっては馬鹿にされているのと同じだった。
だが、そんなのは建前だ。本当は美穂を巻き込みたくない。美穂に死んでほしくない。その思いだけで戦ってきた真司に残された選択肢は、彼女に辛く当たることのみ。
「どこがだよ!もう、話しかけんな!」
「嫌だ!そんなこと、真司は言わない!思ってても、真司は―――そんな人に辛く当たったりしない!だって……だって、今思い返したら―――真司の表情はいつも辛そうだった!」
「そんなわけない!俺は―――俺はお前たちが大嫌いだ!」
「嘘……真司―――なら、なんで泣いてるの?」
その言葉で、真司はようやく自分の頬に流れているものを確認した。
まさか自分が泣いているとは思わず、焦って涙をぬぐった。
「な、泣いてない!」
「嘘……今、絶対に泣いてた」
「泣いてない……」
「もう……意地っ張りなのは変わってないんだから」
「うるさい―――もう帰れよ」
「うん、もう帰るよ―――でも、最後に一つだけ」
「なんだ―――!?」
顔をあげた瞬間には美穂の顔が自身に急接近しており、それに気づいた瞬間には彼女の唇が真司のファーストキスを奪っていた。
しかも、それだけで終わることはなく、彼の口腔内に舌が入り込んできた。
なにをされたのか頭の理解が追い付かず、ただなされるがままにする真司。彼が抵抗しないことをいいことに、彼に恋心を抱いていたころからしたかったことを長い時間をたっぷりと使ってする。
しばらく、真司が美穂に押されるような態勢でいると、彼女は真司の唇から自身のものを剥がす。
本当はもっとしていたかったのだろうが、これ以上は真司のキャパシティを超えてしまうと判断したのだろう。
それでも真司を少し押すような姿勢は変えずに、逃げられないようにして言った。
「昔から真司のだいだいだいだーい好き!この気持ちに嘘はないし、つくつもりもない!」
「美穂……」
「だからね、私のことちゃんと見て。そのうえで、あの転校生のほうがいいって言うんだったら、私はちゃんと諦めるから」
「でも……」
「『でも』も『だって』もないの!真司にはね、『うん』以外の選択肢なんてないの。だから、覚悟しておいてね」
「ばか……俺にかかわると……」
「真司にかかわるとどうなるの?」
「それは……」
「はっきり答えて。じゃないと、私は真司を諦められない」
「くっ……勝手にしろ……」
本当のことを言えない真司は、彼女にそう言うしかなかった。
「真司がなにを隠してるのかはわからない。でも、なにか本当に大切なことなんでしょ?いつか絶対に話してよ」
「いつか―――ね……」
「じゃあ、私は帰るよ。明日から、私も本気でアピールするからね。覚悟してよ!」
「……やめてくれ」
真司のその言葉は、彼女に届くことはなく、結局自室に一人残されるような形でおいていかれてしまった。
「話せるわけねえだろ……」




