転校生に押し倒される
アリスに泣かれて、家の前で立ち尽くしていると、運悪く帰ってきたアリスの母親に家に上がるように言われて、なされるがままに上がっていった。
彼女の母親は、自身の娘の羽織っているブレザーの下がとんでもないことになっているのに驚いたが、俺のことを疑わずに、彼女の部屋に入れてくれた。
そして現在、アリスはお風呂に入って少々汚れた体を洗っている。
真司はというと、無造作に投げ捨てられていたシャツの修繕をしていた。
先の不良に服をひん剥かれた際に、シャツのボタンが消えてしまったのらしく、今は彼女の前面を止めるものが存在しないやる気のない服が出来上がっている。
真司は、それを選択前に直してしまおうと考えているのだ。
ただ、何も考えずに修繕をしているとシャワーを浴びたアリスが部屋に戻ってくる。
「シャツを直してくれてるの?」
「まあな。半分俺のせいだし」
「そんなことないわよ……でも、ありがと」
そう言ってアリスは静かに真司の隣に腰かけた。
「ていうか、あなたナチュラルに私のベッドに腰かけてるわね」
「仕方ないだろ。お前の母さんに誘導されて、座るところもほかにないんだし」
「あんたね。一応、女の子の部屋なのよ?」
「わかってるよ」
「ならねえ……」
「だったら、そんなに簡単に男を部屋に入れるな。勘違いされるぞ」
そう言うと、アリスはなにも言わずに顔をそらす。彼女の頬は少しだけ顔が真っ赤になっていたが、なにも真司の言葉ばかりが原因というわけでもない。
(勘違い……してもいいわよ―――バカ)
こんなことを考えているから、余計に意識してしまい彼女だけが恥ずかしくなっていってるのだ。
しかし、ずっと会話が続くということはなく、むしろ無言の時間のほうが長いように感じる。
さっきのことで、真司は気を遣うし、アリスも同喋ればいいのかわからなくなってしまっているのだ。
「「……」」
お互いに無言でいると、アリスが少しだけ真司に近づき、肩が触れるところまでやってくる。
すると、一瞬真司の動きがストップする。しかし、彼女はそれに気づくことはなく、ただもじもじとするだけ。
そんな空気に耐えられなくなったのか、真司は彼女に言った。
「ピアノ、聞かせてくれるか?」
「……そ、そうね。元々そのつもりだったんだし!」
「なにをそんなに焦ってるんだ?」
「う、うっさい!ほら、準備するから待ってなさい」
そう言ってアリスは自室の端っこにおいてあるピアノの鍵盤の蓋を開けて音の調子を確かめる。
アリスの家は、大きく広い。それに比例して、彼女の部屋も広い。ちょっとしたパーティをできてしまいそうなほどの広さだ。だからこそ、バカでかいピアノを置けているのだが。
なんと、この部屋は防音設備も完備しており、どれだけ激しい演奏をしても近所に迷惑がかかることはない。
「じゃあ、弾くわね」
「ああ、よろしく頼む」
真司に一言だけ言葉をかけて、演奏を始めるアリス。
その空間を音楽が支配し、アリスによる領域が生まれたような気がした。
音楽のことなどからっきしな真司ですらわかる繊細な演奏。みなを魅了するような演奏姿はとても言葉で表現できるようなものではなかった。
彼女の絶対音感以上のなにかをもってして生まれる、ごくわずかな変化をつけた繊細かつ、きめ細やかな演奏。大胆なようで、美しくきれいな演奏。
それに、真司は心惹かれていき、目を瞑って聞き入っていた。
最近はゆっくりと曲を聴く機会もなく、忙しい日々を送っていた真司にとっていい癒しになる。
そうしてしばらく演奏を聴いていると、それが終わったのかアリスは蓋をゆっくりと閉じて立ち上がる。
「どう?」
「音楽とかわかんないけど、なんかよかった」
「そう……まだまだ素人ね」
「なんか耳真っ赤じゃない?」
「うるさいわね。聞くんじゃないわよ」
「あ、はい……」
素直に真司に褒められたことを喜べばいいのだが、面と向かって言われるとアリスは赤面して何もできなくなってしまった。
本当は素直に喜びたいのだが、色々な感情がせめぎあってそうもいかない。
彼女は恥ずかしいのを我慢して、真司の隣に座る。
そして真正面に顔をやってこう言った。
「このすけこまし!」
「だから、急になんだよ……」
「ふんっ、わからないのが一番駄目なのよ」
「えぇ……」
「そんなことより、演奏は気に入ってくれた?」
「まあ、それなりには」
「なら、たまにでいいから聞きに来なさい。もうすぐ演奏会もあるし、ちょうどいいわ」
「じ、じゃあ、お邪魔させてもらうよ」
そうして彼女はこれから何度か演奏を聴いてもらえるように約束する。これを守るかはわからないが、まだまだ彼とつながりを持てるということで、ピアノをやっていてよかったと久々に思う彼女だった。
「それじゃあ、さっきのことについて話しましょうか」
「さっきのこと?」
「ええ。あなた、私を置いて帰ろうとしたでしょ?約束もあったのに、どうして?」
「それは……もう、関わらないほうがいいと思ったから。俺と関わったら、ああいうことになるから……」
「はあぁぁ……ほんっとわかんないわね、あなたは」
深いため息の後、アリスはすたすたと彼に近づいて、しまいには押し倒した。
「な、なにを?」
「なんで、わからないの?これだけして……なにも思ってなかったら、ここまでしないわよ」
「なにも……?」
「そう。もう既成事実を作れば、あなたは私から離れないわよね?私はいいわよ。高校を中退することになっても、あなたを一人にしないようにできれば―――妊娠くらいしてやるわ」
「だ、ダメだろ……今は良くても、アリスの将来に傷がつく。本当にこれから先に好きになった人と付き合うってなっても、バツイチ子持ちってだけで結婚しづらくなるんだぞ」
「いいのよ。たぶん、私はこれからの人生、あなたを―――世界を守る男を救ったことを一生の自慢として、誇りとして生きていけるわ」
言いながら、アリスは真司の唇に自身のものをぶつけようとする。
さすがに真司も子供ではない。このキスの先になにが待っているのか―――はたまた自分にアリスがどんな思いを寄せているのか、理解できないほどのバカではない。
それをわかっていたから―――
「抵抗しないで……私、あなたのこと、本気で好きなの……」
「くっ……クソッ!」
ドン!
「きゃっ!?」
―――逃げるしかなかった。
アリスを力で押しのけた真司は、部屋の隅に置いてあった荷物を持って目一杯走った。
家の中も駆け足で抜けていったため、彼女の母親に挨拶もすることなく出て行ってしまう。
残された彼女は、ベッドに寝ころびながら、自分が何をされたのか。自分がどう思われていたのか。それを察したような気がした。
「フラれた……のね。こんな気持ちなのかしら……真司の幼馴染の、美穂さんって人も同じなのかしら……」
これから、彼にどう接しようか本気で悩むアリスだった。




