魔界の門
家を出て、数分。現場に到着した真司たちは、まず様子を伺っていた。
『ふむ、今度は蜂型―――まあ、雑魚ではあるな』
「ここにきて、大量に雑魚を送ってくるのか?」
『向こうも、状況を探ろうとしているのだろう。だから、切り捨てても問題ない雑魚兵を使っているのだろうな』
「向こうに、こっちの情報は漏れてないのか?」
『帰っているものがいないからな。もしかしたら、人類側に強力な兵器がある程度にしか考えてはいないだろうけどな。2年も侵攻が進まないとなると、王の権威も下がるものだ。―――それにしても、言わなくてよかったのか?』
「体のことか?」
真司の言葉に、青龍は言うまでもないと、雰囲気だけで肯定する。
そう、二人は、母親たちに嘘こそはついていないが、ある重大な真実を伝えていない。
「ショックだろ?自分の息子が、本当意味では本物じゃないって知ったら」
『やはり、人間の感情の機微は難しいな。魂が同じなら、同一人物ではないというのか?』
「人はそんなに単純じゃないんだよ」
本物の息子じゃない。その言葉にある意味は、単純明快。
契約の中にあった、体を使えるようにするという部分。
文脈に真司の体を治すとは、一切入っていない。
今―――戦いに参加している真司は、魂こそ本人のものだが、体―――魂の器となりうる体が以前とは違うものなのだ。
いわば、乗っている料理は同じだが、割れかけの皿と高級品の皿。それほど、違いがあるのだ。
そうでなければ、今の真司は戦うことすらままならない。
そんな真実を、さすがに息子として、母親に伝えることができなかった。
真司自身も、母親がうっすら感づいていることは気づいているが、それでも教えることはできない。本当の自分の体は、魂の入っていない―――いわば、死体の状態であるということを
「行くぞ、青龍」
『ああ』
現在、真司は数ある民家のうちの一つの屋根の上にいる。
ここなら、よほどのことがない限り、見られることはないだろう。
先ほどと同じように、真司は左手首のクリスタルを押し込み、変身し、その場を跳んだ。
ドンッ!
「蜂型の雑踏兵。特に秀でた攻撃力はないが、近接―――それも槍を使った攻撃をしてくるぞ」
「わーってる。2年前に何回かこいつと同じの来てるだろ」
「ナニモノダ」
「うわっ、カタコトじゃん。また、知能低いのかよ」
「それだと、日本に来たての外国人が知能低いって言ってるものだぞ」
「気にするとこはそこじゃないだろ」
「来るぞ!」
「気をそらしたのはお前だろ!」
真司は、それまでの気が抜けるような会話を忘れるように対峙した。
迫りくる槍の突。それを正面から受け流し、がら空きの鳩尾に一撃をぶち込んだ。
「ゴホッ!?」
「まだまだ行くぞ!」
一撃、また一撃と芯をとらえる拳。
その一つ一つが重いゆえに、人間からしたら化け物の魔物が目に見えてダメージを受けている。
そして、魔物は気づく様子がないが、真司の打撃は明らかに最初よりも重くなっていく。
彼の変身した姿のブラック―――それは、完全基本形態でありながら、数ある形態の中で、もっともバランスと―――進化にたけた形態。
ブラックで戦い続ける間、真司は無限に進化していく。少しずつ、僅かであっても攻撃の威力が上がるのは、そういうこと。
だが、進化の速度は著しく早いというわけではない。当人のポテンシャルや感情の状態、その他諸々を加味したうえで、変わることもあるが、基本的には一度の戦いで気づくか気づかないかのレベルの変化しかない。
それでも、二年前の真司とはわけが違うのは確かだ。今の真司は、人類でたった一人、魔物に対抗できる戦力たり得るのだ。
「真司、決めろ」
「言われなくても!」
型にいる青龍の言葉を聞いて、真司は先ほどと違い、クリスタルを二度押しした。
それから両拳を合わせ、炎を纏わせる。
それから、腕をクロスさせて胸の前で、サッカーボールほどの大きさの火球を生み出した。
「はああああ……」
腕を徐々に開き、少しずつ炎を収縮させていって、最後に両手を前に突き出して放つ。
「どらあ!!!」
放たれた火球は、見事に魔物をとらえて、後方に吹き飛ばして爆散させた。
「終わったか?」
「そうだな。というか、いつも強力なのぶち込めば終わっていただろ?」
「それもそうだな―――食いに行かないのか?」
「真司……」
「ん?」
青龍の焦ったような言葉遣い。
それ違和感を覚え、青龍の見ていた方を見る。―――すると、倒したはずの魔物が煙の中から姿を現した。
「……まだ終わってないぞ!」
「わかってる。だが、なんでだ!これまでクリスタルの一撃を叩き込んだら、死んでただろ」
「わからない!もしかしたら、進化したのか?―――いや、そんなはずは……」
魔物がもう一度立ち上がる。その異様な光景に、二人とも焦っていた。
彼らの言葉の通り、今までの2年間、最後の一撃を受けて立ち上がった魔物はいなかった。
上位種が一瞬だけ、言葉を介せるくらいになるだけで、絶対的な勝率―――100%の致死率を誇っていた。
だというのに、目の前の下位種は立ち上がっている。
「ギル……ガル……」
「なんだ、この異様な気配……」
「これは―――なんなんだ。我もこんなものは知らん」
「ギル・ガル・ウル……」
ガシャン!
三節詠唱―――それを魔物が唱えた瞬間、魔物の真上の空が割れた。
まるでガラスが砕け散るように、空が砕け落ちた。
その異様な光景に真司は驚き、青龍は懐かしいものを―――それでいて、ありえないとこぼしていた。
「魔界の門!」
「あれが……魔界の門?」
青龍いわく、魔界の門が開いたとのこと。だが、ただ開いただけで魔物が撤退するわけではないようだった。
代わりに、開かれた門から黒い光がものすごい勢いで目の前の魔物に降り注ぐ。
そして、その光が衝突した瞬間に、蜂の魔物は奇声をあげながら姿を変え始める。
「青龍、なにが起きてる!」
「我にもわからん!だが、なにかしらよくないことは……」
「んなこと見りゃわかるよ!」
「グルルルル」
光が収まり、もう一度姿を現した蜂の姿に、彼らは驚いた。
―――全身から、針を出して、その針の根元からは黄緑色の血のようなものが流れていた。
正直な感想を述べるとするのなら、ただただグロイ。
しかし、今まで倒したはずの敵がそんな姿になることはあり得なかった。
「……!?来るぞ!」
「ちっ……」
魔物の攻撃は、まるで自分の状態をわかっているような攻撃だった。
全身から現れた針を、突進で突き刺すようなやり方。
まるで、爆弾を抱えた特攻兵だ。
真司も極力に針に触れない場所を殴っていたが、その戦法も少しずつダメージを受けて余裕がなくなってくる。
「真司、クリムゾンだ」
「はあ、わかった」
限界と悟った二人は、魔物を無理やり踏み台にして、後方に下がっていったん余裕をとる。
そうして、できた余裕の間に、真司は手首にはまっているクリスタルを90°回転させて押し込んだ。
すると、いったん周りについていた青龍の鎧がはがれて、下地の黒色が、濃く明るい赤に変色した。
そう。これが、ブラックの進化の真髄。―――形態変化。
クリムゾンスタイルの戦い方は、力押しの戦法。圧倒的な力と圧倒的な防御力で実現する一点突破の戦い方。そして、ここからがクリムゾン―――いや、ほかの形態も連なる真司の特殊能力。
「これでいいか……」
ベキベキベキ!
彼は近場にあった手すりを剝がしとり、手に持った。すると、手すりから棒切れになり下がったものが、彼の手に渡ったことで、形状を一本の剣に変えた。
「さあ、行くぞ」