事後
真司が目を覚ますと、見知らぬが天井が―――なんていう展開はなく、ただ自分の部屋で目を覚ました。
しかし、起き上がろうとすると、体中にとんでもない激痛が走った。
「いっ、つ……」
『起きたか……あまり動くな。まだ傷は治しきれていない』
「そう、か……あれに負けたのか……」
『そうだな。だが、お前はエルダー級との戦いの後だった。もとより勝てる見込みのない相手にあそこまで粘ったんだ。誇っても誰も責めない』
「それは事情を知っているから言えるんだ。なにも知らないやつからしたら、自分たちを守ってくれた人が負けたんだ。そんな詭弁は通用しないさ」
『そうか……』
起き抜けに青龍とそんな会話をして、動くわけにもいかないので、誰かが彼の部屋に来ることを真司は待っていた。
しばらくすると、階段を上る音が聞こえてきて彼の部屋のドアをノックしてくる。
コンコンコン
「失礼しま―――し、真司!?お、起きたの?」
「ああ……まだ起き上がれねえけどな」
「あ、あ、あ……」
目の覚めた真司を見たアリスは、自身の持っていた袋のすべてを取り落としてしまった。
だが、それに目もくれることなく彼女は彼のそばに駆け寄った。
駆け寄ってきたアリスはなにを言うわけでもなく、ただただ真司の手をつかんでおでこに当てるだけだった。
「なんだ?それがアメリカ式の看病か?」
「―――馬鹿。死んじゃったと思ったじゃない……」
「悪かったよ」
「バカ……」
そんなやり取りを、そこそこ大きな声でしていたからだろうか、もう一人の足音も下から上がってきた。
もちろん2階にやってきたのは、真司の母である明音だった。
「真司!」
「ちょっ!?明音さん、抱き着いたら真司が!」
「いいよ、アリス。母さんの好きにしてあげて」
「馬鹿野郎!なんで……なんで何も言わずにあんなボロボロに!」
「悪かったよ。でも、時間がなかったんだ」
「わかってる……でもなあ、母さんにこんなに心配させないでくれよ!」
そう言いながら、明音は真司のことを強く抱きしめる。
青龍の治癒の術式の一環で、麻酔効果を付与してもらっていなかったら、真司は発狂していただろう。
と、そこで真司はアリスの服装に違和感を覚えた。
「アリス、なんで制服なんだ?」
「それは……」
「言ってくれ」
「学校のあの件で死者は奇跡的に、一人で済んだの。あの倒壊具合で、あの避難状況で奇跡だって言われてたわ。でも、確かに一人、私たちのクラスから死人が出たのよ」
「葬式……か?」
「ええ。あなたの分の香典も渡してきたから、真司は行かなくても大丈夫よ」
「……そうか。ありがとな」
一人死んだ。
その言葉は真司に重くのしかかった。
その言葉が意味するものは、守れなかったということ。
アヌビスがいる状況でどうしろと言いたいが、それでも死人を出してしまったことが何よりも痛い。遺族でも友人でもないが、それでも守る力を持つ者として、苦しい事実に変わりはない。
できることなら、ちゃんと葬儀にも出たいが、接点もないうえにこの傷だ。出たくても出れない。
「学校、倒壊がひどくて生徒は転校したほうがいいって言われてるわ」
「倒壊が……青龍―――」
『なんだ?』
「お前なら、学校の校舎をなおして学校を再開させられるか?」
『まあ、無理というわけではないな。だが、再開にも多少時間はかかる。それでもいいのなら……』
「かまわない。うちはあれでも水泳強豪校だ。なくなれば、あいつらが困ることになるからな」
「真司……?」
「大丈夫、今からこいつが治しに行く」
「こいつ……?」
「ああ、アリスは見たことなかったな。俺と契約した魔物―――青龍だ」
そう言うと、真司の陰から龍の幻影が飛び出してきて、彼女は腰を抜かした。
「なっ?」
「アリス、落ち着け。こいつがいなかったら、お前は助けられなかったんだ」
「そ、そうなの?」
「アリス、だな?」
「は、はい!」
想像をはるかに超える事態のせいで、アリスはなにか反応を見せることができずに、ただ元気よく返事をするだけ―――
「ありがとう……」
「は、はい―――え?」
「真司が一人にならんくて済んでいるのは、お前のおかげだ」
「そ、そんなこと……」
「今まで、こいつには今抱きしめてくれている母親しかいなかった。だが、アリスがいることで、真司は今までより人間らしくいられている」
「ど、どういたしまして?」
青龍の言葉にどう言ってよいのかわからずにそう答えるアリス。
しかし、その言葉の後にだんまりを決め込んでいた明音がしゃべり始める。
「青龍、あんた―――」
「む……?」
「なんでこういなることを説明しなかった!」
「それは真司が望んだからだ」
「なんでさ!なんで私に教えてくれない!母親だろう?なんで―――なんで、こんなに真司が傷つかなきゃならないんだ!」
「「「……」」」
その場にいた三人は、明音の言葉になにも言えなかった。
真司も青龍も―――そして、事情を知るアリスも何も言えない。彼がもう死ぬ間際だということを。そんな非情な現実を彼女に突きつけるわけにはいかなかった。
「どうせ死ぬなら、守って死にたい」
そんなことを言っても明音を泣かせるだけなのは目に見えている。
「母さんはさ、父さんが浮気して出ていったこと。俺に言ってないよな?」
「な、なんでそれを……」
「父さんが仕事が忙しくて一緒にいれないから離婚した。そんな理由に騙されるほど、俺は母さんのことを理解してないつもりはないよ?」
「真司……」
「あの時の辛そうな顔―――今でも覚えてる。本気で好きだったんだろうって、今でも思えるから」
「でも、この話と……」
「母さんはさ、自分しかいないってなったら、自分の命―――投げ出せるでしょ?」
「それは……」
「俺は母さんの息子で、母さんの生きざまを見てきた―――その俺が、知っているのに怖くてできませんでした。なんて言う男だと、本気で思ってる?」
「……!?」
真司が語気を少し強めにして言うと、なにかに気付いたように、真司から離れる。
きっと明音も同じ立場ならそうすると、心のどこかではわかっていたのだ。たとえ他人でも、弱い者いじめだけは大嫌いだった明音だからこそ。
「大丈夫。“まだ”生きてる」
「まだ、ってあんた!」
「それ以上は言わないでくれ……もう、未来を見るのはやめたんだ。この一瞬、今この瞬間を守れる存在であればいい」
「そう、かい……」
真司の言葉を聞いて、明音は部屋を出ていこうとする。
直接は言わなかったが、暗に示した真司の未来。それを彼女は受け止めきれなかった。
「あ、明音さん……」
「アリスちゃん……真司をよろしく」
去っていく背中は、緋想に満ちていて―――また真司も、少し苦しそうな表情をしていた。




