異変
迫りくる縦の一閃。そして、振りぬかれる横凪の刃。
そのすべてが、普通の人間の命を刈り取るには十分すぎる威力のものばかり。それを真司は、何度も一振りの剣だけでさばききって見せている。
アヌビスに比べて速度が劣るものの、なんとか対応できるだけの動体視力と力を備えており、どうにかなりそうな雰囲気を醸し出している。
しかし、その場にいる彼のクラスメイト達はそう思っていないようだ。
「な、なんだよ……」
「やだぁ……死にたくない……」
好き勝手にものを言い、死にたくないと懇願する。それが今のクラスの状況というもの。
もはや、この場を打開するには真司が勝つ以外の選択肢はない。
その上、アヌビスを相手にしながら卵も破壊しなければならないというストレスで禿げてしまいそうな過酷な条件付きだ。
(クソッ!卵に到達できるほどの隙がねえ!)
(当たり前だ!相手はエルダー級のアヌビスだぞ。そんなものを待つだけ無駄だ)
「じゃあどうしろってんだよ!」
「なにをごちゃごちゃと!」
青龍と頭の中で言い合いになっていると、アヌビスの振り下ろした鎌が真司の肩を狙う。
しかし、真司もただでやられるわけにいかず、剣を横にして受け止める形にしてどうにか止めたが、それでも勢いが止まることなく、肩口から胸にかけて大きな攻撃を受けてしまう。
「かはっ!?―――うおおおおお!」
「なにっ!?」
傷を負った真司の意地の攻撃が、どうにかアヌビスの腕を掠ることができたが、大したダメージは入らない。
歯を食いしばって痛みを我慢したというのに、これしかできない。その歯がゆさゆえに真司は舌を噛み切ってしまいそうになる。
「無駄だ。貴様がどれだけ抵抗しようと、裏切り者に未来などない―――死ぬがいい」
「まだ死ねるかああ!」
アヌビスの持つ鎌に対して、真司は最後の抵抗とばかりに、剣にクリスタルをかざして応戦する。
お互いの刃の衝突―――それに真司の本気の一閃が加わったことで、周りにとんでもない衝撃波が巻き起こる。
ほとんど意味をなしていない窓が揺れ、生徒たちの制服を巻き上げる。
人を殺すほどの衝撃ではないが、生徒たちの骨にしみるような思い衝撃だった。
「何度も言わせるな人間―――お前じゃ私には勝てない。たとえ、裏切り者の力を得たとしても!」
「んなもんしるかよ!―――それに、お前は派手な技を撃ちすぎなんだよ、ボケが!」
「それがなんだと言うのだ!」
「第一に優先すべきものをはき違えないようにしましょう。これはすごく簡単なことじゃないの?」
「まさかっ!」
アヌビスがなにかを気づいたのか、自身のいた場所を振り返った。
何の変哲もない教室の床。しかし、そこには何かの液体がある。
「卵、壊してよかったのかな?」
「貴様ああああ!」
正直なところ、防ぐだけなら、剣で受け止めて勢いを殺しつつ受け流したり、急所を外して受けるほうが確実だった。
しかし、真司はそれらの選択を取らずに強攻撃で応戦した。
真司が一瞬の判断で思いついた策。それを悟らせないための、咆哮も聞いていたのだろう。
アヌビスは完全に策にはまり、今回の重要任務であったはずの卵の孵化を失敗させてしまった。
「なんにんも部下を殺されて、挙句の果てに卵は壊れました。帰れるのか、魔界に」
「黙れええ!殺す!お前の首を陛下に献上する!」
「さすがに戦意はそがれるどころか―――って話か……。となると、俺の体が」
次の一撃が限界。彼は、自身の体を鑑みて、そう感じとる。
体力的にも、精神的にも―――そして、周りの人が圧に耐えられない。
ならば、彼は一撃で決めなくてはならない。
その雰囲気を感じ取ったアヌビスも一刀にすべての力を込めて突っ込んでくる。
それに対応するように真司は剣にクリスタルをかざして構える。
ドンッ!
地面がえぐれるほどの勢いで蹴り上げて、真司は斬りかかった。
衝突の瞬間、先ほどとは比にならないほどの衝撃が突き抜けて、お互いの剣を揺らす。
「……先ほどより、力が強いだと?」
「負けるわけには、行かねえんだあああああ!」
バチバチバチ!
突然、真司の拳から電流が流れ始めて、さらに強力な力があふれ始める。それと同時に、彼の体にも異変が起きた。
(な、なんだ!?思考が―――鈍る……)
(どうした!?……なんだこの力は?おい!真司!)
(……!?なんだって……俺が聞きてえよ)
「ガアアアアアアアアアア!」
「な!?」
あふれだす力を込めて、真司は一閃を繰り出した。
二人はすれ違う形で交差し、反対の位置に立つ。
二人とも剣を振りぬいた姿勢のまま動かない。―――そして、先に体が揺れたのは真司だった。
「くっ!?……かはっ」
カランカラン
あまりの痛みに真司は剣を放してしまった上に、胸には方から腰にかけての大きな傷ができてしまっていた。
クリムゾンに変わっているというのに、この世の地獄のような痛みが彼を襲っていた。
たいして、アヌビスのほうもわずかに姿勢を崩し膝をついた。
「見事な一撃だ……」
そう言い、自身の横腹を押さえる。
そこには、真司の剣によるものであろう傷ができており、ダラダラと血が噴き出していた。
どちらも致命傷にならずとも、重大なダメージだ。
そして、真司にとっては身動きすら許されなくなるほどの傷になってしまった。
「私の、負けか……」
「いいや、お前の、勝ちだ……」
そう言うと、真司の体は光を放ち始めて、ついには消滅した。
それを見たクラスの人たちは真司のことを死んだと思てしまう。
だが、アヌビスには、撤退しただけだと悟られる。
だが、そのアヌビスには彼を追う力は残っていなかった。そうして、アヌビスも魔界へと帰っていき、両者痛み分け、学校はとんでもない損壊を受け、この事件は幕を閉じた。
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ダッダッダッダッダッダッ!
ようやく学校や警察から解放され、家に帰ったアリスが一目散に向かったのは、真司の家だった。
インターホンを鳴らすこともせずに突然入ってきた彼女に、明音はひどく驚いた。
「な、なんだい!?」
「あ、あの!真司は!」
「ああ、あいつは……なんかあったの?」
「帰ってきてないんですか?」
「いいや、部屋にいるはずだけど……」
その言葉を聞くと、アリスは階段を駆け上がって真司の部屋のドアを勢いよく開け放つ。
すると中には―――
「し、真司!?」
―――血まみれの彼が、床に倒れていたのだった。




