諦めない心
「む……一人反応が消えたな―――そこのお前、なにか知ってるか?」
「ひっ、い、いいえ!し、知りません!」
「ふむ……」
アリスの部屋にいる魔物は、男子生徒に質問するが、状況すらもまともに呑み込めていない人間には到底理解の及ぶ範囲ではない。
今回このエルダー級の魔物に課せられた使命は、卵を孵化させること―――そして、人界への侵攻が進まない理由、ならびに生存して帰ってくる魔物の行方の捜索だ。
この学校に結界を張ったのは、たまたまだ。
しかし、ここの生徒にとって、それはどうでもいいこと。
すでに一人死んでいる。
どんなクソでも目の前で血を流して死んだら、不安になるだろう。
拘束こそされていないが、この場にいる全員がただ何もできずに恐怖で震えるだけだった。
『男子がなんとかしろ』
『こういうときだけ女子面すんな』
など、魔物には聞こえないくらいの声で話しているつもりだが、彼らの声はすべてが奴に筒抜け。
へたなことを言えば、先ほどの男子生徒のように殺されるだろう。
だが、そんな状況でも真司にヘイトが向く。
『なんであいつだけいないんだ』
『なんで今日に限って休んでいるんだ』
『もしかして、この怪物につながってるんじゃ……』
そんな疑念が不安に駆られる中に、教室中に広まっていく。それは、教員も同じで、普段から素行の悪い真司に、ありもしない罪を着せて恨みがましく思っていた。
だが、そんな中、彼を信じる生徒が一人だけいた。
(一人消えたってことは、もう真司は来てるってこと……でも、彼は疲労困憊ではなかったの?)
真司の休んだ理由も、彼が魔物を先導しておそうはずがないことも。
彼女だけが、真司を信頼し、彼の到着を待ち望む。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アリスに到着を望まれている中、真司たちは自身の教室に入る前に、少しずつ魔物を紀州で減らしていった。
それはさながらRPGのモブを殺すのと同じような感覚だった。
背後からの必殺で一撃決殺―――一人ずつ沈んでいき、ついにいわゆる中ボスらしき存在ともかち合った。
それは、人のような形をした犬だった。
そいつに似た存在がアリスのいる教室にいるのだが、真司はそれを知る由はない。
「ふむ……お前がわが軍勢を消していった正体か?」
「お前こそ、今回の首謀者か?」
「いいや、今回の件は私の片割れが受けた任務だ」
「片割れ……?」
「真司、まずいぞ」
相手と話していると、なにかを感じ取った青龍が少しだけ前進に対して抵抗するように動く。
「どうした?」
「そいつ、陰に隠れていただけだ―――そいつも、エルダー級だ」
「ちっ……1体だけじゃねえのかよ」
「その肩にいる―――いや、全身に寄生している魔物は、もしや四神獣が一人の青龍か?」
「―――だったらなんだ」
「裏切り者には死を―――」
「なに言って……ゴハ!?」
言い終わる前に、真司は風に殴られて吹き飛んだ。
反応すらできないすさまじい速度の風だった。
「気をつけろ真司。そいつの能力は―――風だ」
「いや、さすがにわかるよ」
そう言った真司は、すぐにクリスタルを回転させて、メイズに変化する。
この相手に近接戦は分が悪いと考えたのだろう。
風を操る能力に、手に持っている大きな槍。確実に強い。
そんな確信が、真司に前進させることをためらわせた。
ズドドドドドドドドドドド!
階段の手すりをへし折って、無理やりL字を作って変形させた銃で相手に乱射する。
大量の弾幕により相手の姿が見えなくなるまで打ち続ける。
「どうだ?」
「いや、まだまだだ」
「そうか」
青龍の言葉を聞いて、真司は弾幕が止む前に再度撃ち込み続けた。
彼の手はわずかに震えていた。ここまで青龍が焦ったような声を出すのが初めてだということもあるが、なによりなんども戦いを経験して強くなったと思っていた真司ですら感じる、弾幕の奥からの揺るぐことのない生命力と殺意。
彼には間髪入れない攻撃しかありえなかった。
あまりの熱源に、学校の火災報知器が作動したり、あまりの衝撃に壁がぶち抜かれたり、大変な状況になっているが、そんなことを―――生徒の安否を確認する余裕もない。
ここが、普段生徒が立ち寄らない空き教室ばかりの場所でよかった。
乱射された弾が切れることはないが、あまりのプレッシャーに真司が段々と耐えきれなくなってくる。
そんな彼は、我慢ならんとばかりに銃にクリスタルをかざした。
「やめろ!今放っても、大したダメージにならない!」
「あああああああ!」
乱射が止まり、すべてを込めた一撃が相手に打ち込まれ、爆風が周囲を巻き込んだ。
カーテンが激しくたなびき、近くに置いてあった資材などが一気に巻き上がる。
しかし、真司はその結果に絶望する。なぜかって?―――決まっている。その爆風は、真司が起こしたものじゃなかったからだ。
「ふむ、この程度か―――まあ、いっぱしの雑魚兵が負けるのは納得だな。だが、我々エルダー級には遠く及ばない」
「……くそっ」
真司は態度こそ強がっているが、内心ひどい諦めの念が襲ってきていた。
(クソが……勝てるわけねえだろ。俺が今までに相手してきた化け物より化け物。レベルが違いすぎる……)
「おい!真司!」
「はっ!?」
青龍の言葉で、前に気付いた真司だったが、もう遅い。
すでに槍は振りぬかれており、後方に吹き飛ばされていた。
「かはっ」
壁にたたきつけられこそはしたが、まだ真司には意識があった。
(まずかった……今のが刀身でやられていたら、絶対に死んでた―――あいつ、油断してるな。でも、まあ俺に勝ち筋はないからなぁ……)
そう考えながら、真司は上を仰ぎ見る。
彼は諦めた。この戦いに勝つことを。どうぞ殺してくださいと言わんばかりの姿勢でしかない。
そんな姿勢でいるからこそか、青龍が叫んだ。
「立て!真司!」
「あ?なんだ?―――仲間割れか?」
相手の声になんの反応を見せることなく青龍は続けた。
「お前はそうやってすぐに諦める!水泳も友人も―――お前hあそうやって生きてるから、夢をあきらめることになったんだろ!」
「んなこと関係ねえだろ」
「ある!我は、お前に孤独となれと言ったんじゃない!戦うマシーンになれとも言っていない!傷ついたら治してやる!今ここで諦めたら、人界は終わりだ!大切な人を作らないようにしていたが、それまで大切だった人はどうなる!」
「……!」
「最悪殺される。よくても、魔界の奴隷だ―――それでいいのか!」
真司ははっとした。だが、少し遅かったかもしれない。
「青龍なんて裏切り者に手を貸したのが、貴様の運の月と言うものだ―――死ね」
すでに相手の槍は歯を向けられて振り下ろされていた。
もう、真司の命運は尽きた。
ガシッ!
「なに!?」
「まだだ……」
勝利を確信していた相手は驚いた。確実に勝負が決まった。そう思っていたというのに、目の前の男は立ち上がったのだ。
そして、いつの間にか体が黄色から黒に戻っていた。
「遠距離が潰されたからなんだ……まだ近接がある」
「貴様に分があるとでも思ったか!」
「んなもんやんなきゃわかんねえ。―――失ってから気づいた。後悔はしてもしたりないころにやってくる。だから、今を全力で!」
(そうだ。真司、お前の力はその果てしない進化だ。今は届かなくても、いつか必ず―――)
「この世界には、美穂が、母さんが―――そして、俺を信じて待ってくれてるアリスがいる……
負けるわけにはいかねえ!―――勝負だ。次は、お前に地面の味、教えてやる!」




