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救世のディアフトライ  作者: 波多見錘


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美穂の教室

 いろいろな化け物が廊下を徘徊する中、美穂の心中は恐怖に包まれていた。

 知っているはずの風景は、濃い紫色のベールにのようなものに覆われ、果てには近くのクラスから悲鳴が聞こえてくる。


 そんななにがなんだかわからない状況でも、体は恐怖を感じ、震えている。


 こんな状況では、男たちも震えているのみ。

 彼女がマネージャーを務める水泳部のエースも、なにかを考え込んでずっと下を向いている。その姿に美穂は気が狂ったとしか考えていなかった。


 そうして時間だけが過ぎていく中、ついに廊下にいた怪物が中に入ってきた。


 「グルル……」

 「ひっ……いやああ!」


 誰の悲鳴だったのだろうか。

 甲高い声が教室内に響き―――そして、消えた。


 悲鳴を上げたであろう女生徒は、怪物に胸を貫かれ、息が絶え絶えになっていた。


 「かひゅぅ……けほ……」

 「い、いやぁ……」


 少しずつ生徒たちが正気を失っていく中、ある男子生徒が動いた。


 その男子生徒は、怪物にとびかかり、クラスのみんなにこう言った。


 「早く逃げろ!」


 とても勇気のある行動。それ自体は、一個人としてほめるべき行動だが、恐怖で動けない人たちを動かすことはできない。


 そしてなにより、その男が化け物を止めることができる時間は1秒にも満たなかった。


 「ぐはっ!?」

 「加藤君!」


 怪物に膝蹴りを入れられて悶える男―――加藤俊也を心配して美穂は叫んでしまった。

 その瞬間、怪物の目は加藤から美穂に移り襲い掛かってきた。


 「ひっ……」

 「オゴオオオオオ!」


 襲い掛かる怪物。美穂がそれから目を背けた瞬間、教室の窓ガラスが割れた音がした。


 目を開けるとそこには、テレビで見た、怪物と戦う人の姿があった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 真司が突入した教室には美穂がいた。だが、飛び込んだのはそれ以外に理由があった。


 本当は本丸を叩くためにアリスのいる教室に飛び込みたかったが、青龍がそれを止めたのだ。

 あまりにも危険だからと言うことで、次点で危険だと判断したこの場所に入ってきた。


 「青龍、あの女生徒の治療を」

 「わかってると思うが、術式を使用しながらの戦闘は、かなり行動に制限がかかるぞ」

 「ああ、ブラックしか使えないうえに、能力自体も0.8倍くらいになるんだったか?ほぼ、誤差だろ」

 「その誤差が命取りになるんだ」

 「はいはい」


 二人はそれだけ言葉を交わし、それぞれの持ち場に移る。

 青龍は遠距離から後方の防御と治療を、真司はコルバルトからブラックになり構える。


 「オマエナニモノダ」

 「こいつ、喋れんの?」

 「こいつは―――エルダー級のような化け物ではないが、セクト級よりははるかに強いぞ」

 「今回はそもそもが違うってことか」


 そう言って、真司は相手に殴り掛かる。

 普段は待ちの姿勢からカウンターなどを、最初に打つのだが、彼も幼馴染が狙われて、焦りと怒りが前に出てしまったのだろう。


 ブラックゆえに、殴りの戦法―――至近距離での接近戦。この戦いには、真司に分があるように見える。


 現に、相手の魔物はなにも反撃ができないまま何度も何度も攻撃を受けているが、一向に反撃の姿勢を整えられていない。

 これを好機ととらえた真司も、矢継ぎ早のラッシュで相手を追い詰める。


 だが、治療に専念していた青龍が我に返り、叫んだ。


 「馬鹿!そいつに負荷を―――」

 「グロオオオオ!イッタイ……」


 キ――――ン!


 耳を切り裂くような不快な音。

 黒板を爪でひっかくより脳に響く嫌な音が大音量で魔物から発せられた。


 「ぐ……!?」

 「相手の能力は―――増幅音波による、負荷攻撃。このままだと、正気を失うぞ」

 「……わかってる。段々、目の前の判断が効かなくなってきてるからな……」


 青龍の言葉に身をもって理解する真司。

 余裕ぶっている暇はないのか、耳を押さえて悶えている。


 後ろを見ると、多少耳を押さえている生徒がいるが、青龍の防御のおかげで彼ほどの苦痛はないのだろう。


 彼が悶える中、真司の視線が美穂のものと交わる。

 すると、彼の中に何かが燃え上がるような感覚に陥った。


 「うおおおおお!」

 「グアアアアアア!」

 「技術はある……格も俺が上……倒すだけの力も―――ある!」

 「どうする気だ……?」

 「あとは、俺の気合いだあああああ!」


 ビチャ


 真司が叫んだ瞬間、彼の鼓膜が破れた。

 本当に彼は、気合でどうにかするつもりなのだ。


 (聞こえない……何も聞こえない)

 『当たり前だ!何をしてるんだ!』

 (悪いな。でも、あとで治してくれるだろう?)

 『無茶苦茶なことを……こんなことするからには、勝てよ』

 (言われなくても!)


 鼓膜を失い、音を失った彼は、敵の音波攻撃に怯むことなく自分射程圏内に敵が入るまで近づく。


 近づかれた魔物は、自分の攻撃が通じていないと感じ、すぐに拳を出すが、先ほどの通りに接近戦でなら真司に軍配が上がる。

 培われた2年の経験値が彼を精錬させた。予測した魔物の攻撃を防ぎ、自身の腕で防御する。そして、必殺の攻撃を放つために、クリスタルを押し込んだ。


 「うおおおおおおお!」


 クリスタルを押し込み、黒い炎を纏った彼の拳は、綺麗に魔物の左頬を捉えて、爆散させた。

 もちろん、その爆発で教室内の人が巻き込まれることはなかった。


 『女生徒の治癒が完了した。そのまま動くな―――耳を治す』

 (ああ、助かるよ)

 『ったく、あんな無茶な攻略の仕方があるか……』

 (仕方ない。こっちも余裕はない。こんなことは今までなかったし、知らない人が死ぬより嫌なことが起こるかもしれないんだ)

 『それはそうだが……』


 彼は、自身の耳が聞こえなくても、考えるのはアリスのことだった。

 突入を断念した教室に彼女がいる。それだけで、彼は胸が締め付けられるような感覚だった。


 少し前までだったら、この教室にいる美穂を救えれば安心していた彼だが、ずいぶんと変わってしまったようだ。

 しかし、その変化に気付いている青龍は何も言わない。彼にとって真司はいてくれないといけない人物。そして、その彼が一人で壊れていく様を近くで見てきた者として、この変化は大事なことだということも理解している。


 「よし、耳は聞こえるか?」

 「ああ、ありがとな」

 「あ、あの!」


 耳が治ったことで教室を出ようとする真司。しかし、そこの担任に呼び止められた。


 「あなたは……」

 「知る必要はない。知れば、戦いに巻き込まれることになる」

 「は、はぁ……」


 そう言うと、真司はすぐさま教室を飛び出した。


 「なにカッコつけてんだ」

 「いいだろ、別に」

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