身バレ
真司が家に帰ると、家の中の重苦しい雰囲気を悟った。
いつもなら、馬鹿みたいに騒がしく迎えてくれる彼の母が、今日は出てこない。それだけではあるのだが、真司は強い違和感を覚えた。
確かに、人の気配はある。まあ、ふたつなのだが。
幼馴染のお母さんだろう。そう思い、真司はリビングに向かっていった。
ちなみに、幼馴染の母親と真司の母親は家が隣同士の仲の良いママ友だ。
「ただいまー―――だれもおらんの?」
「真司……」
「なんだ、いんじゃん。返事くらいしてよ」
「あれ、なに?」
「あれ?」
瞬間、真司の頭の中をよぎったのは、ベッドの下に隠してあるエロ本だ。
だが、それだけは死守しないといけないと思った彼は、シラをきるようにした。
「なんのこと?」
「白状しなさい。お母さんたち見たんだよ?」
「真司君、私たちに隠し事はしないで頂戴?明音さんほどじゃないけど、それでも君を長い間見てきたつもりだよ?」
「いや、知らないですね」
「ふざけるなよ!」
「ちょ、明音さん!?」
ガタンッと、真司の母―――明音が彼の胸倉をつかんだ。つるし上げはしないが、十分首が締まってしまっている。
そこで、ようやく真司がエロ本のことではないと悟った。さすがに、それの剣幕じゃない。
「なんのことだよ」
「見たんだよ!真司―――お前が、お前の姿が変わってるところを!それに爆発騒ぎが起きたほうに走っていったよな?」
「それは……(見られてたのか?)」
真司は、母親に詰められて平静を装ってはいたが、内心バリバリに焦っていた。
おそらく、あの変身した時の確認不足がたたったのだろう。
だが、それだけでは彼の母は止まらなかった。
「わかるんだよ!お前がなんとなく変わったのが!そしてなあ、なんかあぶねえことに首突っ込んでんじゃねえか。そんな予感はあったんだよ!答えろ!」
「あ、明音さん。昔の血が……」
余談だが、真司の母。明音は元ヤンのシングルマザーだ。今は、大学も卒業して、真面目にバリキャリやってるのだが、時折怒らせると、鬼のようにブチギレるときがある。
そんな母親の剣幕に負けたのか、ぽつぽつと真司がしゃべり始めた。
さすがに落ちるのが早すぎではあるが。
「他人に話してはいけない。そういう契約ではないからいいか」
「ああ!?なに言ってんだよ」
「とりあえず、一回放して。普通に苦しい」
「―――ちっ、わかったよ」
真司に頼まれた明音は、舌打ちをしながら手を放す。
解放された息子は、ケホケホと苦しそうな様子を見せたために、幼馴染のお母さんのほうが背中をさすってくれている。
「魔界の侵攻。それが突然、2年前から始まったらしい」
「2年前―――ちょうど、あんたが変わったころだね。事故にあって、水泳ができないって言われてたのに、帰ってきたら急に元気になってるんだもんな」
「俺は、体を動けるようにする代わりに、戦う運命を背負った。簡単に言うのなら、それだけ」
「ちょ、ちょっと明音さん。真司君が恥ずかしい中二病を……」
「穂香、ちょっと黙ってな」
「あ、はい……」
「それで、契約は誰としたんだい?」
その質問をすると、真司は席を立ち、窓際に立った。
なにをするのかと思えば、窓を開け放ち、風が思いっきり入ってくるようにし、カーテンで自分の姿を隠してから言う。
「聞くより、見たほうが早い。ビビんなよ。おばさん」
「明音さんは心配しないの?」
「そんなタマじゃないでしょ、うちの母さん」
そうして、カーテンの波が止み、もう一度姿を現した真司のそばには―――彼女たちにとって、それこそフィクションでしか見たことのない姿。龍の姿がそこにあった。
「な、な、な、な……!?」
「穂香うるさいよ。真司、そいつと会話できるの?」
「できるよ。一応ね」
「む……我をわざわざ呼んだのは、真司の母親と話をするためか?」
「逆にそれ以外なにがあるんだよ。見てたろ。とぼけんな」
「わかったわかった。改めて、我は真司と契約した青龍だ」
「そうかい。それで、契約ってなんなの?」
「わかりやすく説明するとだな―――」
青龍が話したのは、まず事の顛末について。
魔界の侵攻。それが始まったのは、2年ほど前のことだが、この世界の文明自体は昔から見つかっていた。
はじめは、なにもないと高をくくってみていたのだが、目覚ましい速度で進化を続ける人類に魔界の民が恐怖を覚えた。人類のこれ以上の進化の果てに、魔界の脅威になることを恐れたのだ。
人類の魔界への侵攻が始まる前に、あちらから支配してしまおうという動きが活発化し、最後には王の交代によって、侵攻が始まった。
だが、ここで真司と契約した青龍は、魔界にいたころに反逆の大罪を犯すことになる。
そこの詳しいことを、青龍自身は口にしなかったが、それのせいで魔界を追われ、傷だらけになっているところに、真司が現れたとのことらしい。
「契約の内容は、我が体を使えるようにするから、代わりに戦ってほしい。ただ、これだけだ」
「本当かい?」
「ああ、青龍の言葉に嘘はない」
「そうかい……にしても、2年か―――」
「―――真司、限界だ。これ以上は外にいれない」
「わかった。あとは俺が話す」
青龍が限界とのことで、真司の体に戻っていく。
残された三人の間には、少し気まずい空気が流れていた。
「ていうわけなんだ。別に、俺には戦わない選択肢もあった。でも―――」
「―――話を聞いたからには、見過ごせなかった。だろ?」
「……その通り」
「ふん。やっぱり、あんたは私の息子だ」
『真司……魔物だ』
突然、頭に響く声。話の途中であっても、容赦なく響く様に少し動揺が出てしまったのだろう。
何かあったことは、すぐに母親にバレてしまう。
「戦いの行くのかい?」
「……ああ。悪いけど、行ってくる」
「生きて帰ってくるんだよ。ごはん用意してるから……」
「真司君……美穂、呼んどこうか?」
「いいですよ。あいつにもそろそろ彼氏ができるでしょ?無理に心に背負わせることはしたくないです」
「彼氏……なんのこと?」
「水泳部の―――俺と違って、大会でも成績残してるやつと、最近すごく仲がいいみたいですよ」
「ちょ、ちょっと待って―――」
彼が気になることを言ったので、制止しようとする幼馴染の母親の穂香。
だが、真司は自身の母親のことを一度見てから、背中を向け、開け放った窓から飛び出ようとしていた。
「じゃあ、行ってくるよ母さん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
窓から飛び去って行った真司を見届けた二人は、再び会話を始めた。
「明音さん、あれでよかったの?」
「反対しても駄目さ。私の息子だよ?私が一番よくわかってるんだ」
「でも、あんな突拍子のないこと……」
「信じられないか?」
「じゃあ、なんで明音さんは……」
「息子のこと、信じてるんだよ。あいつは嘘をつくこともある―――でも、こうと決めたら絶対にやる。そんな目を、さっきもしてたんだ。だったら、私はあいつの帰りを待ってるしかできないもんさ」
明音の子育ての仕方。それは間違っていない。
才能を開花させながらも、崩れ去った夢のために腐っていく我が子が、人のために立っている。
それをなぜ否定しなければならない。
明音もわかっていた。魔界の侵攻。みんなを守るために戦うしかないと言われたら、自分だって戦う道を選ぶ。
「真司……」
「明音さん、心配なんでしょ?」
「私はいつだって、息子のことが心配だ。穂香、お前は違うのか?」
「まあ……そうね。美穂も彼氏ができそうって聞いて、思うところはあるけどね。真司君に距離を感じて、傷ついてたのに―――」
「女子高生は、恋愛しがちというものなんじゃないのか?」
「うーん……なんか勘違いがありそうなんだよね」
「証拠は?」
「えっとね―――女の……ううん、母親の勘ってやつかな」
「私は、昔からお前のそういうところが羨ましいよ」
「そう?私は、子供のことを理解できる明音さんのことが羨ましいよ」
そんな会話をしながら、二人は真司の帰りを待つのだった。