AGITNATION AND ANXIETY
「よかったの?」
「なにがだ?」
「その、あの人をゾンビの中に突っ込んで……」
「アリスはいなかったから知らないだろうけど、奴はゾンビを手下として使役する場面も見られた。まあ、正確には、奴とともにゾンビたちが俺に襲い掛かってきただけだが」
「あの人はゾンビに狙われないってこと?」
なぜかカメレオンの心配をするアリスに、真司は肯定の意をもってうなずく。
しかし、彼女がそこまで相手のことを気にするさまがよくわからない。
それを彼が質問にすると―――
「やっぱり彼氏が本意でないとしても、命を奪ってしまうことが辛いから」
「まあ、殺人鬼が傍にいるのは辛いな」
「ううん……あの時の真司、苦しそうだったじゃない。見てられないくらいに」
あの時、というのは旅行の際のことだろう。
確かにあの時、彼はアリスと体を重ねなければひどい状態になっていただろう。
恋人や近しい人はいらないとしていた前までの彼なら、おおよそこの場には立てなかったくらいのもの。
その姿がどうしても見えてしまうのだろう。アリスは、そんな状態で彼がつぶれてしまうことを危惧していた。
彼女が体を重ねた行為は、あの時にこそ彼にとって有効な手段ともいえた。しかし、今はそうでもないはず。
あの時は、彼にかかっていたブレーキを一つだけ外しただけのこと。張りつめていた彼の精神状態を少しだけ緩和したようなもの。
(あたしの初めてを彼を救うための手段―――みたいないい方は嫌だけど……今は私との肉体関係に対して、遠慮しているところは少ないのよね。あとは、ゴムを外すとかする頻度を増やすとか―――いろいろあるけど、たぶん真司は譲らないでしょうね)
と、そんなことを考えながら真司の後ろをついていくが、当の本人はもう一人の人物―――南篠と話していた。
「ああ、やっぱりあんただったのか―――一時期、DBT?の特殊スーツの装着者の動きが違う時があったからな。あの時のか」
「あの時は失礼しました。あの時の私は、何も見えていなくて、誰を相手にしなくてはならないのかわかっていなかったんです。銃口を向けてしまったこと、深くお詫びします」
「いやぁ……そうされると弱いな。あれに関しては正体を明かさない俺も悪いしなあ……責める気は元からないんだけど、あなたはあなたの仕事をしただけ、って言うと上から目線感もあるしなあ―――どう答えたらいいのか……」
「いいですよ、そんなことは気にしなくて。あなたはデモニア―――あなたの言う魔物の殲滅における第一人者なのです。もう、粗雑に扱っていい人じゃないんですよ」
「あんた、俺のこと報告するつもりじゃないよな?」
「そんなことはしません。そんなことで出世しなくとも、私は優秀ですからね」
「―――そうだな。まあ、この場にいるのが英断なのか愚断なのか知らねえけどな」
そうして、彼らはゾンビの第二波を乗り越えたのだった。
「そういえば、アピス?っていうのはどうしたの?」
「先の戦闘から姿を見てないな。この地域にいるのはほぼ確実だろうけど―――奴は腐ってもエルダー級だ。青龍の探知に引っかからないんだ」
「そう……早く終わるといいわね」
「だな……」
戦いの終結こそ望むが、南篠は同意しかねた。
なぜなら、終わったと手放しで喜べない可能性があったからだ。
(警察は千葉県全域を封鎖している。本当に彼らがここから出ることができるのか……いや、それは私も同じことですね。おそらく、警察は千葉県をゾンビの町として、そこから出てくる人間はすべてゾンビの感染の疑いありと殺すことを正当化する可能性もありますね)
南篠のその考えは半分当たっていた。
政府の見解は、今すぐにでも千葉県を焼却し、ゾンビウイルスの早期解決をうたっている。もう、この街に生存者はいないものとして。
それを乗り越えられるのは、真司と伊集院の二人が鍵となる―――かもしれない。
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「ぐっ……」
「どうしたの?」
「いえ、少し意識が飛んでいただけです」
「大丈夫なの?安全装置を付けているとはいえ、V4はあなたの体の危険域まで酷使することになるの。だから、あなたの限界が曖昧になるのよ―――だからちゃんと報告して」
「大丈夫です―――少し休めば治りますから」
「そう?なら、いいのだけれど……」
そんな二人のやり取りを、保護された高校生たちが見ていた。
何もできない自分たちにやるせなさを感じるが、それ以上に自分たちは帰れるのかどうかが怖い。
なぜかスマホは圏外で通じず、空港近くなのにどういうことだよと揉めたのは最近のこと。その実、政府が千葉県に広がるネット網を遮断するように命じたのだ。
かなり早期の段階で通信を封じられ、ゾンビの情報や千葉県封鎖の情報は該当地域にのみ伝わっていない。
かなり厄介穴ことではあるが、今回の対処はどこからか圧がかかり誰の反対も押し切ってしまっていた。そのせいでデモニアの協力者が人類側に―――それも政府にいる、と陰謀論が巻き起こっている。
だが、それを知るすべは今のDBTにはない。
ほぼ命令無視の出動に、いてはならないはずの地域にいる。
警察的には、見捨ててもいい部署なのだ。なんせ、必要なものは手に入れている。
彼女―――渡辺がいなくなったことで、セキュリティの突破にかける時間に余裕ができたのだから。
もう外の世界は新たなヒーローが生まれているのかもしれない。
「あ、あの……」
「なに?一応、機密情報もあるから、こちら側にはあまり来てほしくないのだけれど」
「わ、私たちにできることはないですか?」
「唯咲さんよね?あなたたちにできることはないわ。大して能力もない高校生に期待はしてないわ。そもそも、一般人を巻き込むわけにはいかないのよ」
「でも……!」
「でももだってもないわよ。あなたたちにできることはない―――これ以上無駄な質問はしないで」
渡辺からの一喝を受けて、美穂はとぼとぼとみんなの元に戻る。
他の者も何かできないかと思っていたが、そういうわけにもいかなそうだった。
しかし、そんな彼女たちに伊集院は言った。
「私たちはあなたたちを守る義務があるんです。だから、ゾンビたちを殺せます。ですがあなたたちにはないんですよ。義務も責任も―――そんな状態で人を殺したという事実を突きつけられれば、たぶん……」
みなまで言わずとも理解はした。
それでも、なにもできない自分たちに歯がゆさを感じるのみだった。