UNILATERNAL ATTACK
「またお前か!」
「お前、そんなしゃべり方だったか?」
「俺は、前からそうだ。お前なんかにわかるわけないだろうが!」
「そうか―――なら死ね」
真司は軽くそういうと、取っ組み合いの形から無理矢理拳を出して顔面に当てる。
冷徹な攻撃だった。今までの真司との戦いとは何だったのか、そう思えるほどに容赦のない一撃だった。
顔面が凹んだんじゃないかという感覚に襲われながらも相手は無理にでも後退する。
「なんだ……今までの攻撃とレベルが……」
「人間かもしれない相手に本気で殺しにいくわけないだろうが。だが、お前たちは手を出してはいけない領域に足を踏み入れた。少なくとも、俺が生きている目の前で人間をゾンビに変えることは許さない」
「うるさい!アピス様のために!」
真司は努めてアリスとなにか個人的なつながりはないように保つ。表面的であっても、相手に弱みを見せるのはまずい。相手出がどう出るかもわからないうえに、少し調べればアリスの日本での友人関係が狭いために、真司のことがばれるのは確実だろう。
まあぶっちゃけるなら真司の顔は魔界側に割れているはず。
狙ってこない時点で、何かの狙いを感じるところではあるのだが。
「もう一度聞くぞ―――あの、ゾンビ化が人を救う算段になると、そう言うのか?」
「無論だよ。人が人を超え、進化する。ゾンビ化はその兆候だ」
「そういうことか……確かに論理的には進化といえるかもしれないな。だが、見過ごせないレベルの犠牲が出るな」
「必要な生贄だ」
「やっぱお前、この間戦ったやつとは別人だな?おそらく、あの時の俺の言葉に惑わされて、契約主の精神状態に揺らぎが出たんだろうな。とりわけ、お前が契約した魔物―――カメレオンなんだろう?」
真司がそう指摘すると、相手はその通りだと笑い始めた。
はぁ、と彼は面倒そうにため息をつく。
その様子を見たアリスが、後ろから質問を投げかけた。
「真司、進化って……」
「ゾンビ化は確かに進化の過程だった。こいつの発言が正しいのなら。ただそれが魔界にとって何のメリットがある?―――ゾンビ化によって何十万人も何億人も殺すんだ。だが、ゾンビ化は半分生きている状態だ。それゆえに、肉体組成は変化を続ける。傷ついたり、疲労をためたり。とにかく、肉体への負担があるんだ。生物としてのな」
「そうか、そういうことか!」
真司の言葉に南篠は理解を示した。
さすがに優秀な警察ということもあって、見識が広く、真司の考えていることも汲み取ることができた。
「南条さん?」
「人間の死への適応―――いや、死を超越した人類の進化系……ですが、それでは」
「星をつかむような確率だ。出るかもわからない。そんなレベルのものを実践すれば、確実に犠牲者の数は、数えるのも嫌になるくらいのものになる」
「確かにあなたの言う通り、これは見過ごせるレベルではない」
「だが、気になるのは、なぜエルダー級の魔物の力でゾンビ化のパンデミックを起こした?いや、そのレベルの力じゃないと、人をゾンビにできないのか?」
「違うぞ」
真司の考察にカメレオンが水を差す。
対して、答えを指し示すように言葉を紡いでくる。
「死とはなんだ?」
「生物の機能が停止した時だな」
「だが、たとえ脳の機能が完全に停止しても、蘇生することができる世になれば、死の定義は変わる」
「確かにその通りだ」
カメレオンの言う通り、そんな世になれば脳死は死ではなくその奥にある死のプロセスがデッドラインに代わる。つまり、脳死判定を受けても、そこは生存しているということになる。
確かに、死の定義とは曖昧ではある。
「死を超越し、人を超えた存在―――それは人間か?」
「……」
「否である―――死を超えた、新たなる“魔物”の登場だ。ゆえにこそ、一種の種を生み出すレベルの力が……エルダー級の命が必要なのだ!」
「無茶苦茶だな。じゃあ、あのアピスは……」
「死んでいる。しかし、即身体となったアピス様は、これから進化する人間の姿そのものだ。恐れおののき、崇めるがいい。お前たちの神は、あれほど嫌っていた異形の怪物だ」
「はぁ……あれが人間の成れの果て―――趣味が悪いな」
そういいながら彼は相手に向かって殴り掛かる。
しかし、カメレオンは機敏かつ珍妙な動きでそれを避け、もう一度距離をとるように動いた。
おそらく、今の彼に近接戦を仕掛けるのが地雷だということを理解しているのだろう。
だからこそ戦法を変えたいところだ。だが、遠距離を扱えるメイズは先刻の暴走を考えると、アリスたちがいる場では使用しづらい。
(なら、こっちだよな)
考えながら、彼は剣を投げ捨てて自身のクリスタル手をかけた。
「悪いがお前たちの狂気じみた道楽に付き合うつもりはない」
「だからなんだ?私を倒せても、契約した人間が死ぬだけで、倒すこともできない。元凶であるアピス様も倒していないから、ゾンビ化も止まらない!時間をかけるだけ無駄だ!」
「わかってる。わかってるから、時間をかけるつもりなんて最初からないんだよ」
言葉がカメレオンの耳に届いた瞬間、その視界から赤き姿が消滅した。
次の瞬間に、真司は相手の背後に現れる。
その腕には、すでにブレードが展開されており、体も青色に変化していた。
「なっ!?」
「変異種がどれほどの力を持っているかは知らない。だが、やはり四神のレベルには遠く及ばないようだな」
彼がそう言うと、すぐにその意味が分かる現象が起きる。
本当に数秒経った。真司が姿を変えてもう一度現れた時には、その結果が訪れたのだ。
だが、カメレオンはそんなこともつゆ知らず、真司の一瞬の隙をついて攻撃を仕掛けるために走り出す。
思いっきりこぶしを握り、踏み込んでから攻撃を仕掛けたのだが、その手が彼に届くことはなかった。
ズシャァ!
突然、相手の胸にX状に傷がついた。
致命傷ほどではないが、動きに支障が出るほどの深い傷。それに“気付いた”瞬間に、カメレオンは一瞬後ろに戻る。しかし、真司の速度からは逃げられなかった。
またも視界から消えたかと思ったら、今度は相手の目の前に現れる。
「今は失せろ―――中の人間まで殺すようなことはしたくない」
「くっ……この、人間風情が!」
相手が何かを言っていたが、真司に届くことはなく。
カメレオンは無情にも彼の蹴りで、外に見えるゾンビの中に消えていった。