WORST CASE SCENARIO
「とりあえず、これだけの人数を救えたのは御の字ってところかしら?」
「渡辺さん、さすがにその言い方はどうかと思います。彼らにも、失った友人はいるんですよ?」
そういって伊集院はトレーラーに乗せる形で避難させた高校生たちを見る。
話はすでに聞いていて、彼らが水泳部であることがわかり、墜落した機体に臨時で入っていた講師の人が乗っていたという。
その光景を見るだけでもショックだというのに、友人も数名犠牲になっているらしい。
しかも、そこの全員が部員であるがゆえに、全員顔見知り―――最悪の状況ともいえるだろう。
その中で、ひときわ悲哀な表情をしている人物がいた。
それは部のマネージャーらしく、なんでも男運に恵まれない人物らしい。
彼女自身は、健気で可愛らしいが、彼女の近くにいた男子二人はどちらも部をやめてしまうという徹底ぶり。
しかも、彼女は何も悪いことをしていないとのことだから、よけい同情するレベルだ。
そして、そんな彼女が悲哀の表情をしているわけは、これまたわかりやすい。
その男の一人―――彼女が本気で好きだった男が、空港で会ったきりだということだ。
今ここにいないということは、空港内に取り残された可能性が大きい。
そうなれば、ゾンビ化していないほうが難しい。あの状況では、普通は助からない。この高校生たちも運が良かっただけだ。
彼らもまたゾンビになっていてもおかしくないのだ。
「皆さん、とにかく落ち着いて聞いてください―――とりあえず、空港での危機を脱することはできましたが、現状、我々は千葉県から出ることがかまいません。この件自体がゾンビに侵され、誰がそうなっているかもわからないこの状況では、他の場所での無駄な被害を防ぐために、ロックダウン措置が取られています」
「ロックダウンって……」
「私たち、家に帰れないってこと?」
伊集院の言葉に彼らは戸惑うが、すぐに答えが出るや否や落胆や帰してくれと懇願する声がきこえてくる。
しかし、伊集院も仕事である以上、真面目にかつ冷淡に言う必要があった。
「国からはあなたたちもゾンビなのではないかという疑いがかけられています。このままバリケードを強硬突破しても、実験台にされるか、それに近いレベルの検査を受けることになると思います」
その言葉は半分脅しだった。
そこまでの憲法違反を国が進んでするとも思えなかったが、この状況では法が機能しなくなることは、これまでの歴史が示している。
最悪の状況を見据えたことによる最悪の想定。
しておくに越したことはないというわけだ。
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「仲間はいないのか?」
真司がそういうと、南篠は何でもないことのように答える。
「あの飛行機の墜落を見て、こちらに駆けつけてきましたから。単独で急いできたために、私一人ですよ―――まあ、この状況を見る感じ、この国はこの場所を見捨てたみたいですけどね」
「まあ、来ないよりマシだよ。アリスだって、助けてもらったみたいだし」
真司の言う通り、南篠が駆け付けなければアリスは今頃ゾンビになっていたし、真司の体も運ぶことができなかっただろう。
確かに来ないよりマシではあった。
しかし、来たからと言って状況が好転したとは言いづらい。
結局彼の恩師もゾンビになり、幼馴染も行方が知れない。
「はぁ……このまま戦って、どうにかなるのか……?」
「だ、大丈夫よ、真司……」
「アリスにしては珍しい楽観だな。千葉県に何人人がいると思ってる?それを全員殺せってことがどういうことかわかるか?」
「そ、それは……」
「肉体的には疲労こそあれど、心が持たない―――アサルトになったのは、そういう救いなのかもな……」
どこか遠い目をして真司は言う。
アリスはそれにこたえることができない。結局、戦う力を持たないアリスは、真司の応援しかできない。
「嫌なら逃げても構いません―――私一人でやります」
「はぁ……あんたが無理して動いてどうする。俺がやるしかないだろうが。最高効率でゾンビを殺せるのが俺なんだから」
prrrrrrrrr
突然、南篠の携帯が鳴った。
本部からの何かしらの報告かと思い、急いで画面を見ると、そこに表示されたのは―――
伊集院の携帯だった。
「もしもし、捜査一課の南篠です」
『あ、南篠さんですか?伊集院です―――少し頼みたいことがあるのですが』
「なんでしょう?」
『本部のほうに子供の保護を掛け合ってほしいんです。実績とそれにたる信頼のある南篠さんの意見なら聞きいれてくれるかもしれません』
「……確かに、私の意見なら聞きいれてくれるかもしれませんね。ですが、それはできません」
『なっ!?どうしてですか!子供たちの身の安全が最優先でしょう!』
伊集院に怒鳴られた。
初めての出来事とではあったが、南篠には何でもないこと。
電話の後ろのほうで渡辺の「期待するだけ無駄よ。あの男は自分の身が一番大事なのよ」という嫌味が聞こえてくるが、それも真に受けることはない。
「心外ですね。私もできることならそうしたいですよ」
『はぁ……代わって!あなたの戯言はどうでもいいのよ。とにかく、子供たちは感染状態にないことは簡易的に検査した、と本部に伝えなさい』
「そうですね―――私が本部にいれば信用してもらえたでしょうね」
『待って、あなた今どこにいるの?』
「私は今、空港にいますね―――そうですね、下の階ではゾンビたちがうろうろしてます」
『なっ!?馬鹿じゃないの!あなた、なんでそんなところに―――もしかして一人なの?』
「違いますよ。ですが、私はこの戦いの本質により近づけました。私も私のやることを決めていますので、それでは」
『あ、ちょ、待ちなさい!』
そういって電話を切ると、南篠は彼に声をかける。
「戦いましょう」
「言われなくてもやるつもりだ」
「私が責任をもって彼女を守ります―――といっても、なかなか難しいものです。援護に回りたいですが……」
「必要ない。俺が何をしでかすかわからない―――偶発性の高いアサルトの存在も無視はできない。できるなら、高い位置から状況を俯瞰してみて、伝えるといった状h豪戦術が好ましい。戦いは俺一人で十分だ」