LOSS OF CONSCIOUSNESS
相手が警察ということもあり、少し強めに当たっている真司だったが、そろそろ粗暴な男という仮面がはがれ始めていた。
精神的に持っていかれるのだ。
普通ならえぐれないはずの場所がえぐられているような感覚。普段から丁寧口調で話しているわけではないが、年上たちに敬語を使えないほど幼稚でもない。
だが、彼にはぬぐえないのだ。数は少ないとはいえ、自分が攻撃対象にされたことを。一度でも彼を敵と認定した警察のことを。
少しでもそういった隙を見せれば攻撃を仕掛けてくるのではないかと。そう思ってしまい、強気な姿勢を崩せない。だが、ネガ優しい彼であるがゆえに、人にそう当たるのを好まない。
彼の思う以上に精神的な負担が大きかったようだった。
だが、それを察してくれる相手でもなく、話は進むばかりだった。
「というわけで、私たちはこの空港で籠城をするしかないわけですね」
「それはわかったけど、どうするんだ?この状態が長引けば、必ず政府は強硬に出る。使わない使わないと掲げても、そういう時が来たとき、使う可能性は考えられる」
「核……ですか?」
「ああ、この状況―――抑止力ではなく、未知の敵を一掃するための口実になる。魔物はこれまでたくさんの犠牲を出してきた。なればこそ、仕方ないのことと国民も割り切ることができるかもしれない。まあ、事実として今人間が持っている戦力の中でまともにやりあえるのがそれくらいなものだ」
そういうが、魔物に有効な兵器は以前にも出てきている。
今は真司も知らないが、V4システムというものも存在している。しかし、それらすべてがエルダー級以上の魔物に対して決定打になることはない。
結局、この国がどれだけ頑張ろうと、さし有的な決戦戦力を持つのは真司だけということだ。
「では、次の疑問はなぜデモニア―――あなたの言う魔物が日本にしか現れていないのか、ということですね」
「正確には海外にも出現している。だが、魔界と人界をつなぐ扉が関東域に集中しているんだ。だから、都市近郊での襲撃が相次いでいるんだ」
「では、なぜその扉が?」
「集中している理由は知らない。だが、今は倒すこと以外を考える余裕もない」
そういって話を終わらせるが、南篠もしかり全員の府には落ちない。
結局、魔物が人界を侵略するために動いていること以外は対してわからない。人類の歴史になにか関与がありそうだが、それ以上のこともわかっていない。
考えるだけ無駄な状況に―――
「……ぐっ!?」
「真司……?」
急に真司が頭を押さえながらうずくまった。
さすがの痛みに耐えられなかったのか、彼の意識はそこで落ちた。
しかし、真司の体は確実に動いていた。
「魔界の扉―――そう称されるものは、魔界と人界をつなぐために必要なものだ。この扉にもいくつか種類が存在し、その特性によって使える魔物の必要等級が高くなる。現状、最も必要等級が高いのは、時空を超える扉―――この扉は、数年前にとある魔物が通り、そして封鎖したがな」
「し、んじ……?」
「あなたはいったい誰ですか?」
南篠とアリスは真司の異変を感じ取り、少しだけ距離をとる。
明らかに目の前の人物は真司ではない。だが、それ以上に明らかに有益な情報を持ってきている。
「魔界と人界は表裏一体―――関東の地に扉が集中しているということは、魔界のその場所にも扉が集中しているということ。つまり―――」
ドサッ
大事なことを言いかけた瞬間に真司の体は倒れた。
こと切れたかのようにいきなり倒れた姿にドン引きするが、アリスはいち早く彼の体を抱きとめた。
「今……俺は?」
「覚えてないの?」
「アサルト状態になるときに似ていた。何か違う存在に意識を無理矢理沈められる感じだ」
「正直、今の話、もう少し深堀したいところですね。ですが、そう簡単にもいかないみたいですが」
そういって南篠は席に座る。
今の一瞬で大事な情報が出た。だが、それが誰のものか何もわからない。発信源がわからないために、そのすべてを信じていいのかわからない。
「青龍……」
『なんだ?』
「っ……!?り、龍!?」
「うるせえよ。俺と行動を一緒にするのなら、こういうのは慣れとけ―――今の俺の発言、聞こえてたか?」
『お前もわかっているだろう?我もアサルト状態の時の意識保持は難しい。しかも、戦闘状態とは違って、今は特に油断していた。完全に乗っ取られたわけだ』
「そうか……アリス、どんな話か覚えてないか?」
「え、う、うーん……魔物の出現が頻出する理由は魔界の扉が都市近郊に集中しているからって話したじゃない?集中している理由は、魔界と人界は表裏一体だって……」
「どういうことだ?」
『魔界にも魔王の統治する世界の首都ともいえる場所がある。我にはその正確な位置を把握できるわけではないが―――』
「できないのか?」
『力が足りない。四神の力がそろえばあるいは、かもしれないが―――しかし、アリスの言う話が本当だとするのなら、関東近郊に魔物出現が頻発するのは、もしかしたら魔界の同座標位置に魔王が存在しているということになるな』
「もしかしたら、魔王はこっちの世界にいたりしてな?」
『……笑えないな。そうだとするなら、この世界はとうの昔に終わっている。魔王は神などという次元をゆうに超える存在なのだ』
その言葉に、場にいた全員は息をのんだ。
しかし、それぞれの思惑は違う。
そんな強大な存在が責めてこようとしてきているのかという恐怖
そんな強大な存在に勝負を挑もうとする己の愚かさ
そんな強大な存在に一人で立ち向かわせなければならない罪悪感
思いは違えど、全員が危機感を覚える。
「まあ、戦慄してもなにしても戦わなければならないのならやるしかない。お互いに譲れないものがあるから、戦争が起こるんだから」
「こわくないのですか?」
「怖かったら、とうの昔に自殺してる。戦いから逃げたいのなら、手段なんていくらでもある。それをしてこなかったのは、結局守りたいものを譲れなかったからだ」
そういう真司の目には固い決意が見えた。
だが、それは大きく歪んだ思いにも見える。その危うさに気付けるのなら、人はきっと争いなどしなかった。
しかし、魔界は止まらない。
何千も何万年も―――はたまたそれよりもっと前から続く、呪いのような戦争なのだから。