KEY TO HERO
「ここは……?」
真司が目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。
倦怠感が彼を冷静にさせ、自身の置かれた状況を理解しようと頭を動かす。
「先生がゾンビになったのを確認してから―――はぁ……意識がなくなったみたいだな。暴走状態なら、俺は先生を殺したのか?あまり気は進まないが、どうしようもないか……」
そう言って割り切ろうとするが、簡単なことではない。
確かに、彼の意識がある状態で殺せという方が残酷だろう。だが、殺されることがどうしようもない状況であると、相手がわかっている状態なら、せめて真司の意識を持ったまま彼自身の手で殺されることを望むだろう。
どうしようもないその状況で、一番大切な人に手を下してもらいたいというもの。
無論、助けられればなんの問題もないのだ。
だが、そうアニメや漫画のようにうまくはいかない。あのゾンビ化はある意味で人間が魔物になるようなもの。
一度粉々に壊してしまったものを直すことはできない。できるのかもしれないが、それが当の本人に戻る保証もない。
そんなことを考え、実行する暇があるのなら、真司は魔界の侵攻を止めるために直接魔界に飛び込む方法を考えたほうが有意義であると言えるくらいに難しいことなのだ。
「青龍―――状況は……?」
そう問いかけるが、返事はない。
というより、いつも自分に身についている力を感じない。
「本当に、ここどこだ?」
そんな疑問を口に出しても、答える相手はいない。
彼がいる場所は、荒廃した砂漠でも汚れた水の中でもない。ましてや、平和な社会の中にいることもない。
ただ、周りは真っ黒でなにも見えなかった。
なにも感じない。なにも得られない。なにも、聞こえない。そんな空間が―――
「ぎっ!?―――なっ!?」
音もなく、ただ足に痛みが走った。
それに気づいた瞬間、彼の足はなにかに引っ張られるように吹き飛んでいき、体もそれに連動して動いていく。
(ぐっ……この感覚―――射撃か?)
なにかに撃たれたような感覚。
しかも、それは一発で終わらなかった。
なんどもなんども彼の体を襲い、足や腕―――しまいには胴体にも打ち込まれた。
だが、それらのすべてに痛みはなく、撃たれた衝撃のみが伝わってくる。衝撃によって、驚きも連なり、痛みがあるように錯覚したが、冷静になり彼はその違和感もすぐに感じ取ることができた。
すぐに持ち直し、彼は臨戦態勢をとる。
おそらく敵は、なんらかの手段で青龍との契約の意図を切断し、見知らぬ土地に飛ばしてくるような存在だ。
厄介なことは間違いないが、それ以上に青龍との契約を切れるような魔物は限られている。それこそ、魔王レベル。
そんな相手に勝ち目があるのかと言えば、ないと断言できてしまうだろう。だが、邂逅した以上はやるしかない。
弾は四方八方から受けている。
それこそ、場所を絞られないようにだろうか。ただ、そうするということは近づかれたくない証拠でもある。
派手に動いて、弾幕が止んだタイミング―――意図なくして詰められた距離にあぐねている方向。それが奴のいる場所だ。
そう思って彼は走り出そうとするのだが、想定外のことが起こった。
「ぐおっ!?」
視界がいきなり回転し、背中が地面に叩きつけられるような感覚に襲われる。
(近接戦……?マジかよ!)
完全に想定外―――近接戦は苦手な部類にあると、そう勘違いしていた。
だが、むしろこの動きは―――
「慣れてやがるな!」
彼は絶叫しながら、自身を押さえつけるものを殴りつける。
フルスイングで腕を回し、どうにかこうにかしようとするが、うまくいかない。
そうこうしていると、押さえつける力が段々と頭の方に向いていき、その力が地面に対して平行に近くなった瞬間に彼は猛スピードで背中を削られながら動き出した。
背中に走る激痛に耐えながら、なんども殴りつけるが相手は止まらない。
「クソ……ったれが!」
なんとか気を張らせて右足を振り上げた。
すると、その勢いの方向がよかったのか、彼を押さえつけていた力が進行方向に飛んでいき、彼は苛烈な攻撃から解放された。
そんな真司は、一目相手を見てやろうとすぐに立ち上がるが、正体を見て絶句する。
「グルルルル……!」
黄色の風貌に、身に着けたごつい銃。
そして身にまとった獣らしい爪とボロボロのマント。
簡単に言うなら、アサルトメイズ―――暴走した状態の彼だった。
失った自分が自分を襲う。
あの力を使えば使うほど、自分が自分でいられなくなることを揶揄しているようにも見える。
ある意味で誰かの警告のようにも捉えることができた。
「それが俺の結末だと?」
『そうだ……』
「……っ!?誰だ!?」
目の前の自分からじゃない場所から発せられる声。
どこからともなく聞こえるその声は、聞き覚えがあるものの青龍とは違うものだった。
『お前は人だ。人であるがゆえに、進化する』
「だからなんだ?適応できないものが死を、適応できた者のみが生き残り種を繁栄させる。それが進化ってもんだろうが」
『人は人の領域を出てはならない。たとえ覚悟を決めようと、それを破ってはならない』
「じゃあ、誰が魔界を止めるんだ?お前たちが止めてくれるのか?」
『我ら四神が一つの力となれば、大いなる力の鍵となるだろう』
「鍵……?力そのものじゃないのか?」
『人は人であればいい。そんな力の解放を、我は認めるわけにはいかない』
ふざけた物言いだ。
何も伝えないくせに自分の意見は通そうとする。
気に入らない。ただ、その気持ちだけが彼を突き動かした。
「人は力を望み、発展してきた。今の俺もそうだ。最後の目的―――魔界の侵攻を止めることには、その大いなる力が必ず必要になる。人が人であるために力を貸せないと、そう言っている余裕なんて本当はねえんだろうがよ!」
『血を持たぬものにこの力は扱えない。死で代価を払い、破滅を持って終わるだろう。その資格があると、そんな保証はない』
「死んだら全部終わりだろうが……みんなが望む明日に―――笑って過ごせる家族たちがいるのなら、俺はどうなっても構わない。死でもなんでもかかってくればいいさ。俺は恐れない。屈しない―――諦めない」