転校生が温かい
「昨日の魔物だな」
「そうだ。おそらくあれだけの兵力を投入して成果をあげられなかったから、魔王にどやされたんだろうな―――いや、魔王と言うよりもロードか?」
「また知らない単語が増えた……」
「説明は後でする。早く片付けなければ」
話し合う真司たちの視界の先には、昨日の魔物の軍団に日本の自衛隊が応戦しているところが見えていた。
昨日夜の放送で、国が魔物に対し、兵力をあげることにやむをえないとの判断を下したのだ。
しかし、あの相手に自衛隊程度―――正直なところ、真司には不満しかなかった。
「あれはなんだ?あんなおもちゃでは魔物に攻撃は通らないぞ?」
「兵力をやむを得ないと言って、出すのが自衛隊か……判断が悪いな」
「む……?あれ以上の戦力があるのか?」
「ある……だが、街中で使うのに、国民の反発があるのを恐れているんだろう」
「面倒だな。さっさと出して結果を出せば黙るだろうに」
「そういうわけにもいかねえんだ。そういうところの判断が早くなる王政はこういう時に真価を発揮するけど、民主制の日本において、ここの判断がすさまじく遅いんだ」
「なら、王政に……」
「無理だな。この国の人間が反発するだろうから、国家として体制を保てなくなるのは必至だ。まあ、その前に意見が棄却されるだろうけど」
自衛隊たちが頑張って攻撃をしているが、魔物たちにはたいしてダメージを与えられていない。
当然と言えば当然だ。あいつらにライフル程度じゃ、装甲を突破できないはずだ。唯一、零距離のショットガンならいけるかもしれないがな。
―――そんなものは自殺行為だ。
「まだ、侵入は終わらないのか?」
「我にも難しいことはある。知らない技術に入り込むには時間が必要なのだ」
「早くしてくれよ」
かくいう真司は、メイズになり超遠距離から青龍の作業の完了を待っている。
早く手を打たなければならないが、さすがに軍事兵力のど真ん中に突っ込んでも分が悪い。
魔物と違い、中身が人間の真司はライフルでも普通に傷つく。装甲を貫通しなくても中に響くのだ。
その間にも、どんどんと自衛隊の人たちの命が消えていく。さすがに一般兵ではなく訓練されている方が来ていると思うが、それでもこのザマだ。
早くしなければ、真司が突っ込んでしまう。
「よしできた!早く人間たちをその場から離れさせるんだ!」
「ふぅ……まるで自分の作戦のように―――自衛隊全体に次ぐ、今すぐ目の前の魔物たちから200メートル以上の距離を取れ。繰り返す―――」
そうして、真司は青龍にジャックさせた無線通信に割り込み、自衛隊に語り掛ける。
あちら側は、急に知らない声が聞こえて意味不明なことを言うので、軽くパニックになっている。
『そちらは何者ですか?』
当然と言えば、当然の質問。それが無線越しに真司の耳に入ってくる。
しかし、その正体を彼は明かすわけにはいかない。本名を明かすのは論外、なら自分が魔物と戦うものと言うか?―――それも駄目だ。今は真司に対する世間の意見が、二分化されている。
ここで下手に敵認定されるわけにもいかない。
「それはそちらが知ることではない。それより、早く下がらなければ―――巻き込まれるぞ」
『……っ!?そ、総員退避!退避―っ!』
なにかを感じ取った相手は、すぐさま自衛隊の隊員たちを下がらせる。200メートルと言わずに下がれるところまで下がってくれたので、彼ら敵には上々だ。
「行くぞ、青龍」
「ああ」
彼は、自身の手に握られた銃にクリスタルをかざす。すると、銃口に存在する股状の機構に大きなエネルギー弾が構築され始める。
その弾は、青黒く光り、余波だけでコンクリなどに亀裂を入れていく。
「ふぅ……」
強い集中状態。それに入った彼は、寸分たがわず魔物の集団のど真ん中に弾を撃ち込んだ。
しかし、その弾は敵に着弾することなく地面に当たった。
だが、彼はそれを狙っている。
メイズのライフルモードの必殺は二つ存在する。
一つは通常通りに弾を当てて、どてっぱらに風穴を開ける方法。そしてもう一つが―――
地面に着弾した弾が、風邪を巻き起こし、周りのものを吸い込み始める。
「な、なんだ!?」
「グルオオオオオオ!」
―――弾が対象に被弾しなかった場合、弾は一気に収束を始めて、周りのものを巻き込みながらエネルギー爆発を起こす。
いきなり収束を始めた弾に、不意を突かれた魔物たちはどんどんと吸い込まれていき、数を減らしていく。
残り、10、9―――と、減らしていき、ついに蹂躙してきていた魔物のすべてが弾の中に吸い込まれていった。
だが、まだここでは終わらない。
魔物を吸い込んだ弾は、さらに収束をし、小さくなっていく。そして、限界を迎えた瞬間に、その収束した球体上の塊にひびが入り、そこから光があふれだした瞬間―――
ドオオオン!
―――爆発した。
幸い、爆発自体は大きくはなく、建物に被害が出た程度で済んだ。
「終わったか?」
「うむ、魔物気配、すべて消失」
「よし、学校行くぞ。アリスが待ってる」
そう言いながらその場を立ち去る真司。そして、もう通信は切れている。
どれだけ自衛隊の人たちが正体を探ろうとしても、彼らがそれを知ることはない。
あくまで真司は、一人で戦う。魔物のために、そんなわけのわからないことのために、日本を地獄にするわけにはいかないから。
ガラガラガラ
彼が学校に着いた時には、すでに3時限目の数学が始まっていた。
「はあ……十神、またか」
「……」
「なんか言うことはないか?」
先生が真司にそう問うが、彼は一つとして言葉を発しない。
「(どうだったの?)」
「(終わらせた。でも、自衛隊が出てたから、夕方のニュースにはなってると思う)」
「(あ、そうだ。ノート、取っておいたわよ)」
「(ありがとな)」
「(気にしなくていいわよ。あなたは自分のことに集中しなさい)」
そうして真司はアリスからノートを受け取る。
ノートには綺麗にわかりやすくまとめられた1から3限の授業内容が抑えられている。
一人で必死に勉強をしていた彼にとっては、とてもありがたいことだった。
「(ここ、質問してもいいか?)」
「(いいわよ。でも、今は授業に集中なさい?休み時間に教えてあげるわ)」
その言葉が真司にとっての温かみとなり、心を余裕を持たせてくれる存在にアリスはなりつつあった。