MARCHING OF THE ZOMBIES
空港のガラスを割り、外に飛び出した彼は本能のままに殺戮を行った。
命亡き者を、ただ淡々と狩っていく。
「グアアアアアアアアアアアア!!!」
雄たけびを上げながら彼は攻撃を繰り出した。
ある者には射撃で。ある者にはパンチで。
ある程度ゾンビが集まったところでは、中心まで走り抜け、ちょうど真ん中にいたゾンビの頭の上に乗っかった。
そのまま自身の体を回転させて、視界が360度展開できるようにし、銃を乱射した。
彼にゾンビの姿のすべてはとらえられていない。なにも暴走しているから見えていないのではない。
ただただ高速で回転するがゆえに、ゾンビの個体それぞれを確認することはできない。
しかし、回転しながら乱射することで無作為にゾンビを撃ち抜き、周囲の反応が消えた瞬間、彼は体を起き上がらせ、下に射撃した。
それにより、彼の乗っかっていたゾンビが頭から脳天を貫かれ、その場に倒れた。
見る見るうちに数を減らしていくゾンビだったが、ここで想定外の事態が起こった。
ズガァァン!
「―――!?」
空港の一部が爆発し、ゾンビが流れ込んできた。
外側にもいたのだ。まだ彼らは知らないが、彼らのいる千葉県はもう終わりだ。県民の8割以上がすでにそゾンビ化している。
真司がいなければ、このゾンビたちは海外や全国各地に空路を通して拡散していくはずだった。
0号―――魔物の呼称に倣って、彼をオリジンとするならば、彼の放つプレッシャーや脅威となるそれを確認したゾンビの主が命令を出したのだ。最優先に対処しなければならないのはオリジンだと。
だから、どんどん空港のほうにゾンビが集まってきている。
キリがないとはこのこと。
千葉の人口はおよそ630万。ほぼ無限湧きのゾンビとなる。
しかし、彼はそんなこと気にせずに攻撃を続ける。いつもなら、倦怠感と疲労感で意識的に戦線を離脱する。
だが、暴走している今は突貫、攻撃、破壊といった猟奇的な感情と攻撃パターンしか持ち合わせていない。
カシャ……
何度も射撃を繰り返していたところで、ついに彼は自身の銃火器をはじかれてしまった。
多人数で押し切られ、予期せぬところから攻撃を受けたためだ。
ただ、そんな状況でも彼が慌てることはなかった。
「グアアアアアアアアアアアア!」
彼は何の躊躇もなく自身の胸に手を突っ込んだ。
彼の武器生成は形が似ているほど変形が楽で、性質が似ているほど単純な火力が上がる。つまり、剣を作るときは真剣で。銃を作るときは、本物の銃で。
それが一番いいのだが、今の時代そんなに都合よく落ちていることはない。
あとは、生成の楽さを体現するために、形を寄せればいい。
つまり、ある程度の曲線を描いた物体なら何でもいいということ。彼がそれで選んだのは―――
「かっ……くっ……あ、があああああ!」
雄たけびを上げながら、苦痛に耐え、振り上げた彼の手にはそれがつかまれていた。
―――彼が選んだものは、自分の肋骨だった。
曲線を描いたそれを銃に変形させて、また射撃を再開する。
もう、自分が傷つくことすら気にしない。十神真司は、もう止まれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「真司……」
割られたガラスの先を見て、アリスはつぶやく。
その視線の先には、我がままに敵を殺し続ける姿があった。
彼の戦う姿を見るのは多くなかった。
初めて助けられたとき、体育祭の時、水泳の時―――本当に数えるほどしかない。
そのすべてを助けてもらっていた。
しかし、今回はわけが違う。彼は無意識下に避けているようにも見えるが、すぐ近くには先ほどまで見ていた背格好の男のゾンビが見えていた。
そのゾンビの名は長谷川―――真司の恩師だ。そんな相手が、今、彼の命を狙っている。
真司のことを思うだけで、彼女は心が張り裂けそうだった。なんせ、たびたび聞こえる彼の雄たけびは、彼女の耳にも届いていて、そのすべてが悲哀に満ちていたのだから。
「あぁ……あ……?」
突然、彼女の耳が奇妙なうめき声をとらえた。
おかしい。先ほど、ほとんどの人が我が身可愛さに逃げていった。ここに残ったのは、真司を置いていく判断を冷静にできなかったアリスだけだ。
ともすれば、答えは一つだけ
(やばっ……もうこっちにゾンビが……っ!?)
慌てて逃げようとするが、その焦りが命取りとなり、その場に転んでしまった。
ドサッと派手な音を立てて転んだ彼女は、腰も抜けてしまってうまく立てないでいた。
「ぁぁ……ぁ……う、あぁ……」
「い、いや……来ないで……」
立てない彼女は涙を瞳にためながら、なんとか腰を下ろしたまま後ずさる。
しかし、相手のゾンビのほうが足が速く、すぐに追いつかれてしまう。
もう目と鼻の先―――あとはゾンビが前に倒れこめば、彼女に覆いかぶさる形になり、すぐに手遅れになるだろう。
「ぁ……たす、助けて……真司っ!」
届くはずがない。わかっていた。
彼は悲哀と怒りで自分を見失っている。
彼女の助けには来てくれない。彼にそれだけの余裕はない。
あまりの恐怖に、彼女は顔を背け、目を閉じた。瞼を閉じることによって、一筋だけ涙が流れる。
再三いうが、彼は助けに来ないはずだった。だというのに―――
ズガァン!!
銃声が鳴り響いた。
耳をつんざくような大きい音。日本ではまず聞くことのない爆発音。
まぎれない銃声だった。
しかし、真司の扱う銃とは少しだけ音の質が違かった。
でも、ゾンビの手はいつまでもやってこなかった。
恐る恐る目を開けると、そこには一人の男がいた。
スーツを着用して、しっかりとした構えでゾンビに銃口を向けていた。
その姿を印象の一言で表すのなら、警察みたいだというものだった。
彼女の思う警察とは、あの警察の制服を着ているものだからだ。
テレビで見るのもそうであったし、リアルで見たことある人が少ないだけなのだが。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、はい……あなたは……?」
「私は―――捜査一課所属の南篠です。立てますか?」
南篠と名乗った男は、アリスの肩をつかむと、走り出す。
無理矢理にもこの場を離脱しないといけないことは、明々白々。一度ゾンビと相対したことのある南篠だからこそ、恐怖心に打ち勝つことができた。いや、近接戦をやらないから怖がらないだけなのか。その真意はもう、わからなかった。