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FAINT EXPECTATIONS ARE BETRAYED

 搭乗して離陸体制に入ってから長谷川はそれに違和感を覚えた。


 機内アナウンスが入らない。なぜそれが違和感になるのかといえば、普通なら離陸前には必ずシートベルトなどの確認をするためのアナウンスなどが入るはずだからだ。


 だというのに、CAは搭乗者たちの誘導が終わったのを確認してすぐに動かなくなった。

 そう、まるでプログラムがされていない機械のように。


 だからと言って降りるわけにもいかない。

 というより、できるものではないが、大金も払っているので降りるという選択肢は最初からないようなものだ。


 安全のための放送がされないからと、シートベルトをしないということはない。

 何人かは違和感を覚えながらもシートベルトを締める。ほかの人たちはさも当然のようにシートベルトを締める。


 確認などはしなくても相当イタイDQNでもない限り身を危険にさらすようなことを自らするようなバカはいない。


 促されずともやって見せる。


 しかし、長谷川の思いとは裏腹にCAはシートベルトを全員が占めるのを確認していた。

 気づかれないように視線を動かし、全員の装着を見ると、動き始める。


 まるで、搭乗者たちがシートベルトでうまく動けなくなるのを見計らっていたかのように……


 CAたちは前の席のほうから耳をかがませ、ベルトの装着具合を確認している―――ように見える。


 実際はCAたちが周りの客に見えないように、そしてできる限り不自然にならないように何も関係ない人たちの体に歯痕を残していく。

 痕をつけられた客たちは言葉を出さなくなり、カクンと頭を下げた。


 しかし、幸か不幸か座席の陰でそれが見えることはない。少しずつ少しずつ、長谷川のほうに進んでいき、ついに彼の番が回ってきた。


 ベルトの確認をしやすいように少しだけ身を引き、前方に空間を作る。

 しかし、その動きにくい体制があだとなった。


 CAはよろついたふりをして顔を彼の太もものところまでやると、目にもとまらぬ速さでかみついた。


 その瞬間、長谷川の意識は酩酊状態になり、視界が暗転した。それが彼の見る最後から二つ目の光景だと知る由もない。


 司会を失っても、目がうつろなだけ閉じられていない。

 だが、その瞳はいつしかハイライトを失って、うつろなものに変化していく。


 奪われた光と一緒に喪失した心。それを取り戻すことはもうない。そして、シートベルトの確認が終わった時には、純粋な人は存在を消した。


 そう、この機の機長、CAなど機体の乗組員たちはすでに全員ゾンビ化している。


 ベルトの確認が終わった今、人は一人もいないという表現はよくなかった。

 正確には、この機体にはもうゾンビしか乗っていない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「指摘の通り、千葉県全域を封鎖しておきました」

 「そうか……ある程度国のほうから圧力の可能性もあるが、すぐにこれが正しかったとわかるはずだ」

 「はい……しかし、よくこんなに簡単に警察を動かせましたね」


 そんな部下の言葉に男は答えた。

 すべては国民のため。すべてはこの星のためだ。


 「人々は魔物―――デモニアの脅威に敏感だ。ここで早期に封鎖し、被害を抑えることができれば千葉県内からは批判が出るかもしれんが、何も関係ない一般市民は英断だと考えるものも多いだろう。日本の後手政策に任せるよりは信用を得られるだろうな」

 「しかし、それでは質問の答えに……」

 「国民のためなら手段を択ばないのだよ」


 音語がそういうと、部下は息をのんだ。この思い切り、この人でないとできない。そう確信させるほどのものだった。今回も、かなり無理やり千葉県を封鎖した。人っ子一人出ることも入ることも許されないほどに。

 しかし、それは本当にデモニアが現れなければ、男は職を追われるレベルのものだろう。


 そんな不安とは裏腹にある一本の電話が入る。


 「はい、こちら糸屋弁護士じむ―――はい、はい……本当ですか。わかりました、伝えておきます」


 電話の相手は依頼をしに来たのではなく、ある情報筋からの連絡だった。

 その言葉をそのまま男に伝える。


 「羽田空港の飛行機の一便が突然の急旋回から墜落したそうです。異変発生時には、誰も通信に応答せず、ほかの機体も巻き込んで炎上中だそうです」

 「そうか……予測通りだ。次はゾンビパンビックが起きるだろうな。一定時間経過後に米軍にでも一掃してもらえばいい。相手は人間じゃない。そのうえ、事実上千葉県は滅んだも同然だ。核を使うこともさほど問題ないはずだ」


 人的被害は計り知れないことになりそうな事件。

 だが、男にはそんなこと関係ない。求めるのは結果と、助けるための動きをしたという事実があればいい。


 事実さえあれば結果は変えられる。捏造でもなんでも。だが、その結果が本当になるに越したことはない。


 そう、目的のためならば誰が死んでも、どこが消し炭になっても。何一つ興味ない。


 「それにしても思い切りましたね、唯咲さん」

 「思い切りではない。予測にもとづいた最適解だ」


 この二人の本当の関係は、弁護士の秘書と事務員だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 空港内は騒然としていた。

 日本では聞いたことないような壮絶な事故。


 それが目の前で起こったのだ。しかも、飛行機がわざわざUターンして突っ込んできたのだ。まずありえないことだ。


 目の前で赤々と燃え上がる炎を見て、真司は思考が停止していた。


 「青龍……青龍!」

 「なんだ……戦うのか?」

 「魔物の気配は!」

 「……ない。あれば、我らが阻止しに行けたはずだ」

 「どうして……どうして!なんで魔物の気配がない!」

 「それは人災だからじゃないのか?お前の気持ちはわかる。恩師を失って、やるせない気持ちになるのもわかる。だが、これは魔物の仕業では―――」


 ガン!


 真司は思わず目の前にあった手すりを殴りつける。

 隣にいたアリスはビクッとするが、彼の気持ちを汲み取ってか、ただ彼を抱きしめるだけだった。


 「真司……真司……」

 「……すまない」


 少しだけ落ち着きを取り戻した真司はもう一度燃え上がる機体を見てみる。


 すでに多くの人は避難して、周りには真司とアリス以外いなかった。


 そんな状況でも彼はあきらめきれなかった。恩師が死んだなどと簡単に受け入れられるわけがない。


 そうしていると、彼の視線が人影をとらえた。


 「……!?生存者か!」


 希望が見えたように見えた。

 もしかしたら生きてるかもしれない。


 そう思ったのだが、甘かった。


 ふらふらと歩くその人物に、空港職員が救助のために近づくと―――


 「し、真司……見ちゃダメ……ダメ……」

 「あ、あ……」


 ―――その人物は。職員にかみついた。

 瞬間、職員もふらふらと動き始める。それを境に同じような動きをした人たちが燃え盛る炎の中から出てくる。


 中には見知った顔もいた。いや、見知った顔は一人しかいない。


 それを確認した瞬間、真司の心は限界を迎えた。


 「うわああああああああああ!」


 彼はボロボロのマントをまとったメイズとなり、窓ガラスを突き破って滑走路に飛び込んでいった。

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