BE LOST FOR WORDS
『都内大学病院―――死体安置所から生命体反応、ゾンビの出現を確認』
突然、DBTのトレーラーに入電が入った。
千葉から東京に、このスピード感で往復させられるのは、正直ふざけるなと言いたい渡辺だったが、緊急事態とあってそれを言う余裕はないようだった。
『伊集院君、聞いた?』
「はい、すぐに向かいましょう。こちらの調査はこちら側の警察に任せていきましょう」
そういうと、二人は勢いよく現場を飛び出していく。
トレーラーとバイクがサイレンを鳴らしながら走っていく。
そんな光景をしり目に、千葉県警は現場の検証や調査を―――
「……」
―――しなかった。
先ほど伊集院と一緒に話していたとは思えないほど無口になり、視線もうつろなものだった。
DBTの二人がいなくなり、人間のふりをする必要がなかったとばかりに散会する。
まるで命令を失ったロボットが徘徊するように―――役割のないRPGのモブとでもいうのだろうか。
そんな意識のないまま県警は動き始める。
その眼には、何も映っていなかった。だが、伊集院や真司―――それに触れたことのある者たちなら敏感に察知できることなのだろう。
彼らがすでにゾンビ化しているということに。
一方で、アクアライン上を超えようとしているDBTの二人は、ある問題に直面していた。
「ちょっと!警察手帳は見せてるでしょ!早く通しなさいよ!」
「ですからできません。現在、千葉県全域に他県へ行く行為が規制されています。住人だけでなく、観光などの目的でも立ち入った時点で、規制対象になります」
目的地に行くことができる最短経路―――アクアライン上にバリケードを組むように交通課が道をふさいでいた。
一時は検問かと思ったが、どうやら完全に封鎖して通れないとのことだった。しかも、交通課はDBTの対処を知らされていないのか、それとも完全に通さないように言われているのか定かではないが、立往生を食らっていた。
今、渡辺が話をしているが、結果は芳しくないだろう。
「どうでしたか?」
「なんだか、千葉県全域にゾンビを確認したらしいわ。それで、千葉県を完全に閉鎖。他者への感染の恐れがあるゾンビの被害を広めないための措置ね」
「それって憲法……」
「そうね。でも、自分の身がかわいかったんでしょ?でも、憲法抜きにしても、今回の閉鎖措置―――対応が早すぎないかしら?」
いつも後手後手の政府とは思えない速さであることに違いはない。他県からはゾンビの心配はないと参野声が上がったりはしているが、それでもこれは千葉を捨てたような行為だ。
一部の反発は大きい。テレビでは、基本的にそれを支持する声が多い。
いつかの二の舞を踏むわけにはいかないのだから。
DBTの二人はアクアラインを通ろうとしているから知らないが、ほんの数十分前に、在来線やその他交通機関。それ以外にも県境に警察が配備され、ネズミ一匹抜け出せないような布陣がすでにすでに完成している。
「伊集院君、戻るわよ」
「ですが、要請のほうは?」
「この状況で出動もくそもないわ。それに上は私たちがこっちにいることも理解している。何らかの対処があるか、ないのなら、大学病院のほうは何らかの防衛手段があるということよ」
彼らは、その場から撤退し、千葉県での活動をせざるを得なかった。
とりあえずとばかりに先ほどの場所に戻ってきたのだが、その異変はすぐに感じ取れた。
「誰もいないわね」
「ですね。絶対に周辺の捜索をするように伝えたはずなのですが」
「この異変がゾンビ化の証拠―――とでも言うのかしら?まあ、調べてもなにも出ないと早期に撤退した可能性も否めないけど」
「駄目ですね。県警との連絡が取れません」
今の伊集院の言葉を聞いて、渡辺の一端の希望めいた観測も夢のものへと消えていった。
「はぁ……黒ね。県警はゾンビによって制圧された。もうこう考えてから動いたほうがいいかもね」
「そうですね。無理に期待するよりはマシですね。もしかしたらほかの生き残りの方がいるかもしれませんが、ここは一般市民の避難を優先しましょう」
「そうね。ここは―――」
ズガァァン!
「な、なに!?」
「あの方向は……空港のほうですね」
「空港……?まずいわ。県民だけなら被害範囲を絞れるけど、もしゾンビに飛行機を飛ばすだけの知能があるなら……」
「今までの戦闘でそれは考えられますね。しかも一部は、人間の真似がうまいゾンビもいます。飛行機の運転ができても不思議はないかもしれません」
状況が変わったと、空港に向かおうとするが、そうももいかなくなる。
「渡辺さん、後ろにいてください」
「頼むわよ。私は隙を見てトレーラーに戻るわ」
周囲にはゾンビの群れ。しかも、その群れの中には先ほどの警察も混ざっていることに気づいてしまい、彼は少しだけゾンビを殺さなくてはならないことに気が悪くなってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、そろそろ離陸するんじゃない?」
「だな、動き始めてる」
二人の視線の先には。離陸しようと滑走路に入る飛行機が見えた。
その飛行機には長谷川が乗っている。
その光景を見届けているのだが、恩師が飛び立つとなると真司にも思うところはあった。
「やっぱ、先生は先生だったな」
「そうなの?」
「言い訳にするわけじゃないけどさ―――みんな俺が水泳から逃げたっていうけどさ。できなった理由って事故なんだよ。俺も悪いかもしれないけど、辞めたくて辞めたわけじゃなかったんだ」
「私もわかってるわよ」
「知ってるよ。じゃなきゃ、俺はアリスと一緒にいないよ。それでな、確かに重荷がなくなってすっきりした気持ちもあった。それでも痛いくらいやめるのもつらかった」
挫折の味を完全には理解できないアリスはあまり言葉を出さない。
ただ、彼のことを思っているのは確かだと、体を傾けて真司に預ける。
「先生は俺がどうしたいのか、戦うことになって、それを選んだことも受け入れてくれた。普通、そうはいかない。アリスや母さんみたいな人は特殊だよ。先生もそうだったみたいだけど」
「いい先生じゃない」
「だから、またいつか会えるといいな」
「……会えるわ、絶対に」
二人で寄り添いあい、飛行機を眺める。だからだろうか。
飛行機の異変にいち早く気づけたのは。
「なあ、アリス―――飛行機ってあんなに旋回するものか?」
「方向によってはあり得るとは思うけど……」
「あの旋回角―――戻ってきてないか?」
真司の予想通り、飛行機はその期待を大幅に傾けて離陸したばかりの空港に戻らんとせん勢いだった。
そしてそのまま期待は地面へと近づいていき、真司たちのいる場所とは反対の方向に墜落した。
轟音を立て、ほかの機体を一部巻き込んで爆発した瞬間―――
「なっ!?」
「うそ……」
―――絶句するほかなかった。