THE HAVES AND HAVE-NOTS
DBTの所属から外され、捜査一課に転属―――もとい、戻った南条は千葉県に来ていた。
都内での事案関連の捜査で、千葉県警との合同捜査という形でやってきている。
当たり前ではあるが、南条の追う事件は魔物とのかかわりはない。
人間だって悪魔のような存在だ。魔物ばかりがこの人間社会を邪魔しているわけではない。
所属から外されて腐っているかに思える南条だったが、その実そんなことは彼の気にするところではなかった。
「おい南篠―――この後、ラーメンはどうだ?ここら辺にうまい店があるんだ」
「いえ、結構。私はああいう油まみれのものは食べないので」
「そうか……そういう考えは人生損することに―――」
「なりませんよ。そもそも個人の幸福は、自分自身で決めるものです。私は他人の意見に流されて自分の幸福を定義づけるほど自分を軽んじていませんから」
まくしたてるように反論する南篠。
そんな南篠に話しかけてくれたのは、DBT配属前から彼のことを知るベテランの刑事だった。
だからこそ、こうして話しかけているのだが、結果はいつもの通りだ。
いつも飯の誘いを断られ、仕事が終わればどこへともなく消えていく。
優秀で、下手に高給なので、いいところでしか飯を食べないといううわさもあるが、あれが事実だと認識している人物はそう多くない。
普段は自炊をして、たまに高級志向の店で食事をとる。
彼の行動は謎に包まれていて、彼に近しい人物でもわかっていることはこれだけだった。
DBTの事実上最高権力である渡辺には嫌われている。
意外に知られていないことだが、れっきとした事実だ。巷では事実確認をされていない状態で、それが理由でDBTを外されたのだといわれる始末だ。
言ってしまえば、南篠の存在が必要なかっただけなのだ。まあ、ある意味で言えば彼が渡辺に排除されたと取られてもおかしくはないかもしれない。
最初から新しいスーツは伊集院用に設計されており、彼の居場所は最初から存在していなかったのだから。
しかし、彼はそんなことは気にしていない。
今は違うことに意識を向けているのだ。
「そういえば南篠。お前、あの0号ってやつを追ってるらしいな?」
「ええ、彼はデモニアが現れるところに現れて、すぐに姿を消している。私の見立てでは、あれは人間です」
「でも、お前もあの映像を見ただろ?ありゃ、人間の姿をしていない」
「ですが、DBTの報告書には意思疎通が取れたということも確認できています。それらの情報を持って出せる結論というものが」
「0号の正体は人間ってやつか?」
「はい―――0号は明らかに人間を守るために戦っています。相手がその偉業の通りデモニアと同じ存在なら我々を助ける理由はありません」
0号の正体が誰かはわからないが、それでも人間が変身しているという事実を信じてやまない南篠。それに対してベテラン刑事は、話の内容をいまいちつかみ切れていなかった。
まあ、当然といえば当然のこと。
南条のように現場で遭遇したこともなければ、警察全体にいきわたる話は被害を及ぼしたというネガティブな話や、敵戦力として認定している話ばかりだ。
その話も最近はDBTの猛反発により、即時発砲など攻撃的な命令は取り下げられているが、もし今警察の前に0号が現れるようなことがあれば、全体に緊張が走るのは明白だ。
「それで、お前は正体を見破ってどうしたいんだ?」
「私は知りたいんですよ。0号がどんな人間なのか―――どんなに正義感にあふれた人物なのか」
「悪人だったらどうする?」
「そんなはずありませんよ。彼は善人です。きっと―――いいえ、絶対にです」
どこからそんな自信が来るのかはわからなかったが、その妙な表情になんだか本当にそうなのではないのかと思ってしまうほどだった。
「ですが、今はこの事案が優先―――」
ズガァァン!
「「---!?」」
唐突に周りに爆発音が響いた。
付近にいた警察は一気に警戒態勢に入り、周りを見るがどこも爆発をした様子はない。
「南篠!」
「今のは……空港のほう?ですが、デモニア出現の情報はもっと千葉駅の方向だったはず……」
「南篠、なにしてるんだ!」
「すいません、河野〈かわの〉さん―――少し空港のほうに行ってきます」
「あ、おい!」
「もしかしたらデモニア事案かもしれません。そうなったら、0号は必ず現れます!」
そう言うと、南篠は車に乗って空港のほうに走っていった。
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「あ、あれじゃない?あなたの先生が乗っている飛行機」
「INA765―――あれだな」
二人は長谷川から聞いていたい機体を見つけて、それが離陸するのを待っていた。
先ほどは、人目のつかないところでキスをしたりと、少々やりたい放題な二人だったが、今は少しだけ気持ちを落ち着かせて、手をつないでいるだけだ。
少しだけ先ほどの感覚が残っていて気恥ずかしさはあれど、それでも肌の触れ合いをやめるつもりはないようだった。
見送りといってもただ滑走路を眺められる場所で、ベンチに座りながら見るだけだ。
飛行機が飛んだからと言って、なにか盛り上がるわけではない。
「そういえば、アリスも海外から来たんだよなあ……」
「そうね。仕事もあったし、学校にはなかなか行けない代わりに相当な数乗ってたわね。それこそ、日本の航空会社―――INAのプラチナ会員になれるくらいにはね」
「そりゃすげえな。じゃあ、もう慣れっこってわけか」
「そうね。でも、何時間も席に縛り付けられるのは少し窮屈には思ってたわ。初めての時は、それがしんどくていつも仕事が億劫だったわ。まあ、ピアノを弾いているときは楽しいだけれど」
アリスの飛行機事情を聞いた真司は、少しだけうらやましいと思ってしまう。
彼が飛行機に乗ったことないというのが大きいだろう。
旅行にもほとんど行ったことがなければ、水泳の大会の時の移動も新幹線だった。
少しだけ飛行機という乗り物にあこがれはある。
「俺は新幹線しか乗ったことないなあ……」
「あら?私は電車に乗ることすら珍しかったわよ?アメリカじゃあ、車中心だし、距離が遠いと飛行機のほうが早いし」
「持たざる者は持つものを羨む、ってわけか」
「そうね。でも、私はいつかこの日本で活動を再開するわ。あんまり知名度のないこの国で活動をする。きっと大変ね」
「アリスなら頑張れるさ」
「私は、あなたへの愛を音に乗せてやっていくわ」
「ちょっと恥ずかしいからやめてほしいな」
と、そんなことを言う真司の表情はまんざらでもない様子だった。