FALSEHPPDS THAT SHOULDHAVE BEEN NOTICED AND TRUTHS THAT SHOULD NOT HAVE BEEN NOTICED
アリスの思わし気な言葉に長谷川は特に何も思わなかったが、確実に心にきている者がいた。
誰でもない真司の幼馴染の唯咲美穂だ。
(痛い、ってそういうこと?やっぱり、もうしたのかな……?)
高校生だし、人によってはある程度自分の行動に責任を持って行動する人たちも多い。そんな年代なら、していてもおかしくない。
ましてや、彼女にとっての真司は、誠実で優しくて真面目で―――そういうことをするのなら本当に将来の約束をするような人間だ。
こうなったらもう自分に幼いころの約束を果たす力はもうなくなった。
自分がどうしていいのかわからず、その場に膝から崩れ落ちるわけにもいかない。
だが、予測であることに変わりはない。
彼女の中で、真司と目の前にいるアリスが肉体関係を持ったという確信はない。
それでも、考えてしまう。真司は手を出さないなんてことは容易に想像できる。だけど、アリスはどうだ?
ほとんど話をしたことないが、我が強く、押しも強いところはよくわかってる。
それで押し切られたら?
(嫌……そんなのってないよ……)
幼い頃の彼の温もり―――中学の頃にはそれで女子から嫌がらせを受けることもあった。
女子人気も高い彼を独占できるのは彼女だけだったから、ある程度仕方ないことだったが、それでもその日々を乗り越えられたのは、真司と一緒にいれたから。彼が甘くて優しい言葉をささやいてくれてたから。
ふと気づいたら涙が流れていた。
「うぅ……」
それに気付いたら耐えきれなかった。
涙腺からボロボロと大粒涙があふれ始め、膝から崩れ落ちてしまう。
その状況に周りの部員は困ったような顔をするが、先ほどアリスと言い合いになっていた女子が彼女のもとに寄ってくる。
どこで状況を察した少女は美穂を連れて近くのベンチに移動しようとする。
その時に少女は言った。
「将来を約束して、そのために頑張ってたのに、十神は裏切るし、加藤は最後の大会の前に部をやめていくし―――美穂が、かわいそうだよ」
「それは私の責任じゃないわ?それになにも知らずにあいつの傍にいようなんて―――苦しいだけよ」
「それなら―――!……私に、返してよ……真司を、私の大事な人を!」
柄にもなく美穂は声を荒げてしまった。
いつも弱い彼女だが、この時の本音が強いものだと思わされる。
それだけ真司に依存していた。
だからこそ、アリスにも理解が及んでいた。
なにがなんでも彼女に真司を諦めさせなくてはならない。
アリスなら真司を失った痛みを乗り越えられる。
だが、異常に彼に依存している彼女が真司を失えば、それは確実に精神崩壊の一途をたどることになる。
おそらくそれは彼の避けたいところなのだ。
アリスは追撃を入れて、本当の意味で真司の心は彼女のところにはないと思い知らせようとする。
しかし、美穂の泣き面を見て思い直す。
(……これ以上は彼女は壊れるわね。真司は案外面倒くさい女に好かれて、好きになるのね―――私も含めて)
自嘲めいたことを思いながら彼女は真司の到着を待つことにした。
それから数分ほど経過してから、ようやくそれらしき人物の影が見えてくる。
自身の腕をかばいながら歩き、少しだけ足つきがおぼつかない。
その状態にさすがにアリス以外の水泳部員たちも異変と感じたのか、少しだけ周囲がざわつき始める。
しかし、彼はそんなことなど意に返さず、目的の人物のそばまで行った。
「先生、遅れてしまってすいません」
「お前……いいんだ。来てくれただけで十分うれしいよ」
そこまで多くない言葉やり取り。
だが、二人にとってこれだけで十分なことだった。
先生と生徒―――年齢も世代も全然違う。だが、同じ時間水泳を通して同じ気持ちになれた数少ない人物。
真司にとっては間違いなく、数少ない人間の一人だろう。
そんな選ばれた人間といっても過言ではないような人物だ。
彼と心を通わせるのは容易なこと。
まあ、単純に直近で言いたいことをお互いに言っているからだろう。
それでもしっかりと別れの言葉を言いたかった。
中学時代の感謝の気持ち。先生の期待を裏切ってしまった後悔。後悔しても取り戻せないと知った時の絶望。幼女に感謝の言葉を受けた時の虚脱感。
まだまだ伝えてないことはたくさんある。
それでも彼はたった一言で先生を送っていく。
「先生、さようなら」
「ああ……」
「また会って話をしましょう。次は、一緒に酒を飲みましょう」
「ふっ、なら長生きしろよ」
そんな言葉を受けて、真司はそれができたらいいな、と小さく漏らした。
その言葉は誰にも拾われることこそなかったが、これが真司の怯えともとれる。
死に対する恐怖は覚悟が決まろうとも決してぬぐえるものではない。
彼の本当の気持ちは誰にも気づかれない―――
「それでいいの?」
ポンと肩に手を置かれて確認される。
その主は誰でもない彼の理解者であるアリスだった。
―――否であった。彼の気持ちはとっくに見抜かれている。彼を思う大事な人が。
彼の心の葛藤に、勘づくのはものすごく早い。
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真司の言葉を聞いた後、長谷川は名残惜しさなど内容にラウンジに向かっていった。
本当ならもう少し早く向かうつもりだったが、待つだけの価値はあったと思っている。
自分が一番の大脳だと思う生徒が、自分を慕ってくれている。
それだけでうれしかった。
才能のある選手がいなくなることは惜しいことだが、彼が幼女を救って足の自由が利きづらくなったと聞いたときにもう彼に過剰な期待を寄せるのは酷だからやめよう、とそう思うようにしていた。
だが、今の彼は昔より強く生きていた。
死ぬために生きるかのようにする姿は少しいただけないが、それでも水泳をしていた時より強く生を感じているようにも見えた。
彼の本質はわからない。もしかしたらまだまだ見えていないところがあるかもしれない。
だが、一つだけ言えることがある。
彼ならこの世界を救うことができる。そんな気がする。
しかし―――
「一緒に酒を飲もう、か。なんであいつは20まで生きられるかのようにしゃべってるんだよ……」
その異変に気付けるあたりは彼の恩師となる人物。だが、その違和感がどういうこと意味しているのか気付かなかった。
いや、もしかしたら気づいていたかもしれない。
気づいたうえで目を向けないようにしていたのかもしれない。