THE BEGINNIING OF EACH RUIN
魔物の出現―――それ自体はなんら動揺することではない。
だが、あまりにもタイミングが悪すぎる。それもあってか彼はどうしようもない胸騒ぎに襲われていた。
もしかしたら先生が死ぬかもしれない。海外に行くと言っていながら魔物騒ぎで海外に飛べなくなるかもしれない。
あらゆる可能性を考える。彼にとって周りの人間の優先度は近親者より圧倒的に低い。今は、長谷川以外の存在はどうでもいい存在になっていると言える。
今出てきているアピスは脅威だ。一度倒したはずの魔物がよみがえっているのはまだ飲み込めていないが、想定外、予想外のことはすべてよくあること。
常にイレギュラーを考える必要がある魔物相手なら考えるだけ無駄ということ。
しかし、それでも無視できないのは加藤―――カメレオンの存在だ
話は支離滅裂で、理解するためにはかなりめちゃくちゃなことを言うが、力は確実についてきているうえに、真司と青龍のような信頼関係やお互いに対する尊重などが欠落しているのかめちゃくちゃな戦い方も散見される。
こういった戦い方をされると真司とて対応しきれなくなる。
そんなネガティブな考えが錯綜するが、戦いの場が近づくにつれて彼の思考はクリアになっていく。
彼の長期にわたる戦闘の経験から生み出された彼の才能だ。
クリアになるとは言ったが、比喩的表現で会って彼の意識がすべてなくなるわけではない。
しかし、無駄な考えを止め、自分に必要なものを選ぶ。最適解をすぐに出せるような状態にする。それはさながら、世界を舞台に戦うスポーツ選手のようだった。
だが忘れてはならない。彼がせいりゅの力を得ていても、彼自身は人間だということを。
「青龍、奴の能力は人間のゾンビ化ていうことでいいんだよな?」
「アピスにそんな力はなかったと思うが……いや、即身体なら……」
「そういえば魔王即身体ってなんなんだ?」
「それは、エルダー級以上の力を示す大地を持つ魔物だけが使える術だ。それを使用すれば、力の大地は消滅し、命も絶える。即身体状態終了後にその魔物は徐々に力を0にしようとするようになる。まあ、つまるところ緩やかな死を迎える代わりに力を手にするというものだ」
「待て、その話が本当なら―――魔界の門の開門はそれを疑似的に再現したものじゃないのか?」
彼の言葉に青龍ははっとした。
「たしかに―――我も玄武との融合が起こるまで魔王即身体のことを覚えていなかった。なら、それに関与する魔界の門にも知識がないのは当然のことだった?」
「だが、その話が本当なら相手を時間経過で殺せることに―――」
「即身体の自壊は数百年単位だ。待っていたら世界が終わるぞ」
「まあ、わかってたけどな。とりあえず、倒すことだけを考えよう」
そう言って真司は集中力を高める。
魔王即身体―――厄介な能力であることにはなんら変わりないが、だからと言ってやることも変わらない。
現場に一人、もうじき到着することになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『千葉県にてデモニア出現の入電あり―――直ちにDBTの出動を要請する』
そう淡々とした口調でDBTの出動が命令される。まあ、建前上だが陽性と言われても彼らには出る以外の選択肢はない。
だが―――
「千葉県……遠すぎるわね」
「とにかく行きましょう!緊急走行でアクアラインを走れば十分早く着けると思います」
「そうね―――悩んでいる暇はないわね。ったく、ヘリくらい用意しなさいよ」
「……渡辺さん!」
「わかってるわよ―――DBT出動!」
「はい!」
そう言って渡辺がパソコンになにかを打ち込んでエンターキーを押すと、DBTの装備を積んだ大型のトラックがサイレンを鳴らしながら走り出した。
運転手はいない。特例的に認められた渡辺の高精度AIによる自動運転で走行している。
まあ、特例で認められているだけで一度でも事故ったら確実にこのAI搭載のトラックは廃車になるだろう。
「伊集院君、今日が初めてのV4の初戦闘よ」
「はい、期待に沿えるように頑張ります」
「それは嬉しいわね。と、言っても自動AIである程度のアシストはあるだろうし、私としてはあなたが死ななければ問題ないわ」
「いえ、やるからには勝ちます。テスト運行でも上々の成績でしたし、これならやれるはずです」
「その慢心が命取りになるかもしれないわ。いいわね?危なくなったら離脱しなさい。あなたには、まだ子供の妹がいるんでしょう?一人にさせたらどうするの!」
「その時は―――渡辺さんが妹を引き取って下さい」
「バカね……私が引き取ったら彼女を体のいい実験体にしてやるわ。いやだったら意地でも死なないことね」
そう言うと、装着途中だったV4スーツの頭部を取り付けてV4システムの全貌を明らかにする。
彼の新たな初陣の行く末は―――本当に渡辺の懸念は晴れているのか疑問なところではある。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『アピスが現れた』
「なあ、カメレオン……」
『なんだ?』
「俺たちのやってたことって正しかったのか?人間が生き残るために―――唯咲が生きていける世界を求めて人間の進化を促そうとしてきたけど……」
『なにを言っている?そのために戦っているんだ。間違いも正しいも他人が決めることじゃない。お前が正しいと思えば、それで終わりのことだ』
弱音を吐く加藤―――本来ならあり得ない姿だ。
洗脳に近い術式を施している時点でこんな疑念を持つことはあり得ないはず。魔王の影響を受けた彼はその術式に抗うことはできないはずだ。
それはカメレオンにとっても同じで、このまま真実に気付けばまずいことになる。
変位種の命の長さはまちまちだ。生きる能力を与えられ、長く生きらえることもできる個体も存在する。だが、そういった変位がなければ短命だ。
それを回避するための契約。契約満了後、カメレオンは加藤の生命力を奪い、それを破棄するつもりだったからだ。
だが、ここで加藤に異変が出てしまった。
(ちっ……やはり四神の影響か……?)
しかし、カメレオンでもわからないことがあった。
ここ数千年人界に行っていないはずの魔王―――だというのに、なぜ彼に魔王の影響があるのか。それは今の誰にも知ることはできない。