THE BITTERNESS OF MAISERY AND THE SWEETNESS OF HAPINESS
ボーリングで惨敗した真司は、項垂れながらアリスの隣を歩いている。
対してアリスは、上機嫌のルンルンで彼の隣を歩いている。
「なんで、そんなにボーリング強いんだよ……」
「ピアノ活動をやめたとき、ひたすら通ってる時期があったのよ」
「なんか関係あるのか?」
「ほかは知らないけど、私は基本的に指先に影響がありそうなスポーツは避けるように言われたわ。授業内でソフトボールとかをやるとかはしょうがなかったけど、こういう娯楽だと完全に触れられなかったのよ。それくらい、私の指は大切にされてるのよ」
「へー、やっぱり才能があっても息苦しいもんだな」
真司はなにか納得したようにうなずく。そんな彼が気にいらなかったのか、もう少し取り乱した反応をしてほしかったのか、彼女は言わなくてもいいことを言い始める。
「わかってないわね。あなたは、このみんなに大切にされている黄金の指を好きにしていい唯一の男なのよ。折るのは痛いから嫌だけど、絡ませられるのは、あなたの特権なのよ」
「そりゃ嬉しいけどさ。俺が好きにできるのは指だけじゃないじゃん」
「うっ……それは、その通りだけど……」
「もちろん指も綺麗だとは思ってた。でも、そんなことがどうでもよくなるくらい幸せだから。こんなにも求められるのは、気分がいい」
「も、もういいわよ!わかったから!」
あまりの恥ずかしさにアリスは真司の背中をバシバシと叩く。彼は、なんだか最近叩かれることが多いな、と思いながらもそれを甘んじて受け入れる。
アリスもいつの間にか自分の手が出ていることなど気づいていない。彼女としては、彼にもっと触れたい気持ちが変な形で出ているだけなのだ。
真司が項垂れている理由だが、ただ惨敗したからではない。彼もそこまで悪いスコアではない。むしろ、普通の相手なら勝ててもおかしくないスコアだ。
なのに、アリスがたたき出した結果は、ミスは1ゲーム目の2回だけ。2ゲーム目はフルスコアだ。文字通りのパーフェクトゲーム。
さすがの真司も意味が分からなかった。
まさか、自分の恋人がプロ並みにうまいとは思わなかったのだ。
ピアノもできる。運動もできる、なんだかんだ、国語が弱いだけで勉強もできる。
思ったよりも彼女は完璧だった。
「アリスって俺なんかよりスペック高いよな」
「そんなことないわよ。私からしたら、真司の方がスペック高いわよ。イケメンだし、頭もいいし、すごく優しい。運命さえもてあそばれてなければ、モテモテだったわよ」
「んなことねえよ。まあ、ありがとな」
思いもしない賛辞に真司も戸惑いながらも答える。
こういうところだ。アリスのスペックが高いと思えるところは。
簡単に自分をほめることができる。どんなに嫌な態度をとってもなんでもないようにしてくる。
付き合うときもこんな感じで押し切られたようなものだ。彼の感情を常に動かし、だけど、洗脳ほどコントロールはしない。
好きだからこそ―――相手の顔色を容易に把握できる能力を持つアリス故のやり方だろう。
そんなこんなで時刻は16時ごろ―――そろそろチェックインも考えなければならない。
「そろそろホテルに向かうか?」
「あら?真司からそういうこと言ってくれるの?」
「そういう意味じゃねえ。チェックインは大丈夫なのか?」
「そうね……そろそろ行かないと―――チェックインの締め切りは18時だからね」
「じゃあ、行こうか」
そう言うと、2人はゆっくりと歩いていく。
ホテルの位置は先ほどのアミューズメント施設からそこまでは慣れていないので、時間には余裕がある。
10分ほど歩いて、目的のホテルに到着する。
「でか……いや、思ってたより高そうなところなんだけど……」
「ほら、遠慮しないで!ロビーで待ってて、チェックインして来るから!」
そう言ってアリスは真司をロビーに放置し、諸々の手続きを済ませる。
その間に真司はこのホテルの値段を調べておく。位置情報からこのホテルの名前を割り出すことは簡単で、そのままHPに飛んで料金表を確認すると―――
「すぅ……見なかったことにしよう。これは俺じゃどうしようもない」
見たことない値段のホテルだった。
この間泊まったそれとはレベルが違いすぎる。
真司自身の金くらいは自分で出そうと思っていたが、天地がひっくり返っても無理なものだった。
真司は絶対に自分のお金を払おうとする。それを阻止するための手段としてアリスが選んだことだった。払おうと思っても払えない―――彼女に頼るしかない状況を生み出す。
それが彼女のやり方だった。
受付での手続きを終えた彼女が戻ってくると、間髪入れずに彼女が座っていたソファの隣に座ってくる。
「いったんここで休む?あそこのサーバーはコーヒー飲み放題だけど?」
「一杯だけ飲むわ……」
「あ、私が行くわ。あなたは座ってなさい」
「えぇ……それくらい自分で―――」
できる、と言いたかったが、その前にアリスがサーバーの方に向かっていった。
鼻歌を歌いながらサーバーを扱う彼女は、なんだかノリノリは新妻を想起させるような姿だった。
少ししてコーヒーが出来上がったのかウキウキで彼女が戻ってくる。
彼女の持ってきたコーヒーを受け取ると、真司は間髪入れずに口に運ぶ。
「こうしてると新婚みたいね」
「んぶっ!?」
アリスの言葉に真司はむせてしまった。
つい一瞬前まで自分も同じことを考えていたので、不意打ちを受けたような感覚だった。
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫―――びっくりしただけだから」
「そう……?でも、本当にそうなれたらいいのにね」
「そうだな……お前と一緒に過ごせたら、それは幸せなんだろうな……」
真司の言葉にアリスは口を閉じる。
彼は自分のことをわかっていない。生きられることを知らない。だから、彼女も彼との未来を想像していいのだと。少しだけ彼への愛情のタガが外れかけている。
だが、そうなるのなら本当にそういう行為には慎重にならなくてはならない。
彼が将来的に長く生きれるのなら、大学も考えなくてはならない。妊娠などしては、それどころではなくなる。まあ、行きたい大学など、彼女にはないに等しいのだが。
それでも、少しは未来の幸せを願うことができる。それだけで、彼女にとって幸福なことだろう。
「おいしい?」
「ん……?そりゃ、おいしいよ」
「ふふっ……なんかむずかかゆいわね」