BALL AND DESIRE
改札を通ってからしばらくして、快速列車に二人は乗った。
これから長時間、乗り継ぎも合わせて電車に揺られることになる。なので、咳になにがなんでも座りたいところだが……
「席、埋まってるわね」
「いや、あそこの一席だけ空いてるぞ」
「じゃあ、真司が座りなさい。いつも頑張ってるんだから」
「いやいや、立ってるだけで痴漢に遭うかもしれないんだからアリスが座れよ」
「座ってもそういうリスクはあるわよ」
「女の子を置いて座れるかよ」
そんな感じでちょっとした小競り合いに発展するが、すぐにどうでもよくなる。
まあ、二人とも譲り合うのなら、どちらも座らなければいいだけだ。
そういう判断を下した二人は入ってきた扉の反対側を陣取り、アリスが扉の淵の方によっかかるように立ち、それを被うように真司が立つ。
真司が彼女を守るように立つのは、彼なりの痴漢対策とでも言うのだろうか。
車内がある程度空いていても結局警戒をする。人の醜さを最大限警戒しているようだった。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ」
「お前が大丈夫でも、万が一のことがあったら俺が嫌なんだ。それでいいだろ?」
「……好きにすればいいわ。ただ、やるならもうちょっと私にくっついて」
「……?わかった」
アリスに言われて、彼は自身の体を近づける。
彼女は、後ろ側を壁につけ、鼻先がくっついてしまうほどの距離にある彼の胸に頭を前傾にして倒れこんだ。
「これが一番落ち着くわ……」
「そういうものか?」
「そうよ。恋人に触れてる瞬間が一番幸せ―――あなたはどうなのよ?」
「俺もだよ。こうやって、アリスを身に感じられると、すごく気持ちがいい」
「……私が言うのもあれだけど、本当に恥ずかしいこと言うわね。―――あなたの良いところだけど……」
「いいんじゃんか。まあ、飛ばし過ぎずにいよう―――これからはしゃぐだろうし、色々あるくんだろ?泊まるのもビジネスホテルだし、体を傷めないようにしないと」
「え、なに言ってるの?」
アリスは真司の言葉を聞いてキョトンとする。
なにを言っているのかわからないという感じだ。
「私がホテルの予約をしたのよ?仕事でもないのに、安いホテルなんて―――そもそもあなたと一緒に寝るんだから普通のホテルに泊まるわよ」
「は?いや、俺はそんなに高いところに泊まる必要ないって―――」
「私が嫌なの。わかった?夜はコース料理よ」
「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくて……もういいや」
諦めた。アリスの目は彼に不自由な思いをさせたくないと思っている様子だった。
まあ、こればっかりは真司がアリスにホテル予約を押し切られたのが悪い。
想定外のことではあるのだが、結局いいところに泊まれるのなら文句の言いようがない。まあ、一つ問題があるのだが、それも結果が見えている。
一応彼も聞いてみるのだが……
「俺、そんな高いホテルの金出せないよ?」
「いいわよ。私が出すわ。あなたは私のお金で贅沢三昧するつもりで来なさい―――悪いようにはしないわ」
「さすがに人の金でそんなことしねえよ」
あまりにもぶっ飛んでる話のうまさに真司は思わず言う。
相手が金持ちだからと、そう簡単に割り切れないのだ。それに、家が金持ちだけでなく、彼女は自分で稼いだお金を持っている。おそらく、真司に今まで使ってきたお金はそういうものだろう。そうなれば、親の金で―――とか、言われる筋合いもないというわけだ。つまり、今の彼女は無敵だ。
その後は、電車の乗り継ぎなども合わせて2時間ほど揺られて、ようやく目的地に着いた。
目的の空港の場所からはまだ離れているが、乗り継ぎの回数も少なくつくのでまあ誤差だ。
「前日入りって言ってももう夕方近いわね……どうする?」
「まあ、もうホテルでいいんじゃないか?時間的に、服買いに行くくらいなら問題ないと思うけど―――ここで潮干狩りとか言われても、俺はどうしたらいいのかわかんない」
「いや、別にいいわよ。そういうのは事前に調べてから行くから」
そう言うと、彼女は目についた近くのアミューズメント施設に入ろうとする。
「2ゲームでもいいからボーリングやるわよ!」
「わかった。わかったから、そんなに早くいかないでくれ!」
「ほらほらチェックインの時間もあるんだから!」
やはりテンションが高いアリスについていくのは、人ならざる力を手に入れた真司でも大変なことだった。
施設の中に中に入った瞬間に、アリスは怒涛の速さで受付を済ませ、彼を引っ張っていく。
あまりの速さに真司が追い付けないでいると、いつの間にか靴を変えられていた。
ボールを適当に3,4個見繕って2人で持っていき、指定のレーンに向かう。
「じゃあ、2ゲームでスコアの高かった方が勝ちね!もちろん、チートなしよ」
「いや、別にそういう系の力はねえぞ?」
「力の限りに投げたらいけるんじゃない?」
「店ごと逝っちまうわ―――てか、勝ったらどうなるの?」
「一つだけ言うことを聞かせられる。拒否権はなしね」
「まあ、それくらいならいいか」
この時の真司は忘れていた。相手がアリスだということを。
正直、ジュースかなにかを奢る程度だろうと思っていたが、よくよく考えれば金を持っているお嬢様がそんな程度のものをねだるはずがない。
真司のお願いはすぐに決まった。
というより、あんまり思いつかなかった。だから、恋人として無難にする。
彼のお願いは『恋人つなぎでキスをする』という、付き合いたてのカップルみたいなことを考えた。
いや、付き合いたてではあるのだが……
「アリスはどうするんだ?」
「それはその時までのお楽しみね」
「その時……?時間がかかるのか?」
「まあ、そうね。今の時間じゃ、私も気が乗らないというか、恥ずかしいというか―――って感じね」
「……?まあ、いいか―――早くやろう」
先攻は真司
第一投は、完璧にまっすぐな軌道を描いていき、戦闘のピンをはじいた。しかし、端っこのピンが一本だけ残ってしまい、惜しくもストライクを逃す。
その後は、2投目でそれを倒し、スペアで終わらせた。
「やるわね。やったことあるの?」
「まあ、俺も学生やってるからな。少し前までは友達と行ってたな」
「へー、まあ、私のうまさの前にひれ伏しなさい」
そう言うと彼女は、綺麗なカーブを描かせながらストライクを取った。
いや、真っすぐやるとかなら素人ながらもうまいと言えるだろう。だが、これは―――
「もしかして、経験あるな?」
「なんのことかしら?さあ、続きをやりましょう?」
「おい、その展開はせこいぞ」
そう抗議するが、決まってしまったことを取り消せるほど真司は不誠実ではない。
まあ、結果は惨敗だったが。
何がすごいってアリスがストライクを逃したのは2回だけ。その2回も全部スペアで沈めて見せたのだ。うますぎて、真司はなんの言い訳もできなかった。
「ああいうセリフはヘタな時のフラグだろうが……」