THE RED
妙な気配―――それは魔物ともゾンビとも言えた。
今まで感じた存在の両面の性質を持っていたのだが、問題はその存在に魔力が満ち満ちていることだった。
つまり、相手は魔物。だが、なぜゾンビの気配を発しているのかはわからなかった。
だが、それから求められる答えなど一つしかないだろう。
「今回の魔物がゾンビ化の原因か?」
『わからん。だが、可能性がないわけではない―――いや、この気配の感じだ。少なくとも、その魔物本人か近しい存在だろうな』
「魔界の門が開いてる可能性は?」
『ありえないわけではない。魔界も進化を続けているからな。我が感知できないものに性質が変わっていても不思議ではない』
「そうだよな。結局、準備のしようがねえよ。門が開いたら、おそらくアサルト以上の力が必要だろうし、だとしたら結局バーストクリムゾン以外に使える力がないんだよな」
そう言いながら走り、気配に近づくままに変身していく。
一応警戒の念は込めておき、初見殺しにやられても耐えきれるようにクリムゾンでいく。
初見殺しなら何をやって来るのかわからない。当たるのはどうしても必至となるだろう。
建物の間を抜けていき、影を裂き、彼がたどり着いたところは、住宅街の少しだけ開けているところだった。
しかし、そこは住宅街であるはずなのに、やけに静かだった。
人もいない。―――外にじゃない。付近の家の中にもだ。
これでは通報が期待できない。警察の介入はないだろう。
「この規模の結界―――真司、エルダー級だ」
「まあ、そうだろうな。ある程度は考えてたよ。相手は人一人を一瞬でゾンビ化させるような相手だ、それくらいの強さでこなきゃ―――って、あいつは……!?」
彼の表情は驚愕に染まった。
目の前にいる敵は、本来存在してはならないはずの相手だったのだから。
青龍もあり得ないことではないが、その様相に驚きは隠せていない様子だった。
対して、クリムゾンに変身したことによって意識を覚醒させた玄武が言う。
「最後の命をささげたか……真司、気をつけろ。魔王即身体―――奴は前のやつとは違う」
「魔王即身体?なんだそれは」
「今は話している暇はない。動くぞ」
玄武に警告を出された瞬間、真司は慌てて両腕についていた甲羅を合わせて盾を作る。
しかし、攻撃にダメージはなかったが、勢いは殺しきれず、彼は後方に吹き飛んだ。
その攻撃の一回が彼を警戒させるには十分すぎる要素だった。
そして、彼の目の前に立ちはだかる相手とは―――
「う、うらぎ……り、もの……殺してやる!」
「意識がはっきりしてるのかそうじゃないのかはっきりしてほしいな」
体の真ん中のラインに切れた傷を無理やり縫合したのか、ところどころがずれているアピスの姿があった。
それを確認した真司は真っ先にそばに落ちていた鉄パイプを拾う。
もうすでに倒壊している家はあり、手遅れのようにも見えたが、そんなことは関係ない。
「付近の人間はどうした?」
「あ、か……い―――」
「真司、魔術が来る。構えろ」
質問に対する応答はなしに攻撃を仕掛けられる。
先ほどと同じように甲羅で盾を作り、防御をしようとするが―――
「―――葬鞭」
相手はなにも空間から鞭を取り出し、それを振りぬいた。
正面からの攻撃を想定していた真司は、一瞬反応が遅れるものの、側方から飛んでくる鞭を避けようとした。だが、やはり一瞬遅れたのが大きいのか、彼の左腕をかすめてしまった。
「大丈夫か?」
「問題ない―――ぐっ!?」
大丈夫、と言いかけた瞬間、彼の左腕に力が入らなくなった。
突然のことに頭の回転が間に合わない。だが、本能で思いっきり後ろに下がる。
あの鞭に当たっちゃいけないことを瞬時に見抜いたのだ。
「なんだあれ……力が……」
「こ、の、鞭は……赤きものを失わせる」
「赤きもの―――血か!」
アピスの言葉を聞いた真司は自身の左腕を斬りつける。
確かに痛みは走ったが、血は一切滲んでこなかった。
血が流れてこないのでは、力が入らないだけではない。酸素が供給されないことで、彼の左腕の細胞が壊死してしまう。
いや、そこは最悪いい。腕を切り落としてから魔術で再生させれば、影響を受けている腕とは違う新たな腕で日常生活には戻れる。
今気にするべきは、完全に重心がずれてしまったことだ。
左腕に力が入らず、力を左側に寄せられない。
どうしても重心が右側に寄ってしまう。これは普段やらない戦い方だ。
再生魔術の構築にも時間がかかる。
この戦いの中では出せないだろう。
だったらこのままやるしかない。
力の入らないままに彼は前方に走り出す。
(次はもう腕を失うわけにはいかない。足もだ。胴に関してはどこまでが有効範囲で、心臓が射程圏内に入るのかわからない。そうである以上は、無意味にあの技は食らえない)
しかし、そう考えても鞭の軌道は早いうえに読みづらい。
それを動きはある程度鈍重であるクリムゾンを使うのは分が悪い。少々弱くなるとわかっていても、ここはコルバルトの方が有効だろう。
その結論に至った真司は、走りながらクリスタルを回転させて、クリムゾンに変わる。
それに代わったことで、剣がただの鉄パイプに戻るが、それをへし折って二本にし、今の状態の専用武器に切り替える。
切り替わりの瞬間に相手の鞭もやって来るが、そんなことを気にせずに突っ込んでいく。
鞭が波を打ちながら地面も打ち付けていくが、それよりも速く相手の懐に飛び込む。左腕は使えないままで、斬撃を一瞬の間に叩き込む。
だが、やはり手数が単純に二分の一になっているのが大きく、さほどのダメージを与えられていない。
だが、諦めずヒットアンドアウェイに徹し、なんども斬りつける。
「ぐはっ……こんな、人間風情があああああ!」
「くっ!?―――無茶苦茶だ!クソゲーでももうちょいマシな動きするだろ!」
なんども接近し、なんども後退。それを永遠に繰り返したことで、相手の何かに触れたのか、鞭での攻撃を止めて、それを自分の周りで回転させながら防御に回してきた。
これでは接近ができない。触れた瞬間アウトなものを防御に使う。
合理的ではあるが、こちらとしては手段に困るものだった。
だが、この程度で攻撃を止めるくらいならとっくに彼は死んでいる。
彼は持っていた武器を鉄パイプに戻し、自身をメイズに変えた。
今度は射撃で対応する。接近が駄目なら、遠距離からだ。