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THE TEARS

 「ガアアアアアアアアア!!!」


 そう咆哮する真司は、あの時見たボロボロのマントを纏い、メイズへと変身している姿があった。

 そんな彼に相対するのは無数の人間のなれの果て―――ゾンビの集団だった。


 突然起こった火の海の中で起こったゾンビパニック。唐突な事態に、警察の出動も避難誘導もすべてが間に合っていない。


 だというのに、一般人は少なくとも噛まれていき、ゾンビの増殖は止まらない。


 今はもう彼しかいない。

 たとえ暴走していたとしても。


 「ガアアアアアアアアア!!」


 準備は整ったとばかりに大きく叫び、低姿勢で突っ込んでいく。

 目についた一人のゾンビの腰に突撃し、そのまま腕を回してねじるように力をまわしながら込める。


 「がが……」


 ゾンビもあまりの苦しさにうめき声を上げるも、そんなことは彼に関係なかった。

 なんの躊躇もなく、彼は腕を振りぬき、自慢の爪で相手を切った。


 その瞬間、ゾンビの上半身と下半身は分断される。

 勢いのまま上半身は回転しながら宙を舞い、しばらくしたのちに地面にたたきつけられた。


 「お、お母さん!」


 今殺されたゾンビはその場に居合わせた子供の母親だったのか、近くにいた少年が呆然と立ち尽くす。しかし、すぐに他の人がその子供を抱えて走り出す。


 「お母さん!お母さん!離して!お母さんが―――お母さんが死んじゃう!」


 そんな悲痛な叫び声も聞こえてくるが、しばらくすれば遠ざかっていき、爆発音とほかの人の逃げ惑う悲鳴で聞こえなくなる。

 そうでなくともその感情が伝わらない彼の心はすでに闇に支配されている。


 現場にまさに地獄と言えるだろう。


 なんの罪もない人たちが次々とゾンビに変えられていき、それを暴走する真司が次々に殺していく。

 これを凄惨と言わずしてなんという。これだけのことをして、これだけの犠牲を払って、なぜ―――


 ―――なぜ、ゾンビの増殖速度が真司のゾンビを殺す速度を上回っているのか。


 そう、これはすべて魔物の策略だから。

 なにも守れないように仕組まれている。


 一人の忠義は揺るぎ、一人の誇りは踏みにじられ、一人の生き様を奪われる。


 誰も幸せにしないこの戦い。終わらずに、町をゾンビパニックの渦中へと巻き込んでいく。


 人の命をふるいにかけるこの事案は、もしかしたら日本を終わらせるためのものかもしれない。

 しかし、それでも戦う3人が見る世界とは何なのか。


 人々は知らない。暴走し、人を殺し続ける彼の目には、涙が浮かんでいたことを。

 そして、その涙の意味を皆はまだ何も知らないままだった。


 ―――なぜ、こうなったのかというと……


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 長谷川と晩飯をともにした翌朝。

 いつものように、当然のごとくアリスが隣に寝ていた。


 真司もその光景に慣れて、なにもないかのように部屋で着替え始める。


 すると、少し時間を置いて目を覚ましたアリスが呆れたように言う。


 「ちょっと、女の子が部屋にいるのに着替え始めるって……」

 「別にいいだろ?俺の部屋に居座ってるのはお前だし、そもそも裸を見せ合ってるのに、今更なにを恥ずかしがるんだよ」

 「一緒にしないでくれる?私はまだあなたに下着を見られるのすら恥ずかしいのよ?」

 「だったら一緒に寝る理由はなんだ」


 アリスの言葉に真司が返す。

 あれだけ関係を持ちたいと言っていた彼女の割には、一切手を出してこない。


 この間の旅行である程度振り切れたかと思えば、いつも彼女は彼に抱き着きくらいで止まっている。


 まあ、例外はあるのだが。


 「それはあなたと一緒にいたいからよ」

 「お前の両親はいいって言ってるのか?」

 「お母さんには許可もらってるわ。お父さんはなにも知らないわ」

 「いいのか、それって?」

 「んー、もしかしたら殺しに来るかもしれないわね」

 「大丈夫じゃねえじゃん」

 「あなたなら大丈夫でしょ?」


 そう、とは返せなかった。難しいところだ。

 娘のことを思う父親はいい人物だと思うし、それに逆らう理由はない。むしろ、彼女の処女を奪ってまでいるので、一言くらい挨拶があったほうがいいくらいかもしれない。


 「にしても、あなたは全然襲ってこないわね?」

 「その言葉、そっくりそのまま返す」

 「私は―――あなたとの約束だから。もう、土曜日以外はあなたに求めたりしないわ」

 「そうか……律儀だな」

 「あなたが約束を破って、土曜日の夜以外に襲ってきたら、私もできるんだけど……」

 「期待するような目線を向けるな。なにがあっても俺が襲い掛かるようなことはない」

 「そう言うと、期待しちゃうじゃない」

 「話聞いてんのか?」


 彼女は話を聞いているのかどうかわからなくなったが、できるだけ気にしないようにした。

 真司の知っている彼女は、彼との子供が欲しいと健全な高校生には似つかわない思考をしている。


 それは本当に将来の彼女に苦労を掛けることになる。


 思いだけでどうにかなるならそうしたい。しかし、彼の彼女に対する愛情がどうしようもないほどに膨らんでいるのもまた自覚している。

 彼女“の”将来を思う愛か彼女“との”将来を思う愛か。


 彼には選択が迫られる。

 暫定では、前者を思う気持ちが強い。


 彼がなにを選ぶのか、彼女を泣かせない選択をとれるのか。それは神すらも知りえないことだった。


 『魔物だ……』

 「そうか……この感じはゾンビじゃねえな」


 唐突に彼が呟く。

 それを聞いたアリスは状況を察し、彼に抱き着いた。


 「なんだ?」

 「いってらっしゃいのハグとキスよ。これくらいは恋人のスキンシップ」

 「そうか……キスくらいまでなら、別に問題ないか」


 そう言うと、彼は目を瞑って待つ彼女の唇に優しく触れた。

 くちゅっと瑞っぽいを音を鳴らしながらも、深いところまでは踏み込まない。今からのことを考えると、そんな気分になるわけにはいかなかった。


 「行ってらっしゃい真司―――お昼ご飯、お義母さんと一緒に作っておくわ」

 「そうか、楽しみにしておかないとな」


 そう言うと、彼は部屋を飛び出していく。


 玄関で靴を履いた真司は家を飛び出していき、そのまま気配のする方向に走っていく。


 「たしかに魔物の気配だが……なんだこの感覚は?」

 『わからない。家で感知した時は大したものではなかったが、なんだこの感覚は?覚えがない。魔界の門が開いたというわけでもなさそうだ。いや、開いたうえでなにかが起きているのか?』


 その疑念はすぐに解消される。だが、それは大きな疑問も孕んでやって来る。

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