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THE FAREWELL

 次の日の18時。真司は自宅の最寄り駅にて自身の恩師が来るのを待った。


 正確には17時55分―――その5分前に到着した彼は、ある程度目立つところで立っていた。

 それからものの数分で長谷川は到着した。


 「すまない、待ったか?」

 「いえ、集合時間には来ているので、少々は問題ないですよ」

 「そこは待ってないっていうところじゃないのか?」

 「そう言うのは相手が異性だからいいんですよ。誰彼構わずやるのは三流ですよ」

 「言うようになったじゃないか。まあ、ここで話すのもあれだし、早速店に向かおう」


 そう言って長谷川は真司を連れて電車に乗った。

 電車内で二人は特に喋ることはなく、2駅ほど離れたところで降り、近くの居酒屋に入っていった。


 店は個室になっており、二人はあまり広くない部屋に詰められた。

 自然に対面で座るようになってしまい、少しだけ気まずい雰囲気が流れる。


 その空気を壊そうと、長谷川はしゃべり始めた。


 「なにを飲む?一応私も教職だから酒は飲ませないぞ」

 「別に飲む気もないですよ……レモンスカッシュで」

 「わかった」


 真司から飲みたいものを聞いてから、自分の飲みたいものや料理も含めてオーダーをした。


 「ここ、雰囲気いいだろう?最近見つけたんだ」

 「そうですか……」

 「加藤―――と、言ったかな。あの子は十神ほどじゃないが、中々見込みがある選手じゃないか」

 「だろうな。あの学校で一番に守るべき選手だからな。それだけ期待されてるし、大事にされてるよ」

 「でも、結局十神の方が早い」

 「いいんですよ。そこら辺の踏ん切りはつけたし。まあ、思うところはありましたけど、結局ドーピングで得たような力で買っても何も嬉しくないので」


 それはある意味、選手としての矜持であった。

 彼が選手復帰するのは簡単なことだった。なんせ契約により、彼はすべてのスポーツにおいて世界レベルの存在になっている。それほどの身体能力を持っている。


 だが、それ純粋な自分だけの力でない以上は使わないだけのことだ。


 そういうところはちゃんと真面目なのだ。いや、そういうことをする選手は単純に彼のように強くなれないだけかもしれない。


 「お前は後悔していないのか?自分の選択を」

 「後悔はするわけないでしょう?そんなことするくらいなら、俺はなににも首を突っ込んでません」

 「私の前なら、少し弱音を吐いてもいいんだぞ」

 「弱音もクソもないですよ。悔いがないわけじゃない。でも、それ以上に悔いを残してしまうかもしれない。なら、戦うしかないんですよ」


 真司のその言葉にやるせなさを感じる。

 自分よりも一回り以上年が離れている。だというのに、彼は戦う覚悟を決めて、命すらなげうっている。


 それが自分にできるかと聞かれたらそれは否だろう。


 確かに彼は昔からそういう生徒だった。

 あれで困っている後輩をないがしろにしないし、同級生にも優しく、先輩に対しては敬意を持ちながら自分の意見を言う肝の据わったやつでもあった。


 そう言った人間だから、誰からも愛されて、誰からも嫌われる。

 だからこそ、丁寧に大切に指導していかなければいけない。


 高校で水泳の道を捨てたのも、きっかけはスランプだと聞いた。

 選手のぶち当たるカベだろうし、必ずそういうことはある。それを超えられなかったのは彼自身の弱さなのかもしれない。


 だが、それがすべて悪かったということでもなかったのかもしれない。

 彼がスランプに陥り、あの日部活を早退していなければ、少女を救うことはできなかっただろう。彼がいたから小さい命は守られた。


 見る人が見れば、誰も彼を責められない。彼が学校でないがしろにされているのは、彼自身にも原因はあるだろうが、それでも周りが子供だからだろう。


 「お前はよくやってるよ」

 「……?なにがですか?」

 「誰がなんと言おうと、十神は頑張ってるさ。ニュースとかでもお前の姿を何回も見てきた。どれだけ的だと言われても、お前は戦いの場に行ってるんだろう?」

 「……」

 「あんなに批判されて、警察からも狙われて、私だったらとっくに人間を見捨ててる」

 「それは、守るものがあるかないかの違いじゃないですかね?」

 「たしかに私に家族と呼べるものはもういなくなってしまった。だが、多分十神はいなくても戦うんじゃないか?」

 「わかりません。さすがに、母さんとアリスがいなかったら、もう限界だったかもしれないです」


 言いながら真司はどこかを見る。

 彼の言葉に嘘はない。ただ、その言葉を長谷川は鵜呑みにしなかった。


 彼はそういう人間だと、心から確信していたから。


 「私はもうすぐ海外に飛ぶ。お前に空港の見送りに来てほしいと思ったが―――なんだかなあ……」

 「別に俺は―――」

 「短期間と言え、教えてくれたってことでお前の学校の水泳部が来る」

 「あー……どうしよう」

 「だから私はここで話をしたいと思っただけだ。来るも来ないも自由だが、無理はするなよ」

 「別に―――どうですかね」


 真司は言い淀む。

 口にはしないが、水泳部が来るということであまり行きたくない気持ちになっていることは確かだったからだ。


 長谷川は来なくてもいいと言っているが、それはそれで不義理だ。

 なにか致命的なことが起こる前に別れの言葉は言っておきたい。まあ、真司にはほかにも言いたいことがあった。


 「まあ、俺はもうすぐ帰らないと補導されちゃうんで。そろそろでますね」

 「―――もうそんな時間か。2時間経つのも早く感じるものだな」

 「もしかしたらここでお別れになるかもしれないので、言いたいことは言っておきますね」

 「ああ」

 「3年間、ありがとうございました。あと、いつもみたいに真司でいいですよ。名字で呼ばれるのはなんだか気持ち悪いです。特に先生には」


 いつの間にか自分のことを苗字呼びされているのが気になっていた。

 なかなか言い出せずに放置していたのだが、最後くらい名前で呼んでほしかった。


 「―――悪い。いつもの癖で唯咲を名前呼びしていたら、ほかの部員にセクハラって言われてな」

 「はは、女子高生相手ならそう言われますよ。でも、俺は先生に名前で呼ばれた方がいいですね」

 「そうか―――なら最後くらいは真司でいいかな?」

 「ですね。先生はまだ残りますか?」

 「ああ、会計も持っておく。だから真司―――お前は明日からも頼むぞ」

 「―――言われなくても」


 そう言って真司は立ち上がり、店を出て行こうとする。

 しかし、なにかを忘れたように、個室の扉を再度開けて、彼は言った。


 「向こうに行っても頑張ってください」

 「ああ、折れそうなときは真司の顔でも思い出すよ」


 これが二人の別れの挨拶だった。

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