THE DELETION OF MEMORY
「な、なんだ……?体が」
「やはり負担は大きいか……契約に従い、主―――真司の命は費えるだろう」
無慈悲な言葉。言う必要のないはずだ。
だが、青龍は契約内容を確認するように真司に言う。
「お前は命を投げ出した。その意味は分かっているな?」
「ああ、ごほっごほっ―――意味なくこのまま寿命で死ぬくらいなら、意味を持って死にたい。たとえそれが、死期を早めることであってもだ―――まあ、母さんには申し訳ないけどな」
青龍は真司の記憶の閲覧を完了していた。
契約の主となる相手の生きている姿を見ることによって、契約の方針を変えるためだった。
「かはっ……そん、な、ことより……なんだ、これ?体の不調が……」
「おそらくお前という器が耐えきれなかったのだろう」
「どうすればいい?お前も、ここで壊れたら困るんだろう」
「そうだな……お前をここで簡単に殺すのも申し訳ないか。少々目的の達成は困難になるが、むしろ完全連結のほうが力になるか?」
一人で呟き、青龍は自身の中で結論を出した。
彼が体の不調を訴えて、地面に倒れ始めて、事態は一刻を争っているように見え始める。
「あとは我に任せろ。次の戦いまでに最適化を図ろう」
「ああ、頼む」
その様子を見て、青龍は確信した。
彼がこのオリジンの仕組みを理解していることを。
そして、魂をむき出すにする―――いわゆる最適化と呼ばれる行為をすれば、真司に助かる見込みができることを。
だから青龍は決めた。
「お前は、わかっているのか?」
「ああ、このまま体で戦い続ければ、いつか朽ち果てる。なら、最後の戦いまでその手段は取っておくべきだ。たとえ、若干弱くなるとしても―――今はまだ四神の力は集まっていないのだろう?いわゆる魂の記憶から、青龍を除いた四神のうちの三つを抽出したんだろう?」
「ああ、完全に集ったとき、オリジンの真の姿を手にすることができる。だが、それを使えばそれこそ命の消耗を早めることになる」
「いいんだよ。もう、覚悟を決めた。早計かもしれないが、男の決断は早い方がいい」
選択は揺るがない。
彼の記憶を見て、青龍は揺らいでしまった。青龍の知るオリジンは、もっと残忍で戦いを楽しむ者だった。
なのに、今の真司は好まないながらも、守るために戦おうとしている。口では理由だのなんだの言っているが、過去を見てしまった青龍に見抜けないはずがなかった。
嘘ではない。だが、真実ともいえない。
そんな言葉を言う真司の言葉を、真に受けるわけにはいかなかった。四神でありながら―――魔物でありながら、彼が生きることを望んでしまった。
記憶さえ見なければ、青龍は彼を消耗品として使うことができたのに。
(この場での契約以外のすべての記憶を消すしかないか……)
彼はすべてを知った―――いや、魂の底から呼び起こし、思い出した。
それを封じ込めると、やがて再度底から引きずり出してしまうだろう。だから、消すしかないのだ。
「もう意識が、持たねえな」
「そうか―――何度も言うが、あとは任せろ」
「ふっ、あんまり同じこと何度もいうんじゃねえ―――中身がないように見えるぞ」
「そうか……」
青龍に言いたいことを言った真司はそのまま意識を落とした。
彼の意識が落ちた後、青龍は術式を発動した。
「真司の体から我以外の四神の力を切り離し、疑似的に我が能力を負担する。これをすると、記憶の重要項目が四つに分けられて、我自身も四神が揃うまで完璧な情報を扱うことができない。だが、これもすべて彼のため、か」
術式を発動させながら、自身は真司を見る。
本当にあれと同じ存在なのだろうか?
そんな疑問が錯綜する。
だが、記憶を見る限り、残虐さもなにもないただの好青年。まあ、最近でこそ腐っているみたいだが、人を思う気持ちはあるようだった。
術式を発動を完了した青龍はついに段階を踏み始める。
まずは体と魂を切り離し、肉体を封印する。
来るべき時に開放すれば、彼は肉体を取り戻し、本物の命を取り戻せる。そして、この状態の唯一のメリットはただ一つ。残機が一つだけできること。
つまり、彼は一度死んでも蘇生が一度だけ可能になる。
「だが、それを知っていれば、真司は必ず一度死ぬことを前提にして戦うだろう」
真司のその姿を想定した青龍は危険性を排除するために動く。
記憶さえ消せば、彼の生活は守られる。笑顔になれる生活を取り戻せる。
そのためにするべきことも青龍には見えている。
記憶を消すだけじゃない。
もし魔物との戦いが終わったときに備えて、彼がほかの人としっかりと関係を持てるようにすることだ。
彼の心を救うにはこれしかない。
青龍は、意識のないことをいいことに、真司に対して記憶の削除を行った。
そうして彼は、謎の白い0号と自身の変身後の名前。そして、彼が見た謎の光景―――謎の詠唱もすべて忘却の彼方へと消えていった。
こうしても、彼の覚悟が固く、誰との関係を持とうとしなかったのはさすがに想定外だったとしか言いようがない。
記憶を消した後、少ししてから真司が目を覚ました。
「うっ……体がいてえ」
『仕方がない。我と真司の体がまだ適応しきれていない。一晩もすれば治るから我慢してくれ』
「わかった……とりあえず、家に帰ろう。寝れば治るってことだろ?」
『まあ、そうなるな。あと、幼馴染とやらの家に寄って行かないか?』
「なんでだよ。つか、なんで俺に幼馴染がいること―――記憶でも見たのか?」
彼はものの一瞬で青龍が何をしたのか理解した。
察しのよすぎる彼は、記憶を除かれたことにも気づき、もう一つのことにも察しがついていた。
だが、彼はそれを言わなかった。確信ではなかったから。
そうこうしているうちに、真司は早々に帰る準備―――服に着いた砂埃などを落として雑木林を出ていった。
事故の後遺症や契約の未適合も相まって、歩くのすらしんどかったが、青龍が人払いの結界を張ってくれたおかげで、不良などに絡まれずに済んだ。
少々早計な判断による契約。そこについては誰も否定しない。
だが、そこには確かな心と命の危機による早急な判断の必要性があった。
誰も間違ってない。だからと言って、誰もあっているとは言えない。
彼の本当の地獄は、この先に待ち受けているのだから。