THE FIRST
声の聞こえるほうに向かって歩いていると、立ち入り禁止で有名な雑木林にたどり着いた。
肝試しに不良が入ることはあるが、基本的にここら辺に住む人たちはここに近寄らない。小学校でも不良たちが湧くので、ここには近づかないように強く言われる。
そんな場所に真司は来ていた。
「おかしいな。聞いてた感じだと、数人の気配くらいはあるものだが……」
ここ最近の喧嘩でなんとなく人の気配というものを察知するようになった彼は、この場所にひとがよりついていないことを不思議に思った。
単純に不良だからと毎日湧いているわけではないのだが、彼はそう言いたいのではなかった。
違和感の正体を不良がいないことにしたかっただけ。
彼はもう気づいていた。目の前に広がる雑木林の中になにかいると。
木々の間から噴き出すなにかの気配。ただの一般人ですら感じ取れるような異様なプレッシャー。
こんなものが出ていたら、人は気付かないうちに―――無意識にこの場所を避けるだろう。自身の命を守ろうとする防衛本能が働いて。
真司はそんな自分を守ろうとする意識を振り切り、雑木林へと足を踏み入れていく。
一歩また一歩と進むたび彼の心を恐怖が支配していく―――ことはなく、むしろ足を踏み入れてからここに来るまで、少しずつこの場所を忌避する気持ちが晴れていく。
しかし、それと同時に彼をある感情が支配していく。
(なんだ、この感覚は……恐怖?いや、喜び?なにに?)
自身の覚えるその気持ちがどういうものなのか理解できなかった。
だが、彼自身があえて名前を付けるというのなら、それは愉悦なのだろう。名前を付けたとしてもこの気配に覚えはない。
だが、魂が震えるような感覚。懐かしいとも思えるその異様さは、彼の心に一つの余裕を与えてしまった。
ここでそれに怖さを感じていれば、彼は戦うことにならなかったかもしれないのに。
歩みを進め、奥へと進んでいく。自分のなにかを求めて。
変化が欲しいわけじゃない。
ただ、生きる意味が欲しかった。
水泳を失い、どう生きればいいのかわからない。もしものためにと勉強は欠かさなかったが、結局使いどころがわからない。泳げなくなっても部活を辞めなかったのは、多分彼が水泳を辞めた後の自分を想像できなかったんだろう。
だからこそ、彼が求めるのは意味だけ。
変わらなくてもいい。なんのために生きるか、なんのために戦うか―――
(戦うって……ここは戦場かよ)
自分で求めているくせに、自身を笑う。
戦うなど、もう何十年も前にこの国からほとんど喪失した言葉だ。
そうしていると、大きな影が見えてきた。
とぐろを巻いて目を閉じている大きな龍―――そして、確かにその龍から声がしていた。
「俺を―――俺を呼ぶのはお前か?」
「お前は……我の魔力を恐れないのか?」
「魔力……?少なくとも、俺はお前のことは怖くないぞ」
「そうか……お前が―――〇〇〇〇〇〇〇か……」
「なんだ、それ?」
「気にするな―――お前が我とともに戦えるということだ」
「戦えるって……」
真司はいまいち話の意図を汲めなかった。
もちろん少年漫画を読んだことのある彼は、言葉の意味は分かっていた。
だが、唐突に戦えと言われてもそんな覚悟ができるわけがない。
話を理解しようとすると、まるで彼自身に戦う力があると言われているみたいだった。
「なんで俺が……戦えるんだ?」
「それはさっきも言った通り、お前が〇〇〇〇〇〇〇だからだ」
「なんだよそれ―――」
「我々魔界は人界に侵攻しようとしている。それに対抗できるのが、〇〇〇〇だ」
「侵攻……魔界……知らねえ単語が増えた」
「簡単に言うのなら、お前のいる世界が―――生活が脅かされている。それを救う手段は、お前が戦うしかない」
その言葉に真司はめまいがした。
なぜ自分が。なぜ戦わなければならない。そんな疑念が錯綜して彼の思考は停止し始める。
しかし、着実に選択は迫られる。
ズガァン!
「―――っ!?」
「クソ……もう見つけたのか」
「なんだ、あれ……ライオン……?でも、立ってる」
「あれが魔物だ。我と契約すれば、あれを倒すことができる」
「倒すって―――なんでだよ!お前の話だと、あれはお前と同じじゃないのか!」
「正確に言えば違う。だが、それより問題なのは、奴はこの世界を滅ぼそうとしていることだ」
「だからって契約したとして、それだけなのかよ!」
青龍と話していると、ライオンは襲い掛かってくる。
相手の魔物の爪を見て、これに当たったら終わりだと、本能で感じ取った彼は、無我夢中で攻撃を避ける。
「デメリットがないわけじゃない―――これを聞いて、お前は契約したくなくなるかもしれない」
「そういうのを―――先に言え!」
「死が近づく―――人間にない魔力をお前に与える。それだけでも魂に負担がかかるのに、我は四神の一人。我の力そのものがお前の魂を壊し、長くても数年しか生きられない」
「そうか……」
青龍の言葉に真司はすっとなにか落ちたような感覚を覚えた。
腑に落ちた、と言えばいいのだろうか。
「それでどのくらいの強さが手に入る?」
「薄汚い欲望で指し示すのであれば、魔物がいなければ、この世界を破壊できるほどだ」
「薄汚い、か……正直、母さんを一人にしたくはない。でも、俺しかいねえのか?」
「ああ―――我の言葉を聞けるのは、時代に一人だけのみ」
「じゃあ俺が戦わなければ―――」
「この世界は終わりだ」
普通ならのみ込めない。
漫画の主人公のように、ただ正義感にあふれた者たちでなければ、死ぬが嫌で話を受け入れられないだろう。
だが、彼が求めるのは意味だった。
生きる意味を失った彼の今の姿は、死んでいるのと変わらないのではないだろうか?
「俺は、もう生きる理由もない。母さんを一人にするのは嫌だけど、母さんが目の前で死ぬ方が受け入れられない。それにあいつらにとって俺は、疎ましい存在かもしれないけど。美穂や加藤は、俺の友人だった。一瞬だけでも仲良くした奴らを、目の前で殺したくない。もう一度聞くぞ。俺の命があれば、皆の明日を守れるのか?」
「ああ、明日でも、その次の日でも―――お前の大事な人間の未来を守ることができるだろう」
青龍の言葉で、彼はすべてを決めた。
命を投げ出す覚悟も。一人で戦う覚悟も。そして―――
「契約する。俺という存在が、生きていてよかったと思える明日のために」
―――彼が人間を捨てる覚悟を