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THE ZERO 4

 『誰か―――応えてくれ』

 「……?母さん、なにか言った?」

 「いや、あたしは特になにも言ってないけど?」


 突然聞こえてきた声に真司は下に向けていた顔を上にあげた。

 食事中ということもあって、すぐに顔を戻して口に食べ物を運ぶのを再開したのだが、やはりそれがどうしても気になった。


 かすかな声で、声量も大きいとは言えないほど。

 幻聴か何かの類だと思えば、特に気にならなかった。ただ、その時は―――


 「疲れてんのかな?」


 最近の学校での扱いを思うと、精神的負担を知らぬ間に覚えてしまっているのではないかと思ってしまった。

 学校を一旦休むことも考えたが、成績落とすのもあれだし、片親で学費を払うというなんとも大変なことをしてくれている母親に申し訳ない。


 本当はいろいろな意味で行きたくないのだが、そう言った理由とあとは意地のみで学校に行っていた。

 この間の期末テストでは学年順位一桁に入るほどの好成績を維持していた。


 まあ、部活の時間がなくなって勉強する以外やることがなくなったからなのだが。

 それによってまた一瞬だけ彼がちやほやされる時間ができたのだが、無視していたら彼のもとに近づく人間はいなくなっていった。


 その時に幼馴染も近づいてきたのだが。


 「し、真司―――勉強、教えてくれない?」

 「水泳部はどうした?今日普通に練習だろ」

 「そ、その……私の点数が悪くて、このままじゃ留年が―――」

 「お前、学年50位以内に入ってんじゃん。どこに留年する要素があるんだよ」

 「そ、それは……こ、高校に入って勉強難しくなってるし、このままじゃ。だから真司に教えてほし―――」

 「お前たちの大好きなエース様も学年20位以内に入ってんだからそいつに教われよ」

 「ま、まって!―――ふぎゅっ!?」


 美穂を突っぱねて足早に歩き始めるが、美穂もそれを追いかけようとするが、焦り過ぎて転んでしまった。

 なにか固いものに当たったような鈍い音がして、真司の足も止まったが、そのまま歩き始める。


 下手な優しさは時に残酷になるからだ。

 この時の彼は、まだ美穂のことが好きなままだった。そして、それは美穂も同じ。


 それは真司もわかっていた。

 だからこそ、彼女に嫌いになってほしかった。彼女の顔を見ると、否応なしに思い出してしまう。


 彼が地区の水泳大会で優勝した時に、彼以上の笑顔で喜んでいた彼女の笑顔を。

 そう、彼が明確に美穂を好きになるきっかけとなった表情だ。


 それを思い出すと、どうしても心が満たされて、泳ぎたくなってしまう。

 もう今は運動すら怪しいというのに。


 もう一度足が治れば、もしかしたら前よりすっきりした気持ちでできていい記録が出るのかもしれない。


 少なからず、そう思うこともある。未練がないかと聞かれれば、それは否としか答えるしかないから。


 そんな彼が彼女に助け舟を出せば、すっぱり諦めてもらうという思惑も、自身が彼女を諦める思惑もすべてが崩れる。

 感情に任せて美穂と付き合えば、彼女が不幸になる。


 彼女の友人も距離を置くだろうし、水泳部での立場もなくなるだろう。


 自分ひとりのために孤立させてしまう理由がない。自分にそこまでの価値はない。

 彼が知らないだけで、彼自身を評価する人もいないわけじゃない。人格はいい方なので、無意識に人を助けることが多く、何人かからはそこまで嫌われていない。


 特に現生徒会には好かれている。無論、友人感のような恋愛感情がないものではあるが。

 まあ、立場上そう言ったことを表立って言えることはない。


 そんなことをしていると、いつからか不良たちに絡まれるようになった。

 どこからか恨みを買ったのか、それとも誰も助ける人がいないからカモだと思ったのか。


 心当たりが多すぎて、なぜ寄ってきたのかはわからない。

 彼には関係ないところでどういわれているかもわかっていたからこそ、考えるのが面倒で、言葉よりもすぐに手を出した。


 奪われる前に奪ってしまえと、何人相手でも彼は先手を取って殴り掛かっていた。


 いつしか人数がとんでもないことになっていたが、相手の数が10人を超えたところで人通りの少ない道を通らないようにし、自己防衛を取り続けた。


 殴り合いになれば、完治したとはいえ後遺症を残している下半身に負担を与えるし、最初の方は喧嘩のやり方が粗雑で、ボロボロになることもあった。

 だが、いつしか彼は怪我ひとつすることがなくなり、相手が7人いても無傷で乗り切るレベルになった。それも2週間程度で。


 もしかしたら、この時から片鱗が出ていたのかもしれない。


 不良たちとの喧嘩の後に、ボコボコにした体から財布などを戦利品としてとっていった。

 いつも卒らは自身のものを持っておらず、誰かのものだった。


 そう言った財布は彼が使うことはなく、それに入っていた免許証や生徒証などで身元を割り出し、家のポストなどに投函しておいた。

 恋人との写真が入っている財布から金をとる気にもなれなかったのだろう。


 それでさらなる恨みを買って、その後アリスとのちょっとしたいざこざに発展するのだが、彼はまずこの時は恋人ができることすら想定していなかったので、知る由もない。


 ボロボロの体で学校に行き、またそれも噂になって、しかも今度は先生に呼び出されて。気分の悪い説教を受けて。知らぬ間に彼の心は本当に疲弊していた。


 「なにがお前を心配してるだよ。お前の教師歴に傷がつくのが嫌なだけだろ」


 そう言いながら帰路につく。本当はもっと早く帰れるが、説教のせいで部活動の最終下校時刻になってしまった。

 後半の方は話なんて1ミリも聞いていなかったが、それでも無駄な時間が過ぎるのはしんどかった。


 ほかの生徒は和気あいあいと話しながら下校していく。

 そんな中、彼は一人で歩く。心の底で誰かにすがって、誰かに助けてほしい。そう思っていたのかもしれない。


 別に幼馴染ではない。その幼馴染はぎこちないながらも部の人と一緒に帰って笑っている。

 闇に紛れている真司のことには気づいていない様子だった。


 誰か気付くことに期待していた。誰かが手を差し伸べてくれることを期待してしまった。だからだろうか―――


 『誰か―――応えてくれ』


 こんな誰のかもわからない。正体不明のその声に惹かれていったのかもしれない。

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