THE ZERO 3
彼が次に目を覚ました時、目に写ったのは病院の天井だった。
元々精神的な負荷がかかっていたせいなのか2日ほど眠っていたらしい。
それだけでも色々と整理がつかない真司だが、ほかにも話は続いた。
看護師たちに支えられながら車いすに乗せられて、先生のいる部屋に行くと、残酷な真実が伝えられた。
「えー、十神新真司君……?……っとね、君、もう運動できないかもね」
「はぁ……」
「昔の地元紙に乗ってるの見たことあるから、こういうこと言うのは申し訳ないんだけど、もう水泳は愚か体育とかの運動も無理だね。今回の事故で君の下半身に結構なダメージが入ってるみたいでね。リハビリとか頑張れば、普通に歩くとかはできるだろうけど……」
「そうですか……」
「そんな!先生、どうにかならないんですか!息子は今日までずっと―――っ!」
先生の言葉を聞いて、一番騒いだのは真司ではなく彼の母の明音だった。
彼の才能を一番近くで見てきて、笑顔で大会を優勝する様を何度も見届けてきたからこその行動だった。
彼女が一番、真司の選手生命の終わりを告げられたことが受け入れられなかった。
先生もどうしようもないと説明するが、明音はどこか治せるあてはないのかと何度も何度も聞いた。だが、それでも帰ってくる返事は、「治らない」という言葉だけだった。
競技で輝く息子の姿を見ることはできないと言われ、母は柄にもなく泣き崩れてしまった。
だが、彼は涙を流せど、腹をくくった様子であった。
なんだか自分の中で踏ん切りがついたような気持ち。
ぐるぐる巻きの包帯に力を入れても機能しない下半身。確かにこれでは運動などできないだろうし、治っても前ほどの動きをするなんて絶望的だろう。
それを考えた瞬間に、彼の中ではもう部を辞めることは決まった。
この時の彼は、やめても特に誰にも悲しまれることはないだろうと考え、やめないと思うこともなかった。
それに先んじて、彼は言う。
「あの、母さん以外の面会断ってもらっていいですか?」
「―――?わかりました」
先生はその言葉の意図は組めなかった。まあ、面会の対応はこの人ではないのだが、本人がそう言っているのなら、病院側がそうすればいいだけ。
一番彼の言葉に驚いたのは明音だった。
なんせ、最近疎遠気味だとは聞いていたが、こういう時くらいは好きな人によっかかると思っていたからだ。
だが、彼がそう言うのなら仕方がない。
彼女も病室の番号を教えてほしいという連絡をこの後すべて断った。
なぜかと問い詰められることもあったが、理由は彼女にもわからなかった。
それから長かった。
誰からの面会も断り、誰からも心配の声もない。
メッセージも幼馴染から来た『大丈夫?』の一言だけ。彼にはそれに対して返さなかったから、美穂もどうしたらいいのかわからず返信が来るまで待とうと連投はしなかった。
面会に来る母はたまに誰かしらから花を持ってきたりしていたが、正直病室に花の匂いが漂って気持ち悪いことこの上なかった。
入院中、最初の頃は同情か有名人見たさか、たまたま名札を見た人たちが病室前に集まったり、同じ部屋の病人が話しかけてきたりしていた。
それを病院側も汲んでくれたのか、個室にしてくれるみたいな話も上がったのだが、真司はどうせ一時的なものだと跳ね除けた。
その言葉通りに、真司の愛想の悪さから話しかける者はいなくなっていった。
人だかりもどこからか高校の話を聞きつけて、がっかりしたのかいつからか来ることはなかった。
誰ともろくに話さない姿は病院内でも看護師たちの間で話題にもなり、またしてもちょっとした有名人になっていたが、予定より早く怪我を直した彼はさっさと日常生活戻れる程度までリハビリを行い退院しようとした。
元々キツい練習もやってきて、精神的にも身体的にも負荷に強い。
それでも相当きついものだったが、彼は持ち前の気合と根性だけで耐え抜いた。
予定より早い回復。予定より早い退院。少々のブレは個人差があり、こういったことが少ないわけではない。
ちなみに事故の顛末はあまり気分のいいものではなかった。
事故車両の運転手が自殺したのだ。
家族もおらず、天涯孤独だった加害者は危険運転など諸々で留置場に入れられていたのだが、彼が入院中に判決が出て、死亡者もいないということで執行猶予処分になったのだが、そのすぐあとに加害者が命を絶った。
この話はすぐに広まり真司の耳にも入ってきた。しかし、同情はしなかった。
結局居眠り運転をしたのはあっち。飛び出した子供も怒らなければならないのかもしれないが、運転手が一瞬遅れてでもブレーキをかけていれば結果は変わっていた。
真司に対する賠償金を、関係各所に支払うべきき金銭関係を保険から払った後、すぐに首を切ったらしい。
連絡などが途絶え、心配した大家が部屋を見に行くと、血まみれで腐った部屋が広がっていたという。そんな光景を見せられた大家が可愛そうなのだが。
子供の方はそうでもなかった。
真司が庇ったおかげでほとんどけがはなかったし、たまたま彼が頭を抱いたことで子供はなにも見なかった。
それもあってか事故のショックは少なかったようで、子供のいないところでその親に感謝された。
退院後にあの公園にもう一度いないかどうかを見に行ったが、楽しそうに遊んでいるのを見て、まあ、少しは救われた気分になった。
ただ、彼から唯一のものが奪われた。
その喪失感は凄まじく、決めたはずの退部も届を監督に出すのを少しためらった。
だが、やってみればあっさりとしたものだった。
数か月も入院していた彼を引き留める理由なんてない。怪我で二度とできないのならなおさらだ。
美穂はマネージャーでもいいから水泳に関わろうと言われたが、自分が好きなのにできないものを見せられるいら立ち虚脱感は想像を絶するものだと思った真司は、それ以降その話をされても無視することに決めた。
下手に話して、希望を持たせるのも嫌だったから。
ただ、その行動のせいで部のマネージャーを泣かせる最低な奴として学園内で名を馳せ、いつの間にか彼のへの評価は、地元で一番有名な水泳選手から、女を泣かせるだけのなにもしないクズになり果ててしまっていた。
だが、それらのものは知らない。彼の運命が、水泳をやってるだけならどれだけ気が楽かと思えるほどに過酷なものかを。