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THE ZERO 2

 どこで間違えたのか。そんなものは一体いつなのか見当がつかない。

 結果が出ず腐ってしまったときか、それとも結果を出せなくても諦めきれずに踏ん張ろうとしてしまったからか。


 それはもうわからない。もしかしたら、彼が水泳を始めた瞬間から運命は決まっていなかったのかもしれない。


 自分の好きな人せある美穂もいつの間にか部内で一番必要とされて、もてはやされてる。


 陰では幼馴染の彼より、水泳部で一番の結果を出している加藤の方がお似合いだと言われる始末。

 なんだか彼からすると、どうでもいいことのように思えてきた。


 それは自分でもそう思ってしまったからだ。彼女の思いは知っている。だが、水泳を理由にそれを先延ばしにしてきた彼は、今隣にいる資格を失っているようなもの。

 水泳で結果を出さなければ、道理が通らない。


 なんのために頑張ってきたのか。

 断じてここで挫折するためではない。


 だが、できることはすべてやった。これ以上体を鍛えても、逆にスピードに影響もで出る。


 彼は早期熟成過ぎた。もう頭打ちなのだ。

 だが、今でも彼はタイム上なら全国で戦えるレベルだった。だが、練習中の結果が振るわない彼は、2回目の大会を辞退した。


 結局のところ、彼も選手。コンディションや色々な要素がかみ合わないと、大会で結果を残せない。いつか見た水泳選手の夢。

 だが、その夢は時間とともに、脆く儚く砕け散っていってしまった。


 前までは部活に終わりに幼馴染と帰っていた。

 周りも部活終わりの生徒が多く、喧騒に紛れていたのだが、今はもう周りに生徒はいない。


 時間も時間で、公園や広場で小学校低学年や幼稚園児が遊んでいた。

 近くに親らしき姿も見えて、なんでもない日常風景だ。


 だが、それは彼にとって非日常でもある。

 幼いながらに父が浮気し、親が母だけになってから今日になるまで、彼を支えるためだけに鬼のように仕事をしている。繁忙期なんて帰ってこれない日もあるくらいだ。


 中学生のころなど寂しいと思うときは多々あったが、そんなときは美穂が彼の隣にいた。

 中学までは、彼の母がいない日に限って美穂の家に泊まらせてもらっていた。


 それだけお互いに好き合って、お互いの親も二人の仲睦まじい姿をほほえましく思っていた。

 中でも明音は、自分の元夫のこともあり、二人にはお互い以外が見えないくらいに愛し合ってほしいとも思っていた。


 だが、いつの日か彼は美穂と距離を取るようになり、いつしか部活も不真面目になっていった。

 来るだけで何もしない。器具の整備も何もしないただ時間をつぶすだけの彼は、やはりほかの部員に疎まれた。


 選手の失墜とはなんとも悲しいものだ。


 彼だって泳ぎたい。彼が水泳を始めた理由は泳ぐのが楽しかったからだ。

 水泳教室のちょっとした大会で結果を残したばっかりに、いつの間にか大きいところまで行き、いつしか彼の泳ぎに周りが求めるものは伸び伸びと楽しむ彼ではなく、ただ大会で結果を残す彼の雄姿のみになっていった。


 結果なんて本当はどうでもいい。

 楽しく泳いでいる姿こそ、親に見せたい姿だった。


 目的を見失い無気力になった彼は、もうその姿を見せることはできなくなってしまったのだが。


 なんだか気だるくなった彼はなんとなく自販機にてジュースを購入し、近くのベンチに座って子供たちの姿を見る。


 「―――こうしてると、おっさんみたいだな……」


 そう呟きながら無邪気に笑う子供たちを眺める。

 制服を着ていなければ、本当に不審者ものだが、近くの高校の制服ということもあり、彼が子供たちを眺めていてもなんら不審がられることはなかった。


 何気なく子供たちを眺めていると、男子たちとボール遊びをしている女子を見つけた。

 男子たちに負けず劣らず元気にボールを投げたり蹴ったりしているその姿は、幼き日の美穂を思い出した。


 「あれでいろんな人にモテてんだろうなあ……あいつみたいに魔性の女にでもなりそうだな。見た感じ結構可愛いし」


 彼はどこか遠い目をして言う。

 そうこうしていると、ある一人の男子の蹴ったボールが公園の柵を超えようとしていた。


 道路を挟んでそれを眺めていた真司はいち早く危険を察知した。

 ボールの速度から女子の追いかける速度を考えると、追いつくのは道路の上。しかも、道路には一般車両が近づいてきている。


 その上、少女はボールに夢中で車に気付く様子がない。


 今から真司が声をかけても気付くかわからないし、ボールを気にしている少女が真司の声に気付いたとしても止まるとは限らない。


 それに気づいたとき、彼の姿はもうベンチになかった。


 子供のブレーキ力を考えても、すぐに方向転換は難しい。

 それに、男勝りに見えたとはいえ、結局はまだ小さい子供。大きい車体が自分に迫っているとなれば腰が抜けてしまうだろう。


 幸い真司の運動神経はいい。

 今から飛び出して、少女を抱えて彼の飛び出した歩道と反対側の方に向かって飛び込めば、ギリギリ間に合うはず。


 (間に合え―――っ!)


 その瞬間、彼には見えた。

 車が一切ブレーキをかけないのを。車内には目を瞑って俯く男の姿が。


 (最悪だ。こういう時に限って、あっちもかよ!)


 ある程度ブレーキを踏むことを想定していた彼の計算は狂い、反対側の歩道に飛び込むも、その計算の狂いがすべてをおじゃんにした。


 ガッ!


 車体の先が彼の左足をかすめた。


 すると、彼の下半身が勢いのままに引っ張られ、体が少しずつ回転しながら吹っ飛ばされていく。

 さすがに異変に気付いていた親たちがそこで悲鳴を上げるが、彼はまだあきらめなかった。


 (体が回転しないようにして、まだ車体に骨が持っていかれてないこの子を―――)


 そう思いながら自分の胸に少女の頭を抱いて、致命傷を負わせないように守ろうとする。

 地面に着いた後も、なにがなんでも自分の腕でブレーキをかけながらスピードを落とす。腕が焼けるような熱さに襲われたが、もうそんなことを気にしている場合ではない。


 制服はビリビリに破れて、血だらけになるが彼が守ろうとした少女はわずかなかすり傷はあれど大きな損傷はなかった。


 しかし、真司の体は傷だらけでだらだらと血を流し、左足なんかはあらぬ方向に曲がっていた。

 下半身には強烈な痛みが走り、彼の意識はそこで途絶えた。

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