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THE ZERO

 「はいはーい―――あれ?あなたは……」


 明音が訪問者の対応に出ると、玄関前には彼女も見知った顔がそこにあった。


 「お久しぶりです。元水泳部顧問の長谷川です」

 「ああ、覚えてますよ。その節はお世話になりました。でも、あいつは今―――」

 「知ってます。でも、今日はそうじゃないことで話が……入ってもいいですか?」

 「いいですけど、特に出せるものがありませんよ?」

 「かまいません。お邪魔させてもらってるのはこちらなので」


 そう言って長谷川は真司の家に入っていった。

 明音も突然の訪問に驚いたのだが、昔世話になった人ということなので無下にはできなかった。


 リビングに通すと、彼女たちの目に写ったのは仲睦まじく話しながらご飯を食べている真司とアリスだった。

 長谷川からすると、いまだに真司が美穂とくっついていていないことに驚いているのに、もう家にまで来れるほど明音との関係も進んでいるということには驚きしかなかった。


 だが、彼はそんなことを話に来たわけじゃない。


 だが、あの場にいたのは真司とその恋人のみ。母親が知っているのかは彼は知らない。

 だから、彼は真司に万が一真司に迷惑をかけないようにするために、明音に席を外してもらうように言った。


 「先生、その必要はないですよ」


 真司はただ一言、ソファに座ってアリスを抱きしめながら言った。

 アリスを抱きしめているのはただイチャつきたいだけではない。こういった真面目な話をするであろうという雰囲気でイチャつこうと思っているわけではない。


 ただ、彼が少し長谷川と対峙することに忌避感を感じているだけだ。


 これから話すことも然り。アリスもそれをわかっているのか、優しく抱かれながら真司の手を握った。


 「母さんも知ってますから、そのままでいいです」

 「そ、そうか……なら、あれはなんなんだ?」

 「戦う力、ですかね」

 「なにと戦う力なんだ?」

 「大いなる脅威と」


 漠然とした答えに長谷川は少しだけいら立ちを覚えたが、同時にそういうことかとも理解が及んだ。


 彼があんなにもラブラブだった幼馴染を跳ね除けた理由が。まあ、それでもアリスと付き合っているのは解せないが。


 「脅威って―――」

 「それ、そこまでして知る必要ありますか?俺はあの時、先生に見せるために変身したんじゃないんですよ。時間がないし、問答している余裕がないからあの場で変身しただけですよ」

 「だけど、あれを見せたんだ。しっかりと説明はしてほしい」

 「恩師と言えど、首を突っ込むことではない。そんなに自分の命が惜しいんですか?」


 わざと喧嘩を吹っ掛けるような物言い。

 彼がこうしているということは、本当に知られたくないということ。


 それはわかっている。中学生の時もそういうことは少なくも、確実にあった。そういう時はみんな彼に関わらないようにして、一人で考える時間を皆で作るようにしていた。


 間違っても彼がみんなに嫌われることはなかった。

 なんせ、それだけの結果があるし、普段は優しいし、後輩にも先輩にも慕われる選手だったからだ。


 それでも聞きたかった。長谷川は近いうちに日本を出ることになる。

 連絡先でも交換すれば、と思うが、どうせそれも機能しなくなる。つまるところ、もう話す機会はないのかもしれない。


 だから彼との会話も内容も大事にしたかった。最後かもしれない会話くらい本音で、噓なく話したかった。


 「もう海外に行くんだ。最後に自分の最高の教え子のことが気になってな。これじゃあ気になり過ぎて、あっちでの指導に身が入らないよ」

 「……っ」

 「自分の教え子が危険なことに身を投じているんだ。当事者になれなくても、真司をわかっている人になりたい」

 「たかだか3年ぽっきりの付き合いだけで……」

 「それだけお前は記憶に残っているということだ」

 「好きに生きろって言ったくせに……」

 「それは誰も悲しませたりしないからだ。なにか危険なことに首を突っ込んでいるのなら、大人を頼るべきだ」

 「知ってどうする……」

 「どうもできないだろうなあ―――数少ないお前の理解者であれる、だなんてのはいくらでも言えるけど、結局のところ単純な興味だ」


 すべて返された。

 そういう相手だということはわかっていても、面倒だという感情がわいてくる。


 知る人間が多いほど、彼に優しくする人が増える。そんなことをされたら―――


 「俺は……自分の命に意味を持たせたい。生き様に曲がった道理だけは必要ない。ただそれだけのこと」


 真司の変身した理由はそんな程度のこと。

 だが、彼にとって大きなことだった。そう、それはもう2年も前のこと


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「真司、そこにいるなら練習しようよ……」

 「うるさいな。俺がどうしようといいだろ?部活には出てる。文句言われる筋合いはない」


 当時の彼は、段々とタイムの更新が低迷してきて、明らかに成績が下がっていた。まあ、スランプというやつだ。

 段々とタイムの更新が停滞していると、下の記録の者たちが追い抜いてくる。


 もう、彼をライバルと呼んでいた男はいつの間にか彼と同じくらいのタイムを出し、みんなにちやほやされていた。

 同じタイムのはずなのに、この扱いの違い。


 彼がタイムを更新していなくても、高校の部活内で一番速いのは彼のはずなのに。


 そんな現実に当てられて、彼はいつからか部活に来ても、水の中に入らなくなることが増えた。

 そんな姿に、彼をちやほやしていた先輩はいつからか彼に話しかけることすらなくなり、むしろ今は部活の邪魔をしに来ている厄介者扱いだった。


 そんな中でも彼に声をかけるのは、もう一度泳いでいる姿が見たい幼馴染の美穂と、彼を本気でライバル視していた加藤だけだった。だが、加藤はそんな姿の真司に相当苛立っているのか、語気は優しくない。


 「十神!部活来るだけなら帰れよ!」

 「あいよ。とりあえず来れば問題ないんだろ?だったら俺はもう帰る」

 「あ、ま、待って真司!」

 「唯咲さんもあんな男に構う必要ないよ」

 「……うん」


 なんでもない日常の会話。

 だが、この会話が、真司に変えるという選択肢を与えてしまったこの会話が、すべてを狂わし、運命への戦いへと巻き込んでいったのかもしれない。

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