UNSCATHED FATAL WOUND
「おらあ!」
真司はそう雄たけびを上げながら飛び上がってゾンビに殴り掛かった。
一応特殊部隊の弾幕が止んだ一瞬を狙って飛び込んだため、被弾はなかった。だが、すぐに部隊は射撃準備に入り、真司はその照準の中にいた。
そして、作戦行動に従って真司も撃とうとする特殊部隊には、少し離れたところにいた伊集院が制止に入る。
「待ってください!ここはあのゾンビを倒すのが最優先です。0号に任せましょう! 」
「なにを言っているんですか。上からの命令は、0号の捕獲―――または、排除です。これ以上、奴に動かれては、警察の信用も落ちるんですよ!」
「今は警察の信用よりも、人命が優先されるべき状況です!ここは確実に倒せる0号に!」
「うるさい!もとはと言えば、あなたが特殊スーツを破壊しなければ、戦力を失うこともなかった!文句を言われる筋合いはありません!」
そう言うと、伊集院と言い争っていた部隊員は、伊集院の静制止を振り切り、銃を構え、発砲した。
ダダダと連射音が周囲に響き、目にもとまらない速さで弾が真司に接近していく。だが、それが彼に当たることはなく、ゾンビに直撃した。
彼は着弾する寸前に飛び上がり、発砲した特殊部隊員のもとに着地する。それに焦った隊員は、無理やり銃口を彼に向けたが、すべて遅かった。
「邪魔すんな」
「ごえ……!?」
彼は一撃だけ隊員に拳を放ち、気絶させた。その後、落ちた機関拳銃を手に取った。
ミリオタでもない彼は、銃の種類もわからないし、安全装置の外し方や諸々の使い方はわからないので、すぐに自身をメイズに変化させて自分の銃に変形させた。
そのまま彼は警察の方に目もくれずにゾンビに弾丸を撃ち放つ。
何のためらいもなく、ゾンビに対して発砲し、以前の彼を思わせない戦いだった。彼の中である一つのことに覚悟が決まっていたのだ。
しかし、その姿をただの殺人と見ることもできる。だからこそ、伊集院も質問した。彼もゾンビ―――いや、人を殺したものの一人として。
「0号、今あなたが相手しているのは、人間です」
「わかってる」
「わかってるのなら、なぜ攻撃するんですか。このままとどめをさせば、殺人と同じことです」
「なにも殺すことだけが不幸ということではない。少なくとも死ぬことは幸せとは言えないかもしれない。それはわからない。でもな、意に反して人を傷つけるのは不幸だと思わないか?」
その言葉に伊集院はなにか核心を衝かれたような気がした。しかし、それでも彼は続ける。
「わかっています―――でもそれは私たちの詭弁で」
「不幸から解放するのが救いだ。なにもないところに幸せを与えるのは違う。警察なら、そこら辺の分別は持ってるだろう?その質問に意味がないこともないこともわかってるはずだ」
「そう、ですね。試すような真似をしてすいませんでした。できれば数秒間の隙を作ってください。僕がとどめをさします」
「……わかった」
伊集院の言葉に真司は同意した。
別に彼自身がとどめをさすことができないわけではないが、本来彼の目的の中にそれはなかった。なら、本来その役目を持つ警察に任せるべきだと考えたのだ。
押しつけのようにも見えるが、役目をわきまえた結果だ。
伊集院が腰から携帯していた銃を見て、やりたいことを察した真司はメイズの機動力を生かして近接戦に持ち込む。
逆に特殊部隊の人員たちは、隊をまとめる役割を担っていた人物が気絶したことで、機能性を失い、その場に立ち尽くしているのみだった。無線でどこかに連絡している様子も見えたのだが。
相手のゾンビは耐久力こそあれど、動きは鈍重だ。
パンチを撃つにしても遅いし、その鈍重さゆえに蹴りは遅く、その上致命打になりそうな場所まで足が上がってこない。
こちらが死ぬことはない。まあ、異常に抱き着くような攻撃が多いのだが。
真司は、銃を撃ちながら掌打を繰り返す。
掌打によってがら空きになった胴に対してストレートを打ち放ち、相手がくの字に曲がったところに、一番近い位置にある頭部に射撃する。
射撃によって確かにゾンビの頭に弾痕―――つまり、へこみができる。だが、それがダメージには見えなかった。意外な固さに驚かされた。
だが、その繰り返しは確かに動きに影響を与えていた。
「今だ!」
「はい!」
真司の合図に合わせて伊集院が発砲する。
貫通弾は見事にゾンビの右肩に当たり、そこに風穴を開けた。
思いのほか威力の強いそれは、ゾンビの体を貫通し、後ろの建物に突き刺さった。そんな威力だからこそ、ゾンビの体は直撃したところ以外もその周りが玉の衝撃によって抉られ、弾丸の直径以上の穴をぶち開けた。
相手は受けた衝撃で後方に回転しながら倒れる。
まさに致命の一撃。これで終わったかのように見えた。
「たおせ、ましたか?」
「いや、反応が消えてない。まだ生きてるな、これ」
「本当ですか……」
真司の言う通り、ゾンビはゆっくりと立ち上がり、もう一度彼らの前に立ち塞がった。
「化け物め……」
「あれが、本当に人間なんですか……」
「それは警察のほうが結果を出したことだろう?あれは人間だよ」
受け入れがたい現実。だが、進まなくてはならない。
倒せなかったのなら、なにか原因があるはず。なぜ相手は死ななかった。それについて真司は思考を巡らせる。
(前の個体と同じのゾンビ―――そこの事実に変わりはないはず。ならなぜ前のように倒せない?)
『ゾンビももとは人間だ。脳を、心臓を―――死ぬ理由は人間と変わらない。これが魔物の能力なら、人間の生命器官までは変えられないはずだ』
真司の思考に青龍が話しかけてくる。その言葉で、彼の答えは見つかった。
(そういうことか―――確か警察の方も、胸への斬撃で死亡したと聞いている。それがもし、心臓を巻き込んだ一撃だとしたら?ゾンビゆえに血の巡りと再生成が早く、ただの傷ではダメージになりにくいということか……確かに、先も頭への射撃で動きが輪をかけて鈍くなった。つまり―――)
答えを見つけ、伊集院にそのことを伝えようとした瞬間―――
「おらあっ!」
横から飛んできた拳が真司持っていた銃をはじき、それに動揺している隙に、その飛んできた拳の反対の手が真司の頬を捉えた。
「ぐっ……ぬああ!」
彼も反撃とばかりに、苦し紛れの一撃をお見舞いするが、あまりいいダメージは入らなかった。
相手は無論、この間の相手だった。
「カメレオンか……」
「オリジン!―――今度こそ倒す」