THE NEW
「なぜですか!納得いきません!」
警察の上層部数名とDBT所属の渡辺と謹慎中の伊集院。そして、臨時で人員に入れられ、今後正式にDBT特殊スーツの装着者になり、所属員になるはずだった南条が会議室に呼び出されていた。
そして、今声を荒げているのは、ある通告をされた南条だった。
その通告とは―――
「納得できません!なぜ、謹慎中の伊集院さんが特例で復帰して、私が捜査一課に戻されるんですか!私は撃破実績もありますし、問題ないはずです!」
今後DBTに入る予定だった話を、実質的に白紙に戻すということだった。
それを知った南条は抗議し、伊集院はただ流れるままに身を任せ、渡辺は喚く南条を見て、にやけていた。
そして、彼女が口をはさんでくる。
「実績ってあなた、逃げたじゃない。敵を前にして」
「あの状況では、私は殺されてしまうところでした!あなたの判断ミスですよ!」
「はあ!?スーツはまだ使える状態だった。損傷率もまだ8割も下回ってなかったわ。実際、伊集院君が装着した時も問題なく動いたし、ちゃんと撃破もしたわ」
「でも、伊集院さんが倒したのは―――いや、殺したのは人間だ!」
「それはもう鑑識の方で結果が出てたでしょう。あれは、動いている死体―――いわば、ゾンビのようなものだって。あれはもうデモニアの脅威と変わらないものなのよ!」
白熱する渡辺と南条の言い合いを傍観していた伊集院が彼女を制するように手を伸ばした。
「渡辺さん、熱くならないでください。話を聞きましょう」
「―――そうね。こんなバカの相手をしていたら、今日の帰りが遅くなっちゃうわ」
そう言うと、渡辺は静かにする。張り合いがなくなったのか、南条もひとまずは落ち着いた様子だった。
空気感がどうにか落ち着いたのを確認した上層部の人間は、淡々と決定事項を伝えた。
「これまでの話で分かったと思うが、特例的に伊集院警部補の謹慎を解除―――速やかにDBT特殊スーツを装着し、任務にあたるように。南条警部補はDBT所属予定から今まで通りに捜査一課にて任務にあたるように」
「わかりました!」
「―――ちっ……わかりました」
はっきりとした声で返事をする伊集院に対して、若干聞こえるか聞こえないかくらいの声で舌打ちをしながら返事をする南条。
そうして、その場での話は終わり、南条はいら立ちが抑えきれないのか、飛び出すように会議室を出ていった。
残された人員で、話し合いはさらに続けられる。南条が引き留められなかったのは、彼がいてもややこしくなるうえに、装着者ですらない彼には関係ないからと、事前に渡辺の方から話をつけておいたのだった。
「じゃあ、本題に入ろうか」
「これはまだ正式に公開されていないが、渡辺警部の報告によるとスーツが損傷し、修理不可能になっている。これは本当かな?」
「はい、先の戦闘での相手はゾンビと言っても差し支えないほどしぶとく、通常戦闘では倒せない状態でした。ので、少し私からもエネルギーのリミッターを外して、伊集院君の無理やりな戦い方を―――正直、耐えられるような代物でもないので」
「そうか……なにか対応策は考えているのかい?報告を見ると―――」
その言葉に対して、渡辺は食い気味に反応する。
「すでに新しいスーツの作成は、ある工場に任せてあります。前回まで使われていたスーツから、改善点をはじき出し、そこを直したうえで、さらなる戦闘能力の強化を図っています。その他火力器も一新して、これからのデモニア戦闘にて、確実な実績を上げられるようになっているはずです」
「そうか―――新しいスーツとは言うが、正直なところ、初期があれでは本当に効果があるのか……」
「お言葉ですが、あのスーツは私の設計を模しただけの模造品にすぎません。あなたたちが独断で作成したあれは、耐久性や部品精度―――あらゆる面において不完全でした。むしろ、それでデモニアとの戦闘を行うことができたのは、紛れもない伊集院警部補の力です」
そういう渡辺は少し誇らしげだった。
なんにせよ、伊集院が戦って、成果を出せる。その能力を見抜いたのは誰でもない渡辺だからだ。
新しい設計図というものを上層部に見せる彼女だが、それが伝わるはずもなかった。
しかし、理解されなくとも、単純な性能は大きく上昇している。
そうなれば、彼女の言う通りこれまで以上の成果を上げられるだろう。
「DBT特殊スーツMk.2と言ったところか……」
「いえ、私の作ったものにはすでに名前があります」
上層部に言われた言葉をすぐに訂正するように彼女は言う。
その時に「ダサい名前つけんな、カス」とつぶやいていたが、それは誰にも聞こえていない。
「新のスーツの名前、それは―――」
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会議も終わり、時間が余った伊集院はある場所に来ていた。
その手には、花束が握られており、周りにはたくさんの墓石があった。
彼は今墓にいる。
無論、自分の両親相手ではない。
警察になってから、唯一相棒とも親友とも言える―――そんな代わりのいない存在の墓参りだった。
「尾川―――久しぶり。葬式以来だな。まあ、その時にはもう、お前は死んでたけどな……」
少しだけ伊集院のしゃべり方が違った。普段の彼は丁寧じみた喋り方だが、この時だけは砕けた話し方だった。
「お前が俺のせいで死んでから数えるのが嫌になるくらいの時間が経ったな。一回も墓参りに来てやれなくて、すまなかった」
墓の前で頭を下げ、謝る。
周りには誰もいないが、彼は誰に構わないとばかりに長々と頭を下げる。
「お前のおかげで妹も死なずに済んだ。本当にありがとう―――最近、俺は戦場に向かってばかりだ。特殊詐欺の捜査で、暴力団と鉢合わせたときよりよっぽど危険だ。お前なら、もっと早くに敵をしりぞけることもできたかもしれないな」
自嘲しながら笑い、彼は目を細める。
本当なら……、そう思いながらも彼は過去を見続ける。
「もしかしたらもうすぐお前のそばに行くかもな―――じゃあ、もう行く」
それだけ残して彼は目的の墓に背を向ける。
誰もいないはずのその場所―――伊集院の背中の方向から
『絶対に来るんじゃねえぞ』
そう聞こえた気がした。