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THE EMBRACE

 真司たちは夕食前にひと浴び行っていた。

 昼抜きにして、気だるい体に鞭打って欲望に忠実になり続けた数時間だった。


 彼はアリスの体に対して大きく負担をかけてしまうようなことをしてしまった、とかなり申し訳なく思っていた。

 それは風呂に入っても収まることはなく、見かねたアリスは彼を安心させるために、彼の腕に抱き着いた。


 「疲れたかしら?」

 「まあ……」

 「お昼も食べてないし、当然っちゃあ当然ね」

 「悪かったな」

 「あなたね、誰があの状況であなたを責めるのよ。そんな奴がいるんだったら、首の骨を折ってやるわ」

 「普通に怖いからやめてくれよ……」


 冗談を言い合えるくらいには回復した真司と、それを見て少し満足げなアリス。

 しかし、傷が癒えたわけじゃない。


 事件をかぎつけたマスコミがもう特集を組んでいた。

 夕方には大型特番に変わり、緊急放送をやる。と、どこかの局がCMを出していた。


 そこらへんの仕事は無駄に早い。

 しかし、真司たちはその放送に一つも興味を示していない。正確には、真司はその放送があるのを知らないのだ。


 アリスが何気なくつけたときにテレビに映っただけで、しかもその時のキャッチコピー的なものが0号は敵か味方か。みたいなものだった。


 それ見た瞬間、彼女はテレビを消して寝ていた真司の体に抱き着いた。


 それから結構な時間が経っているが、アリスの気分は少し悪かった。


 「どうしたんだ?」

 「なにもないわよ。ただ、世間はあなたへの風当たりがよくないわね」

 「大分昔からそんなもんだよ。俺の学校での評価も知ってるだろ?」

 「そうね……恋人である私からしたら納得いかないものでもあるのだけれど」

 「別にアリスにわかってもらえればいいよ」


 イチャイチャしながら大浴場から戻っている途中で、2人は明音に遭遇した。

 真司がアリスとべったりとして、にやけている様を見て、明音は真司に走りながら抱き着いてきた。


 「どわっ!?」

 「よかった……」


 走り勢いを見に受けたため、体が大きくのけぞるが、しっかりと自身の母親を受けとめる。

 母親の顔の部分は真司の顔より後ろにあるため、表情は見えないが、アリスにはしっかりと見えていた。そして、それを真司に伝える。


 「ずず―――もう大丈夫なのか?」

 「ああ、アリスが体張ってくれたから」

 「そうか……ならアリスにちゃんと感謝しろよ」

 「そうだな……本当に頭が上がらないよ」

 「―――少し、このままでいいか?」

 「いいよ」


 明音の言葉に、真司はただ一言だけ返し、自身の母の抱擁を受け入れた。

 時間が経つにつれて、ギューッと力が強くなっていき、母の強い不安が感じ取れた。


 それから人が来ることがなかったのは幸いだが、かなり長時間拘束されてしまった後に、ようやく明音は彼を解放した。


 「その……柄にもなく、悪いね」

 「いや、いいって。母さんも家族なんだから、アリスだってわかってくれるだろ」

 「そうでもないみたいなんだが?」

 「へ?」


 母に言われてアリスの方も見ると、ぷくーッと彼女が頬を膨らませていた。

 その姿に真司はびっくりしながらも、弁明を始めた。


 「いや、母親だぞ?親子のスキンシップ的なものだぞ?」

 「わかってるわよ。ただ、長すぎるのよ。私でもそんなに長い時間強く抱きしめたことないのに……」

 「アリス―――こいつはしっかりめに長い時間抱きしめても嫌がらないぞ」

 「そうなんですか?ああ、部屋に戻ったら試してみろ」

 「―――わかりました」

 「母さん、変なことふきこまないでくれよ……」


 義母にいらぬ知識を吹き込まれたアリスはそれを試そうとばかりに、彼の手を引いて勢いよく部屋に入っていく。

 その瞬間、彼も自分の母親に謝意を伝えた。


 「母さん、久しぶりで気恥ずかしかったけど―――大分気が楽になったよ」

 「そうか……それならいいんだ」

 「アリスのことは大好きだけど―――母さんのことも、育ててくれた感謝も含めてさ……その、大好きだよ。はは、なんか恥ずかしいな。子供の頃は普通に言えたことなのに」

 「そうだな―――子供の頃のお前はもっと可愛げがあったな。まあ、私もお前を愛してるぞ」


 その言葉を聞いて、彼はにやけ顔を隠しながら部屋の中に入っていく。

 廊下に一人残された明音もにやにやしながら、大浴場に向かっていった。


 「さ、私もひと浴びしてから夕飯に向かうか」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「カメレオン―――戦いに向かうんじゃなかったのか?」

 『馬鹿か。どうせお前はオリジンとの戦いがしたいだけだろう?』

 「そんなことない。俺は世界を守るために」

 『なにも知らにくせに……まあいい。ここはおそらくアピス様が隠れていられる場所だ。せいぜい失礼のないようにするんだな』


 その言葉を聞くと、加藤は驚きを隠せない様子だった。

 なんせ、アピスという魔物は、つい先日にオリジンに殺されたはずだったからだ。


 「待ってくれ。死んだんじゃないのか?」

 『力の大地が消滅した。眷属の力が魔界から消えるのは、その主が力を奪ったこと以外に他ならない。つまり、アピス様は生きている。そうでなくとも、エルダー級はただでは死なない。まあ、セト様はアヌビス様に吸収されて、消えてしまったが……』

 「じゃあ、あの強力な存在はまだ息を潜めているだけで―――」

 『だが、前の通りにはいかない。一度死んでいるうえに屍に力を吹き込んだようなもの。人間の生命エネルギーを吸収し続けなければ、灰と化す』

 「てことは今回の敵は……」

 『人間だ。新たな世界の贄となったのだ』

 「そうだな―――人間に善なんてない。すべての戦いの始まりは人間なのだから……新世界のいけにえになれるのなら、幸せだろうな」


 致命的な認識のミス。それが垣間見える。

 真司と加藤の決定的な違い。それは無用な正義感があるかどうか。


 真司は家族を守るために、加藤は人類に救済を与えるために。

 その規模の違いが二人をすれ違わせ、戦いと大きな溝を生んでいく。


 二人はいずれ衝突することになる。

 そして、加藤は大きな魔界と人界の真実に突き当たる。それを目にしたとき―――いや、目にしたとき彼はどうなるのだろうか。


 そして、カメレオンすら知らない変位種の真実。

 それらすべてがかみ合わない今を打開した時、真司が一つの決断を下すことを誰も知らない。

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