第145話 THE CREED OF JUSTICE
伊集院の報告を聞いて、渡辺は信じられないという態度でいた。
相手が人間ということに驚いているのだ。さすがにこれ以外のことに驚くということはない。
「どういうことなの?」
「変身って言えばいいんでしょうか?それが解けたみたいで―――中から30代くらいの男性が出てきたんです」
「生存確認は?」
「一応、微弱ながらも息はあるみたいなのですが……」
「とりあえず、脈とかの状態を確認しなさい」
それを聞いて、伊集院は緊急解除スイッチを使い、スーツを脱いだ。
さすがにスーツの上から脈拍なんか取れないし、力も強すぎるので、生きていたら殺してしまう。
だが、そんな心配などいらなかったようだ。
「ひゅぅ……ひゅぅ……」
「息はしている―――脈拍は、ない……?というか、体が冷たい……」
「ひゅぅ……」
段々と残っていたその息遣いすら弱まってくる。
だが、おかしい。さっきまで普通に動いていた。今も、微弱ながらも息をしている。
ならなぜ、死人に見られるような特徴があるのか。
『伊集院君、どうかしら?』
「この人、生きてるけど死んでる。たぶんこの表現が正しいと思います」
『どういうこと?』
「息だけはあります。でもそれ以外は死んでるとしか……とにかく、この遺体は回収します」
『わかったわ。まあ、デモニア関係でしょうし、鑑識課に回してもなんの意味もないと思うけど、私の方でもなんとか調べてみるわ』
そうして、伊集院たちは衝撃の真実を知りながら、現場を後にするのだった。
ちなみに、この一件で事実上伊集院の謹慎は特例的に解除。対デモニアの有効戦力として認められることになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どらあっ!」
海岸で戦う真司は、気合のままに殴りつける。普段の戦いなら1発1発で後退したり攻めたりは繰り返さない。できるだけ子供に攻撃が当たらないように、ヒットアンドアウェイに徹しているのだ。
なぜか子供が両手を広げて、真司の攻撃を受けようと前に出ようとしてくる。そうでなかろうとも、彼に特攻のような行動をとらせている。
しかし、しばらく戦っていると、子供の体には限界なのか、肩を揺らしながらその場に座り込む。
それを好機と見た子供の母親が抱きかかえに来る。
「大樹!大樹!―――どうして喋らないの?どうしたの?お父さんはどこにいったの?」
「その子……」
子供を抱きかかえる母親の姿を見ながら、群衆の中にいたアリスは呟いた。
彼女には聞こえた。いや、正確には聞こえなかった。
「生きる音が……命の音が―――聞こえない」
「なにを言ってるんだ、アリス」
「お義母さん、あの子―――死んでるわ……」
「え!?」
その呟きは明音以外の人には聞こえていない。
真司の戦闘音や集団の真ん中にいる女性にみんな注目しているからだ。
「よかった……大樹、あなたが無事で……!」
「ダメ……望んじゃだめ。あなたの息子が普通じゃないこと、あなたなら―――」
「お父さんは守るためにどこかに行っちゃったのかな?大丈夫、お父さん生きてるから。ほら、元気出して」
「気付いて……あなたはもうわかってるはずよ。それが幻想だってこと……」
「アリス、落ち着くんだ」
「やめて、私にそんな辛い所を見せないで!」
アリスのそんな悲痛な言葉とは裏腹に、真司は戦い、母は自分の息子に語り掛け続けていた。
子供がいなくなったことにより、真司は容赦なく拳の嵐を浴びせる。
だが、相手も念力を使用して攻撃を止めてくるため、あまりダメージは期待できていない。それでも彼は矢継ぎ早の攻撃の中に答えを見つけたような気がした。
「青龍、気付いたか?」
「ああ、奴は念力を一度発動している間は、もう一つ力を展開する―――ということができないようだ。というより、段々真司の早い攻撃に力が追い付かなくなってきているな」
「畳みかけよう」
相手の見ている場所を観察し、力の出されるところを見計らってよけながら射撃を繰り返す。
防御の出来ない魔物は、着弾の衝撃で後ろにのけぞるが、絶対に倒れることはなかった。ならばと、真司はクリスタルを押し込み、銃口に力を溜め始める。
「ぶっ飛べ……!」
ズガァン!
彼が打ち放った弾丸は、魔物の胸を貫き、致命傷を負わせてしまう。
しかし、そこで想定外のことが起こった。
胸に風穴があいた魔物の体が突然白い光に包まれたのだ。
そうして光りが収まり、その場に現れたのは―――
「いや……何の音?死んでも、生きてもいない。なにこの、気持ち悪い音は!」
「気持ち悪いってどんな?」
「なにかを奪うような音が―――どこかから……しかも、もうあの人の音は……!」
アリスが耳を押さえ、その場に座り込む。
しかし、その目は確実に真司を捕らえていて、彼の今から見る地獄の惨状は、逃げることすら許さない地獄の展開となるだろう。
そう、煙の中から、胸に大きな大きな穴の開いた人間が現れた。
「は……?」
彼もこの状況に理解が追い付いていなかった。
自分が戦っていた相手は魔物ではなかったのか?なぜ人間が、真司の放った攻撃と同じ跡が残っているのだろうか?疑問は尽きない。だが、頭のいい真司だ。そんな疑問など、すぐに答えを出した。
だが、それを認めたくなかった。
しかし、その拒否反応に水を差すような声が聞こえてきた。
「あなた……?」
「っ……!?」
先ほどの母親がそうつぶやいた。
その瞬間、真司が撃った人物はその場に倒れ伏せ、死亡した。
いや、もうすでに死んでいたという表現の方が正しい。
だが、それを知っている者はいない。あの母親も自分の夫が死んだことがショックであったのか、声すら出ていなかった。
それでも、その女性の悲劇は終わらなかった。
「ま、ママ……」
「大樹!?大丈夫?」
「マ、マ……っぇ」
子供がしゃべりだしたかと思えば、眼球が顔から飛び出した。
それでも衝撃映像なのだが、そのまま力なく後ろに首を倒れこませた子供の頭が―――
ベチャ
―――胴から離れて、砂浜の上に落ちて行った。
「へっ……い、いやあああああああああああ!?」
夏の砂浜に悲鳴が響く。真実を知らない全員は、これの原因が、子供の父を殺した真司にあると考えた。
そして、たった一つの呟きが少しずつ大きくなってくる。
「人殺し……!」
「お、俺が……?」
夫と子を失った母が泣き腫らしているところから、真司が手をかけた男は善人なのだろう。善人は殺さない。その主義に反し、子供の命すら奪ってしまった真司の罪悪感と言えば、無いはずがない。
その場にいた人間がどんどんと声を大きくして、見つめてくる。
まるで、犯罪者を見るような目で。
人々の迫力に彼は耐えきれず、銃を撃ち放って砂煙を身を隠しながら、その場から逃亡した。
彼が消えた後も、悲痛な母の鳴き声が止むことはなかった。