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THE SCAPE

 二度寝をした後、アリスと真司は一緒に目を覚ました。

 正確には、アリスが先に体を起こしていたのだが―――


 「んぅ……真司、朝よ―――しん……いひゃあ!?」


 真司を起こそうとした彼女が叫び声をあげた理由は単純だった。

 眠って、目を閉じていると思っていた真司が思いっきり目を開けていたからだ。


 朝、目を覚まして眠い目をこすりながら隣を見たときに、仰向けになりながら目をばっちり開けている男がいたらどうか?

 はたから見たら、ドラマでよく見る目を開けた死体だ。


 普通にホラーだろう。


 「朝から騒がしいぞ」

 「だ、誰のせいだと思ってるのよ!怖すぎよ!」

 「いや、俺は普通に起きてただけだぞ」

 「だからって、なんで仰向けで硬直してるのよ!」

 「いや、アリスが俺の腕で腕枕してたから、動けなかったんだよ」

 「あ、そ、それは、ごめんなさい……」


 真司がそうなっていた理由を聞いて、アリスはすさまじいまでの掌返しをかました。

 まあ、自尊心に駆られたような気の悪いものではないから、彼は特に気にしなかったが。


 ひとまず二度寝から起きた彼らは、時計の時刻を確認すると、顔を洗って外に出た。

 時刻が思ったよりも朝食の時刻に近づいていたからだ。


 部屋から出た二人は、食事処に向かうまで話をしていた。


 「朝ごはんってなにが出るのかしら?」

 「うーん……納豆とオムレツしか出てこねえや」

 「帰っても食べれるじゃない……まあ、でも真司が庶民よりの舌なのは、ねえ」

 「いや、元から俺は庶民だし……こういうところにあんまり来たことないから、そういうのわからないんだよ」

 「あー、そうだったわね。ちょっと今のは意地が悪かったわ」

 「そういうアリスこそ、どういうのがあったんだ?」

 「私がコンサートとかで泊まったホテルは、名前もよくわからない少量のパンといろいろなお肉が出て来たわ」

 「それの夜の話じゃないの?」


 アリスの昔が浮世離れしているのは置いておいて、2人は朝の食事処の前に到着した。

 すでに明音の姿はそこにあり、近くのベンチに腰を掛けていた。


 煙草を持たせて、テロップでその道50年とか出したら、そこそこ様になりそうな貫録を携えた真司の母は、2人を見つけると自分のところに来るように手招きをした。

 その手招きを見た二人は明音のところに歩いていくのだが、その時にアリスの歩く動作が若干内股気味になっていることに気付いた母は、唐突ににやにやとし始めた。


 「なにニヤニヤしてんだよ。気持ち悪いなあ……」

 「お前、母親に対する感謝の言葉はないのか?」

 「やっぱり母さんもグルだったのか」

 「あ?真司はそのつもりだったんだろ?だから、自分の荷物にあれを忍び込ませたんだろ?」

 「ちょっ、なんで知ってんだよ!」

 「あんたの考えることなんて手に取るようにわかるのさ!私とあんたは似てるからな」


 そう言うと、明音は彼の背中をバンバンと叩きながら高笑いする。

 アリスの方にも近づいたが、彼女の方に手を上げることはなく、ただその瞳に感謝の念というのだろうか。そんな念を持ちながらも、明音は少しだけ押し黙った。


 「真司、先に席に行っておいてくれないか?」

 「はいはい」


 明音が彼に聞かれたくないことを言おうとしてることを察した真司は、なにも言わずに席に向かっていった。

 ここで彼がなにを言っても変わらないのも事実なのだから。


 「アリス……」

 「はい……」

 「あいつは優しかったか?」

 「はい、私の望むことをいっぱいしてくれました」

 「あいつの顔は、どうだった?」

 「……私の好みのカッコいい顔で……前みたいな悲壮感はなかったです」

 「アリス……」

 「はい」

 「ありがとうな。あいつを助けてくれて」


 明音は気づいていた。

 昨日と今日で真司の顔が変わっていることを。


 なにかが吹っ切れたのか、それとも満足できるほどのことがあったのか。


 昨日の夜にあったことのすべては聞かない。そこまで明音にデリカシーがないわけではない。

 ただ、真司の重いものを少しでも軽くしてくれたアリスには感謝しかなかった。


 「ありがとう、アリス……」

 「こちらこそ―――真司と一緒にいさせてくれてありがとうございます。お義母さん」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「―――♪」


 伊集院茉奈―――DBT特殊スーツの装着者であった男の妹。

 ある一件から、足を不自由にし、前まで歩けなかった少女だった。


 だが、今は違う。


 なにごともなかったかのように歩き、今ではソファの上で鼻歌を歌いながら足をプラプラしている。


 「茉奈、はしたないぞ」

 「いいじゃん。お兄ちゃんも何もせずに家にいるくせに」

 「いや、僕は謹慎中で……」

 「むー……暇!お兄ちゃんが警察になってから、旅行だってまともに行けてないのに!」


 頬を膨らませながら彼女は文句を言う。

 だが、すぐににやにやと緩ませて、本の中に自分の顔を埋めるのだった。


 そんな姿に伊集院は複雑な心境だった。

 妹に春が訪れたのはいいものの、その相手が正体もわからない男だか女だかもわからない存在だからだ。とは言いつつも、喋り方や妹の聞いた名前らしきものからなんとなく0号の正体は男だというのはわかるのだが、やっぱり複雑。


 一回も見たことない男に恋をする姿はなんとなく胸が締め付けられるような感覚だった。


 「シンジ君―――いや、『さん』かなあ?どんな人なんだろう―――ふふ……」

 「茉奈……」


 妹のそんな姿を見て、伊集院が複雑な表情をしていると、電話がかかってきた。

 スマホの画面を見ると、そこには渡辺の文字が―――


 「渡辺さん?今勤務中じゃ……」


 そんな疑問が浮かぶも、彼はその電話を無視することはなかった。

 通話を始めると、焦ったような渡辺の声が聞こえてくる。


 『伊集院君!?―――よかった、出てくれた』

 「ど、どうしましたか?」

 『ああ、なんで0号も出てこないのかしら!クソッ、こういう時に南条君は!』

 「ほ、本当にどうしたんですか!?」


 渡辺の激情ぶりに、通話を始めた瞬間に驚きにさいなまれた。

 しかし、そんなことになるということは、それだけのことがあったのだ。伊集院は聞くことしかできない。


 『伊集院君、これからメールで一座標を送る。すぐそこに来て、スーツを装着しなさい』

 「な!?僕は謹慎中ですよ!」

 『いいのよ、緊急事態なんだから!』

 「緊急事態って……」

 『とにかく早く来なさい!あのバカ―――南条君が戦闘を放棄して逃げ出したわ!』

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