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THE FATHER OR NOT

 「ただいま」


 ある家に男が帰ってくる。

 高頻度で出張に行くため、自宅にいる時間が短く、娘との生活リズムも合わないため、ここ数か月はまともに会話ができていなかった。


 数か月前―――というより、高校に入って少ししてから、少し心配な面があった。娘の幼馴染とちょっとしたことで疎遠になったようだったからだ。


 妻からくる連絡にはちょくちょく娘の様子は聞いていたのだが、最近はめっきり聞かなくなった。

 ちょうど、今年の4から5月くらいの時からだ。家に帰ったときは、娘も寝ていて、直接聞くこともできないし、妻に任せきりだった。


 今日は珍しく、夕方に帰ってこれた上に、これから数週間は出向くことはなくなった。

 相手側が忙しいとかなんとかでだ。


 これを機に、彼は娘とのコンタクトを取ろうと思っていた。


 「おかえりなさい、あなた」

 「ああ、美穂はどうしたんだ?さすがにこの時間には起きてるだろ?」

 「……それは」


 自身の妻の態度に男は訝しんだ。

 時刻はまだ6時を回るかどうか。女子高生が眠りにつくような時間ではない。


 昔は、幼馴染と電話をしながら深夜までうきうきで起きていたのだから、夜しっかり寝るようになったとはいえ、夕方には起きているだろうと思っていた。

 しかし、そんな考えとは裏腹に、妻が伝えた言葉は違った。


 「それが……もうずっと、高校と部屋を行き来する生活を続けてるの……まあ、最近は高校もないから部屋に引きこもってるのだけれど」

 「なに……?いつから?」

 「うーん……結構前から?真司君に、フラれちゃったみたいで……」

 「なに!?真司君にフラれた!?―――そんな馬鹿な!中学まではあんなにラブラブだったじゃないか!それに彼氏ができたって―――」

 「ちょっ、あなた……美穂に聞こえちゃうわ」


 あまりの衝撃に声が大きくなってしまった男の声を妻が制する。

 少しだけ冷静になって考えたが、男には信じられないことだった。


 「でも、男にフラれたからとそんなにふさぎ込むものなのか?」

 「わからないわよ。私は、あなたが初恋だもの」

 「そう言えば、そうだったな……だが、そんなに引きこもってると心配にはなるな」

 「でも、学校にはちゃんと行ってるのよ」

 「うーん……私に任せてくれないか?」

 「いや、思春期の女の子に父親がなにか言うのは、逆効果な気が……」


 妻がなにかを言う前に、男は娘の部屋に向かっていった。


 コンコンコン


 ノックはするが、返事はない。

 だが、鍵がある扉じゃないので、男はずけずけと入っていった。


 「……返事をしないのなら入るぞ」

 「……」


 やつれていた。

 部屋に入って娘を見た瞬間に思ったことはそれだった。


 自分の娘だということを抜きにしても、娘は母親譲りに可愛い。だが、今の彼女にそんな面影は感じられなかった。

 あまり食事をとっていないのだろう。あからさまに痩せていた。


 「美穂……」

 「……」

 「いつまでそうしてるつもりだ?」


 ベッドの上で丸くなっている彼女に男はそう聞いた。

 全く返事はない。


 だが、それで諦める男ではない。


 「普段帰らない私が言うのもあれだが、辛いことはいつだってあるものだ。たぶん、美穂にとって人生で一番つらいことが起きているのだろうな」

 「……」

 「でも、良い男なんて星の数ほど―――」

 「いないよ!」


 何が怒りに触れたのか、突然娘は叫び始めた。

 突然叫ばれたことと、想像していなかった剣幕に少し戸惑ってしまう。


 「真司よりいい男なんて……そんなのいるわけないよ」

 「そんなことない」

 「そんなことあるの!10年以上一緒にいて……ずっと一緒だと思ってた。ずっと一緒だったから、私の理想は真司そのものだった!だから、代わりなんて……」

 「それは付き合ってくれている男の子に言えるのか?」


 美穂の言葉に思わずそう返してしまった。

 真司以外の男と娘が関係を持ったことに、少し戸惑いがあるが、それでも父として、一人の男として娘をなんとかしたかった。


 その指摘は、彼女もわかっていたのか押し黙る。だが、その反応は男にとって許せることではない。


 「そうやって真司君と彼氏を比べてるんじゃないのか?」

 「それは……」

 「真司君を忘れろとは言わない。でも、ちゃんと切り替えるんだ。今の美穂の隣には、大事な人がいるんだろう?」

 「違うよ……」


 男の言葉に美穂は答えた。

 たった一言だけ。それ以上は、彼女はなにも言わなかった。もちろん、男も何度も問いかけたが、なんの返事もない。


 「違う」―――その言葉の意味は、失恋を知らない男にはわからない言葉だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「人間への復讐……」


 加藤俊也はあのときの戦いに聞かされたことを反芻していた。

 自分が契約した魔物は、2つの世界を救うために魔物の邪魔をしてはならないと言われていた。


 それがすんなりと胸の中に落とし込むことができたので、疑っていなかったのだが、あの時の相手の言葉も無視できなかった。


 「俺は……」

 『どうした?』

 「いや、俺が戦うのは正しいのかなって……」

 『当たり前だ。お前は世界を守るために戦っているんだ。お前の愛する女のためにもな』

 「ああ、そのために部活もやめたんだ……そう、間違えてない。俺は間違えてない」


 そう唱えると、自分の中の雑念が消えていった。

 自分は魔王に会ったわけではない。だが、その真意が世界を救うためのものであることは確信を持つことができた。


 まるで自分の中の悪い考えがカットされていくように、道筋が見えてくる。


 「『オリジン』ってやつを倒せば、世界は救われるんだよな?」

 『ああ、あいつは魔界の裏切り者とこちらの偽善者が騙されて変身しているものだ。奴がいる限り、破壊と暴虐は避けられない。魔王様のみが知る、魔界侵攻時代の再来になる』

 「そんなことさせない。今は届かない手でも、いつか絶対に……!」


 そんな高ぶる気持ちを隠さない加藤と彼の陰で口角を上げるカメレオン。

 おそらく彼らに待ち受ける運命は、悲惨で、残酷で、大切な人を泣かせることになる。


 『俊也、もう飯の時間だ』

 「あ、もうそんな時間か」

 『今日の晩飯はなにかな?』

 「カメレオンはおいしいとかわかるのか?」

 『当たり前だ。こちらの世界に来てよかったことと言えば、魔界の味気の食事と違って、奥が深い食に出会えたことだな』

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