BEFORE VOWS
ガラガラガラ
大浴場から上がったアリスと明音は、音を立てながら扉を開け、脱衣場を出た。
アリスは初めて味わう大浴場に興奮しつつも、この後のことも考えながらで、テンションが中和されていた。
そんな中、脱衣場から出てすぐに彼女たちは真司の姿を見つける。
彼は、風呂場の前の空間にて、一人ベンチに座って、コーヒー牛乳を飲んでいた。
それだけなら問題ないのだが、彼の格好は非常に良くなかった。
普段の服装とは違って、浴衣を身にまとっているのだが、ボーっとしている彼の胸元は見せつけんばかりに開いてしまっていた。
それによって、彼の強靭な肉体の一部が見えてしまい、色々と絵になり過ぎていたのだ。
アリスは、そんな真司の姿と周りを確認して、ずかずかと若干の怒りをにじませながら近づく。
そして、なにも言わずにバッと真司の浴衣の胸元を掴むと、一気に引っ張って、胸が見えないようにした。
「あ、アリス?なにするんだよ」
「あなたね、周りを見てみなさいよ。見てくれはカッコいいんだから、少しは周りの目に気をつけなさい?ナンパされるとかいうわけじゃないけど、彼女として彼氏がそういう目線に晒されるのは気分がいいことじゃないわ」
「そうか……悪い。浴衣の着方とか、あんまり覚えてねえからな。暑かったし」
「もう、いいわ。とにかく、部屋に戻ってごはんまで時間をつぶしましょ?」
そう言うと、アリスは真司の手を握って歩き始める。
この場で誰が一番可愛そうかと聞かれたら、まあ、明音だろう。アリスが勢い良く真司のもとに行ったかと思えば、いつの間にかいなくなっているのだから。
まあ、息子の青春劇を見られただけマシだろう。
部屋に戻ったアリスは、部屋の扉を閉めた瞬間に真司の唇を奪った。
舐るように舌を絡ませて、いつかぶりの濃厚なキスをする。
真司はそれに抵抗することなく受け入れて、彼女を抱きしめた。彼にもこうなった理由はちゃんとわかっていた。
アリスが自分を求めてくれるのは嬉しいし、出てきてすらない女子にすら嫉妬する様は愛おしい。
それに、自分の恩師から聞いた話を考えると、彼女の性的なお願いすら断ることがはばかられる。
だからこそ彼“も”決意している。求められたら断らない。ただ一つのことは除いて。
その一つのこととは、彼の譲れないことだ。彼女も納得はしてくれるはずだ。
「真司……」
「なんだ?」
「……一緒にテレビでも見ましょう?」
「―――そうだな」
そんな彼らは気ままに食事の時間までべったりとくっつきながらテレビニュースを視聴するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらく時間が経って、時刻は19時。
もうしばらくしたら夕飯の時間となる。
「もうそろそろ行かないとダメね」
「そうだな。待ち時間も考えたら、そろそろ広間の前に行った方がいいかもな」
「じゃあ、行きましょ。なんだかよくわからないけど、おいしそうなものがいっぱいあったもの」
アリスはすでにホテルに渡されているパンフレットを見ていたのか、すでにルンルンだった。
「なんだかよくわからないって……」
「うーん、私、日本語はそれなりにできるけど、まだ読めない漢字はいくつかあるのよ」
「そういや、アリスはアメリカ育ちだったもんな。まあ、食べればうまいもんばっかだろうから、母さんの部屋によって、さっさと行くか」
真司も言うと、アリスと一緒に浴衣の形を整えて部屋を出る。別にいかがわしいことをしていたわけではないが、どうしても時間経過でズレてきてしまうものだからだ。
鍵をかけて、隣の部屋をノックすると中からの返事はなかった。
「もう行っちゃったのかしら?」
「ないな。母さんは誰かを置いてどっかに行くタイプじゃない。どうせ寝てるかなんかだろ。鍵もかけてねえみたいだし。不用心だな」
母の不用心さに辟易しながらも、真司は扉を開けて中を見る。すると、中にはテレビをつけながら座椅子にもたれかかりながら爆睡している明音の姿があった。
なんどか体をよじったり、態勢を変えたりしていたのだろう。
あられもない姿になっており、少年誌なら謎の光がさしているところだ。
「母さん……いい加減にしてくれよ」
「なんか想像通りの寝相ね……」
二人が唖然としていると、アラームをセットしていたのか、明音のスマホが突然なり始める。それに呼応して、明音はゆっくりと起き上がる。
「ん……あれ?二人とも、どうしたんだ?」
「いや、そろそろ飯に行こうって言おうと……」
「あ……?ああ、そうだったな。ちょっと待ってろ」
そう言うと明音は、自分の浴衣の形を直す。
自分のを見られたというのに、どうとも思わない姿には2人とも困惑する。
「お、お義母さんは、その、見られてもどうとも思わないんですか?」
「ん……?アリスは同性だし、真司のことが好きだろ?真司なんか息子なんだから、見られるどころの話じゃないだろ?」
「なんで俺の母さんは、こんなにサバサバしてんだ?」
「そんなことないぞ。真司、私はお前たちに見られるのはどうとも思ってないだけで、他人に見られてもこうとは言ってないからな」
「あー、ハイハイ―――そうですね」
なんだか面倒になった真司は、さっさとアリスと一緒に部屋を出る。
明音もそれに続いて部屋を出ていき、フロアのエレベーターの場所に向かう。
下ボタンを押して、待っている間、アリスが口を開いた。
「今日の夕飯は、ビュッフェ形式だって?」
「らしいな。なにがあるかは知らないけど」
「刺身とかあるらしいわよ。楽しみね!」
「アリスは食べたことないのか?」
「母さん、さすがにアメリカ育ちとはいえアリスも食ったことぐらいはあるだろ」
「そうね……でも、あんまりおいしくなかったわ。舌触りもあんまりよくないし、なんだか生臭かったし―――でも、パパが日本の方はもっとおいしい、って言ってくれたのよ」
「まあ、そうかもな。アリスも真司も好きなだけ食べろよ?」
明音が言った瞬間、エレベーターが到着し、それに乗り込む。
会場が近づくにつれて、アリスはそわそわしてきて、真司はそれを落ち着かせるように手を握る。
奇跡的にエレベーターに誰も乗ってこず、スペースを開けたまま広間のある階に到着した3人は、ひと時の食事の時間を楽しもうとするのだった。