THE LAND OF SACRIFICE
魔物から報告を受けた魔王は、ただ一回のみ、ため息をついた。
「はぁ……」
「申し訳ありません!」
「あれほど、下級の魔物だけで人界に向かわせるなと言っているだろう?今の人界は、今や四神と破壊者の系譜を受け継ぐものが守っている」
「ですが―――下級の魔物は知能が低く、その、手柄を上げることばかりに躍起で」
「まあ、虫けらのおつむが弱いのは仕方がないが……お前たちが力で言い聞かせれば済むことだろう?」
その言葉に、報告している魔物は冷酷さを感じ、物怖じしてしまう。
しかし、なにも残忍なわけではない。重大なミスや、失礼な態度を取らなければ、特にこれといった問題は生じない。
だが、最近は人界への侵攻がことごとく失敗している、エルダー級であるアヌビスの敗走。セトの死。そして、極めつけに、ごく最近にアピスとの連絡が不能になった。
数が限られているのに、エルダー級の敗走の連続。さすがに、魔王も真司たちの脅威を早く対処すべきだと感じていた。
「しかしなあ……皮肉なものだな」
「は、はぁ……?」
「奴の手で戦いが始まり、その手で終わらせようとする。どうせ、本人は知らないだろうがな」
そう言いながら魔王は席に深く座りなおす。
早急に対処したいのなら、彼自身が表に出ることが手っ取り早いが、そうすることができない事情がある。結局のところ、下の階級に頼るしかないのだ。
だが、現状の最高戦力であるエルダーたちはろくな戦績を上げていない。
どうするべきかを模索しようとも、まともな戦力が機能していないのだから、どうしようもない。
「そう言えば―――変位種の……なんだっか」
「カメレオン型の魔物ですか?」
「そうだそうだ。そいつは今どうなってる?」
「はい……現在、あちら側の人間と接触。契約を結んだようです。すでに指輪による暗示も完了しているようです。当人曰く、不安定かつなにも知らない馬鹿は騙しやすくて助かる、と」
「そうか……なら、『オリジン』の対処はそいつに任せよう。我々は早急に目的を達成させるぞ」
「御意に……」
魔王の命を受け、下級の魔物たちは違う空間に進んでいく。
そして、その魔物がいなくなった時、魔王はひとり呟く。
「なんだかもてはやしている人間がいるようだが、奴は戦いの根源だというのに……」
「ご報告します!」
ひとり呟いたところに、先ほどとは違う魔物が飛び込んできた。
別に聞かれても問題ない上に、どうせわからないから構わないのだが、その慌てように魔王は疑問を持った。
「どうした?」
「アピス様の力の大地が先刻―――」
そこまで言って魔物は言葉に詰まる。
まあ、魔王なのだから言わずともわかる。だが、その魔物が言うのをわざわざ待った。
「先刻、消滅しました!」
「そうか……ついに使うものが現れたか。だが、かまわないか」
「はい?」
「生存不明だったものが命を燃やしている。よいではないか。結果がどうなろうと、エルダー級として最後の意地を見せてみろ」
そう言う魔王の目は妖しく光るのだった。
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ちゃぷん
体を洗った明音とアリスは静かに湯船の中に入る。
真司とは違い、周りに人はいない。無論、はしゃいで飛び込もうとする子供もだ。
静かな空間の中で、2人は隣り合わせで浸かっている。
「覚悟はできたか?」
「はい、今夜に必ず……」
「ここまでお膳立てしたんだ。しっかり真司のこともらってやってくれ」
「最初からそのつもりです。でも、お義母さんから連絡が来たときは驚きましたよ……」
「そうだな―――でも、あいつはあれで寂しがり屋なんだ。でも、あいつを幸せにするのは、もう私の手じゃないのさ」
「そんなこと、無いと思いますよ。お義母さんも真司のためにご飯を作ったり、家族としてできることをやってます。こうやって、私と真司の関係を進ませてくれようともしてくれるし……」
「はは、私はあいつが死ぬ前に孫の顔を見たいだけだ」
「ふふ、やっぱりお義母さんは真司とそっくり」
そんな言葉たちが飛び交い、浴場の中に穏やかな空気が流れていく。
2人が真司を思う気持ちは本物だ。まあ、家族愛と恋愛。似て非なるものではあるのだが。
それでもアリスも明音もお互いを認めているし、大事に思っている。
明音にとって真司への愛とは、彼を大切にしてくれる人を大事にすること。そして、アリスの幸せは、彼の大事な人が笑えるようにすること。
考えていることも似ている二人は、決して真司が息絶えようとも、ずっと一緒にいることになるだろう。
「それにしてもお義母さん、スタイル良いですよね」
「そんなことないさ。アリスだって、綺麗な肌をしてる」
「でも、明音さん、私より……」
「はは、アリスだって十分あるさ。真司の趣味趣向は聞いたわけじゃないが、篭絡するなら十分な武器になるぞ。これでも私は、一人の男を篭絡したからな―――まあ、浮気されたわけなんだが」
「は、反応しづらい……」
「でも、本当のことを言うなら、真司を本気で堕としたいなら、あいつにできるだけ触れることだな。あんまり私があいつに触れるってことをしなかったから、あいつ自身誰かに抱きしめられるのに、すごい幸福感を覚えるはずだ」
「なんでそんなこと……」
「私はなんだかんだ、サラシ巻いて喧嘩するくらいには荒れてたし、男勝りだったんだよ。だからわからなかったんだ。息子にどれだけ触れていいのかとか。でも、私は人肌に―――愛情に触れることが気持ちのいいことだった。あいつが私の息子なら、もしかしたらそうかもしれないんだよ」
妙な説得力があった。
まあ、真司と明音は遺伝の影響か、非常に似ている。表の性格じゃなく、素の性格がだ。
だからなのかはわからないが、真司が人肌を―――愛を持った人肌を好むというのはすんなりと納得できた。
思えば、彼を抱きしめたとき、抱かれるときの腕は強かった。
アリスも強く抱きしめられて求められるのは好きだったから気にしていなかったが、明音の言葉を聞いて、これからはもう少しボディタッチを増やしていこうと思うのだった。
そう思っていると、ふと自分の胸に視線を感じ―――
「綺麗なピンク色だなあ」
「どっ!?どこ見て言ってるの!」
と、突然の質問に、いつもの貞淑な真司の彼女が、年相応の乙女の顔になってしまうのだった。