THE LOST CITY
『まもなく小倉―――小倉。お降りの方は……』
アリスたちが目的の駅に着く直前、目の前の扉が開き、無傷の真司が姿を現す。
あまりの長時間、姿を現さなかったので、負けてひどい目に合ってるのではないかと心配した二人だったが、それは無用なことだった。
「終わったの?」
「ああ、でも今日の夕方には特集になってるだろうな」
「え……?」
「今までの比じゃないくらいに死んだ。人の命がゴミのように消えていった。あれほどの殺戮は、魯栖町ほどじゃないにしろ、ひどいものだった」
「魯栖……?どこそれ?」
「どこにもないさ―――もう、どこにも存在しない」
「え、それってどういう?」
「そのまんまの意味だよ。消えたんだ。町そのものが―――俺たちの手で……」
「……は?」
アリスは真司のその言葉が信じられなかった。
彼たちのせいでひとつの町が消えたと言った。だったら、そこに住んでいる人たちはどうなったのか。今その町はどうなっているのか。疑問は考えれば考えるほど止まらなくなる。
しかし、真司の言葉に対して条件反射かと思うくらいの速度で食いつく人物もいた。まあ、誰でもない彼の母なのだが。
「おい、どういうことだ!」
「だから言ったろ?今回のは魯栖町ほどじゃないけど、って。つまり、魯栖町は魔物の標的になって、今回の比じゃない被害を受けたんだ。町民全員が皆殺しになったくらいにな」
「じゃあ、お前がやったわけじゃないんだな?」
「いや、最終的に町を消したのは俺たちだよ。魔物を倒した後、誰も生き残っていない場所。あのまま残していれば、日本の政治や経済にも大きな打撃を与えることになると考えたから、人の記憶と地図から魯栖町を消し、無かったことにした」
「なら、それを言っていいのか?一応、あたしたちの記憶からも消してるんだろう?」
「時効だし、なんなら教えたところでその町がどんなところか知る由もない。思い出せるって言うのなら魯栖町の特産品でも言ってくれ」
真司はそう言うが、アリスも明音も答えを絞り出せない。
漫画のように断片的に記憶が―――などという都合のいいことも起きない。というより、消えた町があるという話自体も、大まかに承知しただけで、理解は追いついていないし、釈然ともしていない。
だが、二人とも真司の変化にはすぐに気付いた。
恋人であるアリスは、そっと彼の手に自身のを重ねると言った。
「でも、言葉の端が震えてる。真司、消したこと後悔してるでしょ?」
「まあ、それはな―――町の外にいる親族はどうすればいい?とか、色々あるけどな。でも、迷ったよ。人を真の意味で殺すのは」
「真の意味で殺す?」
「よく言うだろ?死んでもあなたが覚えている限り、私はあなたの心の中で生きているってさ。記憶を消しちまえば、それすらもない。もちろん俺はあの町の特定個人を認知していない。だから、人の記憶から完全に消すってことは、ただ単に殺すことより残酷なことなんだ」
そう言って彼は拳を強く握りしめた。自分の行動を間違ったとは思っていない。だが、人道には反していた。そのジレンマが―――これだけじゃない、数多くのジレンマが彼を苦しめている。
誰かのために戦うなら、命を落とすことになっても構わない。いや、それだけなら気持ちは幾分か楽だっただろう。死んでしまえば、彼にとってすべてが関係のないことになる。だが、戦う間に苦しむのは話が違うというものだ。
「あなたの望む答えを私は持ち合わせてないわ。でも、あなたは頭がいいから色々考えてるのはわかる。だから一つだけ―――これだけ言わせて頂戴」
「アリス……?」
「―――今日はお疲れ様」
その言葉を聞いて、ぶわっと何かがあふれるような感覚に襲われた。
別に救いの言葉でもない。矜持を現す言葉でも、答えを示すものでもなかった。ただ、彼を労うだけの一言。たったその一言が、彼の中の感情を言い表せないほどに震わせる。
それを見たアリスは、彼との間を隔てる肘掛けを起こすと、間髪入れずに真司の顔を自身の胸に埋めた。
頭を抱きしめるようにしていると、彼は自然に腕を背中に回してくる。
なにかにすがるように彼女に密着すると、ずずっとすする音も聞こえてくる。
今は、今だけは彼女が真司を甘やかす時間で、なにをされても許せる時間。そんな中、ぶっちゃけアリスに全部を任せてもいいと思っている明音だったが、せめて母親らしいことを、と考え一応頭に手だけ添えておいた。
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ピンポーン
「はーい?―――って、ちょちょちょ!」
「お邪魔するわよ」
「待って待って!なんですか急に!に、兄さん!」
インターホンに反応して玄関に出ると、すかさず女性が入ってくる。
あまりの唐突な出来事に驚きながらも、玄関に出た少女はどうにかして兄を呼ぶ。しかし、その肝心の兄も―――
「どうした……って、渡辺さん、なにしてるんですか?」
「なにって、DBTの部屋にいると南条君がやたらうるさいから避難してきたのよ」
「だからってなんで僕の家に……」
「ついでよ。あなたに聞きたい話もあるし、生体データも取りたいし。なにより、あなたの意見を聞きたいことがあるのよ」
「はぁ……」
「とりあえず、ビールはないかしら?」
「あ、ありますけど……飲むんですか?」
「当り前じゃない。人の家に来たらビール。常識よ」
兄―――伊集院的には渡辺の発言や行動には慣れているので気にしていないが、妹の方はそうではない。
「お、おかしいですよ……兄さんも何か言って」
「いや、渡辺さんはいつもこんな感じ……ほら、焼肉行っても肉食べないでビールばっかり飲んでたし」
「兄さん、仕事仲間は選んだ方がいいよ」
「こら、そんなことを言うな。この人のおかげでデモニアと戦えてるんだぞ」
「むぅ……」
釈然としないながらも、妹は缶ビールを渡辺の前に出す。
それに対して「ありがとう」と簡潔に言うと、彼女はパソコンに入っていた資料を見せた。
「じゃあ、まずは本題から入っちゃうわね。これ、どう思う?」
「どうって、なにがですか?」
「エネルギー回路とか、諸々の注文票よ。私、昔から一つの下町工房にスーツの作成とか諸々を依頼していたのよ。今回のスーツもそのつもりだったのよ。でも―――」
「でも?」
「試作品の出来がいつもと違ったの。そこは下町産業が盛んな町でよくお世話になってたはずなのよ。なのに、全然で気が違う。いつもと同じ人のはず……過去の物品を見ても、そこで作ってるものだった」
「たまたま調子が悪かったんじゃないんですかね?」
「そうね……でも、あそこはそんなものは出さない。そもそも、不完全というわけではないの。ただ、工場ごとの精度の違い、というのかしら。そのくらいの些細な差が気になるのよ」
渡辺の言葉はわかりづらく、伊集院には少し難しい話だった。
そこまで気にする必要はないんじゃないかと感じるものだが、それを言ったら思いのほか渡辺は憤慨した。
「馬鹿ね。あなたを守るものになるのよ。それを手抜きで作るなんてありえないわ―――でも、いつもの工場のはず……でも、その工場がある町は、特に下町産業で栄えてるわけでもないのに……」
「もしかしたら渡辺さんの使ってた工房は、もうなくなっててみんなの記憶から消えてるのかもしれませんね。なんて、あるはずないですよね」
「そうね。いくらデモニア騒ぎがあると言っても、さすがに非現実的すぎるわ」
そんな会話をしながら、渡辺は着々と新しいスーツの開発を進めていった。