THE LINE OF DEMARCATION
『南条君、なにを言ってるの!早く現場から離脱して、担当に指揮権を移しなさい!』
「渡辺さん、これは好機ですよ。これまでデモニアが出現すれば彼は現れた。つまり、彼はなにか関わりがあるんですよ。ならここは彼を拘束して研究するべきだ」
『馬鹿じゃないの?デモニアにボコボコにされた分際で0号に勝てるわけないでしょ!』
通信でそう言う渡辺を完全に無視して南条は真司の元へと向かっていく。
探るように1歩ずつ踏み出し、そしてある程度近づいたところで携行銃を発砲した。
ズガァン!
その一撃は避けられてしまうが、相手の避けた先へ矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。相手の攻撃の隙を全く与えようとしない。
(確かに0号の攻撃は強力だ。だが、出させなければどうということでもない)
これでいけると踏んだ南条はさらに攻撃の手を強めるが、それに対して渡辺は語気を強めながら制止をする。
『攻撃をやめなさい!ここであなたが失敗して、0号が敵になったらどうするの!』
「そんなことはありませんよ。私が失敗することなんてあり得ませんよ」
『なんでそんな確信のないことをべらべら喋れるの?』
「確信はありますよ。なんて言ったって、この私がやっているんです」
『……っ!南条君、これは命令よ!早く戦線から離脱しなさい!。これ以上、近隣への被害を増やすわけにはいかないのよ!』
そう言って南条を必死に止めようとするが、彼は彼女の話を聞こうとしない。
まるで―――いや、絶対に自分が正しいと考えて進んでいるように見える。
そうこうしていると、真っ赤な真司が段々と黒くなっていき、羽織っていたはずのマントも消えていた。
(先ほどと姿が違う?いや、あれは最初に確認されていた0号の姿だ。なら、消耗によって大きな力を使えなくなった……つまり、消耗がある?)
南条は勝ち筋を見つけたとばかりに自信過剰な攻撃を続ける。
銃で遠くから射撃していればいいものを、なぜか相手に近づき、殴りかかろうとする。
しかし、それが相手の誘いだということをなにも理解していない。だからこそ彼は、簡単にとらえられてしまう。
「色が変わって、マントもなくなったから弱くなった。そう思っただろ?」
「くっ……」
「図星か。まあ、合ってるには合ってるけど、お前を殺さないためにブラックになってやったんだぞ?バーストクリムゾンのままじゃ、一撃拳を入れただけで、お前の頭蓋を粉砕してしまいそうだからな」
「そんなはずは―――ぐえっ!?」
真司の言葉を否定しようとした瞬間、南条は腹部に強烈な痛みを覚える。
彼のすさまじい威力のボディブローが決まったのだ。南条は痛みに悶え、その場に倒れこもうとするが、彼はそれを許さなかった。
腹を押さえながら背を丸める相手に、容赦なく肘鉄を上から背中に打ち込む。今度はバチバチと火花を散らせながら地面にたたきつけられた。
『胸部ユニット損傷……背部バッテリーユニット―――全壊……南条君、緊急離脱装置を押して離脱しなさい!もうスーツは動かないわ!』
「ぐ……かはっ……」
『南条君!大丈夫!?』
背中への攻撃を受けて南条は身動きを取れなくなる。バッテリーが切れて、装甲の動作アシストがなくなったからだ。
今の彼は重たい鎧を自身の力のみで動かさなければならない。防御面だけは何とかなるが、南条自身の力ではスーツの腕部を若干動かすのが精一杯。つまり、彼は真司に対して何もできないということだ。
そんな彼を真司は首を掴んで持ち上げると、拳を振るおうとするが、そこで何かに気付いたのか寸前で拳を止めた。
そのまま真司は南条を捨てると、今度こそ背を向けて場を去っていった。
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『殺さなくてよかったのか?』
「あれはあれで善人だろ。手段はおかしいけど、殺すべき人間じゃない。俺はそういう奴に対して一線は超えるべきじゃない。そう思っただけだ。そもそも戦闘不能の無抵抗の人間殺すほど、俺は残忍じゃない」
『真司がそう言うのなら何も言わないが……』
戦闘が終わり、新幹線に戻るまでの間、少しだけ真司は休んでいく。
龍魔術の使用はかなり体への負担をかける。戦闘前なら気にするほどではないが、戦闘中や後は少し尾を引いてしまう。
あまり「転」以外を使用したくないのはほかに理由があるのだが、今はいいだろう。とにかく、少し息を整えてから使用したいところだ。
そんなとき、青龍だけでなく玄武からも声をかけられた。
『では、一線を越えるべき人間とはどんな者なのだ?』
「今それを聞くのか?まあいいけど―――人が人の尊厳は奪うとき、奪った側の人間に対して、だな」
『人が人の尊厳を奪う……』
「なんでもいい―――いや、よくはないけど。わかりやすいのは殺しだな。だけど、略奪も凌辱も然りだ。人は人であると同時に、残酷な化け物でもある。化け物は淘汰され、排除されるのが世の常というもの。ありきたりだけどな、罪人に容赦はしちゃいけないんだよ」
『大義のある悪だとしても?』
「ああ―――世を乱し、誰かの『人』を奪うのなら、平等に死ぬべきだ。まあ、それで言ったら、俺も死ぬべき人間の一人だな。でも、わかってても、あいつの顔を見ると、どうしても死にたくないときが出来ちまうんだよなあ……」
そう言って真司は遠い目をする。そして、彼はわかっていた。この感情がどんなものか。
それが『愛』の本質だということも、彼は理解している。なぜなら真司は愛のために戦うことを決めたのだから。
「さあ、早く戻ろう。あんまりトイレに閉じこもってるように見せてると、キセルを疑われちまうからな」
『キセル―――とはなんだ?』
「……気にすんな」
『まあ、いいか―――「転」』
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「クソ……0号!」
『あー、南条君、聞こえてる?』
「渡辺さん―――新しいスーツを出してください!」
『ダメよ、あれは伊集院君用に調整しているの、悪いけどあなたは謹慎中の彼のつなぎでしかないわ』
「なぜですか!私だって十分戦え―――」
『いや、無理よあなた。根本的にダメ』
渡辺の容赦のない一撃に南条は何も言えずにただただ地面に倒れ伏せることしかできない。頭部の通信ユニット以外死んでる以上は彼自身の手で緊急解除スイッチを押さなければならないが、結局彼も動けずじまい。
救助されるまでの間、彼は静かに怒りをにじませるだけだった。